する人
私は前々から、ひそかに胸に抱いていた野望をかなえるために口を開いた。
「耳かきさせてほしいんだ」
彼は私の言葉にきょとんとしながらも、快くOKをしてくれた。
耳かき、それは単純に耳を掃除することではない。
自分の耳かきをするとき、それは快楽に包まれたひと時で、さらに、終わった後のさっぱりとした気分は何事にも代えがたい。
人の耳かきをするとき、それはまるで洞窟の中に眠るお宝を探り当てるかの如くの昂揚感が湧き上がる。
……まあ、とにかく、大好きなのだ、耳かき。
彼、幸人の耳は今までのさりげない観察から、カサカサタイプの耳垢と調べはついている。
この手の耳垢は掃除のし甲斐があるのだ。
幸人の耳に合わせて今日は綿棒ではなく、耳かき棒タイプのものを持参してきた。
「これは竹の耳かきで、匙の反対側にぼんてんがついてるやつで、こっちは……」
嬉々と道具の説明をする私に幸人は私から少し身を引いた。
この物理的な距離は心の距離でもありそうだ。
まずい、なんか引かれてる。
気合を入れてたくさん道具を持ってきすぎてしまったようだ。
これでも、大分厳選して、ピンセットとかオイルとか、ちょっと特殊なのは持ってきていないのだけれど、考えが甘かったのだろうか。
「耳かき始めるからここにきて~」
私は早々と耳かきを始めてしまおうと、正座をして膝をぽんぽんと叩いて幸人を呼んだ。
幸人が私の膝枕に横になったのを確認して、私は今日の得物を手にした。
竹の耳かき棒、普通の耳かき棒より匙の部分が小さめで、厚さが薄く、耳の壁にへばり付いた垢も難なく掻き取ることができる一品だ。
匙の部分は優美な曲線で出来ている。
私はうっとりとそれを見つめた後、彼の耳へと目を向けた。
ぱっと見ただけでも、入り口付近に細かい粉のような耳の垢が見えた。
ふふふ、これは掃除のし甲斐のある耳だわ。
私はそっと彼の耳殻を撫でた。
幸人の耳って、こんな形をしてるのね。
私の耳かきの腕は主に家族に揮われる。
実は、家族以外の耳かきは今回が初めてだ。
見慣れた家族以外の耳をさわすのはなんだか新鮮な喜びを感じた。
「……冬美?」
耳をじっくり観察していると、幸人に声をかけられた。
「ん?ああ、ごめん。家族以外の耳を触るの初めてで……耳かき始めるね」
まずは耳殻から綺麗にしよう。
耳かきの匙が触れると、幸人はまるで何かに耐えるように、ギュッと目を瞑った。
耳殻は、一見垢なんかないように見えるが、溝にそって耳かきを滑らすと、匙に少しずつ耳垢がたまっていく。
匙にたまった耳垢を用意しておいたティッシュで拭いつつ、カリカリと掻いていく。
いつのまにか、幸人の表情が柔らかくなっていた。
気持ちいいのかな?
そろそろ中も綺麗にしよう。
ゆっくりと、耳かきを外耳道へと差し込む。
壁には触れないように、奥に入りすぎないように、そーっとそーっと。
「ふゆ……み」
幸人が懇願するように呟いた。
ちょっとじらしてしまったようだ。
私は、耳の穴の壁に匙を滑らせ、垢を取り除いていく。
すごい!
次から次へと耳垢が出てくる!
なんて耳かきのし甲斐がある耳なんだろう。
どんどん取れる耳垢にうきうきとしていた時、私はそれを見つけた。
「あっ」
つい、つぶやきが漏れる。
「え?何?」
幸人が不安そうに尋ねる。
私は、はやる気持ちを抑えて答えた。
「おっきな耳垢見つけた」
耳の壁にへばり付いているそれは、カリカリと掻いてもはがれる様子はない。
「痛かったら言ってね」
と、一応声をかけ、私は慎重に耳垢の端に匙を差し込んだ。
クイックイッっと軽く引っ張るが、へばり付いた耳垢はなかなか取れる様子がない。
カリカリと小刻みに動かしながら、少しずつ少しずつ耳垢をはがしていく。
耳垢を落とさないようにじわじわと……。
やった!
とれた~!
耳かきの匙からはみ出すほどの大物は厚めのクレープの皮のようだった。
感動を味わいながら、耳に残った細かい耳垢も取り去った。
「んー、大体きれいになったかな」
私は匙の反対側についていたぼんてんを使い、耳に少し残っている粉のような垢を掻きだした。
仕上げに、小さな垢も残さないよう、ふうっと息をかけた。
「んんっ!」
幸人がかすかに声を出した。
やだ、なんだか今の声かわいい。
と、思っていると、彼の耳がうっすら赤くなった。
それが余計にかわいくて、私はついくすくすと笑ってしまった。
その後、私は彼の反対側の耳かきも堪能した。
「おーい。幸人~」
私が彼の名前を呼びながら頬をつついても、彼は一向に起きる様子がない。
耳かきの最中に、ぐっすり眠ってしまったようだ。
「次は一か月後くらいかな……幸人に私以外の耳かき禁止令を出さなくっちゃ」
私はそうつぶやくと、次回使う道具を妄想して幸せな気持ちになったのだった。