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第82話


「仕組みは見えた。後は壊すだけだ」


 オズの言葉に、教皇の青い瞳が細められた。


「何を——」


「頭上の鐘だ」


 全員の視線が、巨大な鐘へ向く。

 その表面に刻まれた白い紋様は、床を埋め尽くす古代魔法陣と同じ間隔で明滅していた。


「床の陣は末端にすぎない。鐘が祈りを蓄え、全てへ力を供給している」


「随分と面白い推測ですね」


「否定する必要はない。お前の顔を見れば十分だ」


 教皇の笑みが薄れる。

 次の瞬間、床に並ぶ古代魔法陣が一斉に輝いた。


「来るぞ!」


 リオンが叫ぶ。

 現れた異形は、先程までの倍を超えていた。

 壁際から、柱の陰から、私達を取り囲むように次々と這い出してくる。


「鐘を守るつもりだ!」


「なら、当たりだな」


 ジルが子供を庇う土壁の前に立ち、足元へ魔法陣を描く。


「シャルネ、上を見てくれ。あれを吊ってる場所、幾つある?」


 シャルネは異形へ矢を放ちながら、素早く天井を見渡した。


「大きな鎖が四本です。ですが、鎖だけではありません。壁側にも固定されています」


「そっちを先に壊す。鎖を切っただけじゃ、斜めにぶら下がるだけだ」


「分かりました」


 二人が動き出すより早く、異形の群れが押し寄せた。

 精霊に呼びかけて水流を発生させ、横薙ぎに流す。

 先頭の数体は倒れたが、後ろから更に別の腕が伸びてきた。


「下がっていろ、聖女」


 黒炎が私の横を駆け抜けた。

 異形を呑み込み、道を開く。


 その中央を、リオンが駆けた。

 目指したのは鐘ではない。

 祭壇の前に立つ教皇だ。


「させません」


 白い鎖が床から立ち上がる。

 リオンは大剣を振り抜き、正面の鎖を炎ごと叩き斬った。

 左右から迫る二本を身体で受けても、足を止めない。


「百年前の続きだよ」


 教皇の目前で踏み込み、大剣を斜めに振り下ろす。

 刃が肩口から胸へ深く食い込んだ。

 白い聖服が裂け、鮮血が飛ぶ。

 教皇の身体が祭壇へ叩き付けられた。


「やった……!」


 思わず声を上げる。


 けれど、リオンは剣を引き抜かず、険しい顔で頭上を仰いだ。

 鐘が低く鳴る。

 一度。

 誰も打っていないのに、祈りの間を震わせる音が響いた。


 白い光が鐘から降り注ぐ。

 裂けた聖服の下で、教皇の傷が塞がっていった。

 割れた肉が繋がり、流れていた血さえ光へ溶ける。

 リオンが大剣を引き抜いた時には、肌に傷跡一つ残っていなかった。


「残念でしたね、勇者」


 教皇は何事もなかったように立ち上がる。

 指先で胸元の破れを払い、リオンの首へ視線を向けた。


「私は、祈りがある限り何度でも元に戻ります」


 慈愛に満ちた笑みが戻る。


「醜い傷を残す貴方とは違うのです」


 リオンの首には、今も斬首された痕が残っている。

 教皇自身が聖王へ命じて刻ませた傷だ。


 胸の奥に怒りが込み上げた。

 けれど、リオンは首筋へ触れることもなかった。


「そうだね」


 炎を纏った大剣を肩へ担ぎ、薄く笑う。


「俺の傷は消えない。でも、そのおかげで誰に殺されたか忘れずに済んだよ」


 教皇の笑みが固まった。


「それに、何度でも治るってことは――」


 リオンが再び剣を構える。


「鐘を壊すまで、何度斬っても構わないってことでしょ」


 炎が大きく燃え上がった。


「好きにやらせてもらうよ」


 リオンが教皇へ斬り掛かる。

 白い鎖と炎の大剣がぶつかり、激しい音が響いた。


「ジル、シャルネ!」


 私の声に、二人が同時に頷く。

 ジルの地魔法が壁を駆け上がり、鐘を固定する石組へ亀裂を入れた。

 そこへ、風を纏ったシャルネの矢が突き刺さる。


 一つ目の固定部が砕けた。

 鐘が大きく傾き、天井から白い粉が降る。


「我が子を狙わせはしない」


 ベリルの黒炎が広がり、ジルとシャルネへ迫る異形の群れを押し返した。

 私は水を壁のように立ち上げ、飛んできた白い刃を受け止める。


 二つ目。

 三つ目。

 固定部が砕けるたび、鐘の揺れは大きくなった。


「最後が壊れません!」


 シャルネの矢が、白い光の壁に弾かれる。

 残る固定部だけが、古代魔法陣に守られていた。


「オズ!」


「見えている」


 オズの周囲に浮かぶ四つの魔法陣が重なった。

 火が紋様を焼き、水が刻まれた溝へ入り込み、風が光を削り、地が固定部そのものを内側から押し広げる。

 それでも、白い壁は崩れない。


「千年です」


 リオンの剣を鎖で受け止めながら、教皇が声を張る。


「これは、私が千年を掛けて築き上げたもの。貴方がどれほど優れていようと、今更壊せるものではありません」


 オズは教皇を見もしなかった。


「築くのに千年掛かったことと、壊すのに千年掛かることは同義ではない」


 四つの魔法陣が同時に完成する。

 白い壁へ亀裂が走った。

 オズの瞳が、促すように私へと向けられる。


「うん!」


 私は両手を鐘へ向ける。


 風が渦を巻き、巨大な鐘を横から押した。

 傾いていた鐘が大きく振れる。

 光の壁に、二本目の亀裂が走った。


「もう一度……!」


 今度は反対側から風を叩き付ける。

 鐘が振り子のように揺れた。

 耳を塞ぎたくなるような音を響かせながら、鎖が軋み、天井全体が震える。


「やめなさい!」


 初めて、教皇が叫んだ。

 白い鎖が一斉に私へ向きを変える。

 リオンの炎がその半数を斬り払い、残りをベリルの黒炎が焼いた。


「レイアさん!」


 シャルネの矢が最後の固定部へ突き刺さる。

 そこを狙って、私は風の力を一気に解き放った。


 鐘が大きく振り切れる。

 最後の固定部が砕けた。

 四本の鎖が、重さに耐えきれず一本ずつ千切れていく。


 巨大な鐘が落ちる。

 教皇が立つ祭壇へ向かって。

 

 リオンが後ろへ跳んで距離を離す。

 教皇も逃げようとしたが、オズが生み出した土壁が進路を塞いだ。


「貴方……!」


「終わりだ」


 空気ごと震わせるような轟音が、祈りの間を揺らした。

 鐘が祭壇を押し潰し、白い床が波打つように砕ける。


 衝撃に身体が浮き、私は咄嗟に腕で顔を覆った。

 土煙と破片が祈りの間を埋め尽くす。


 やがて、鐘の音とは違う小さな音が幾つも響き始めた。

 床を覆っていた古代魔法陣に亀裂が走っている。

 一つ。

 また一つ。

 白い光が砕け、異形達の身体が輪郭を失って消えていく。

 窓を塞いでいた光の壁も薄れ、大聖堂を封じていた力が消えた。


「……壊れた」


 土煙の向こうで、誰かが動く。

 ひしゃげた祭壇の傍らに、教皇が倒れていた。


 聖服は血に染まり、片腕が不自然な方向へ曲がっている。

 今度は、鐘から光が降り注ぐことはなかった。

 

 それでも教皇は、残った腕を床につき、ゆっくりと顔を上げた。

 青い瞳が、私だけを捉える。


「ならば……」


 血に濡れた唇が、歪んだ笑みを作った。


「器だけでも、いただきましょう」


お読みいただきありがとうございます。

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