第7話
情報屋だという青年、ジルは手帳の一ページに指を這わせながら、そこに書かれた文字を読み上げていく。
「名前、モリノ・レイア。18歳。ある晩、教皇エスティラが連れ帰った聖女。侍女はエミリー・ハーティナー。好きな食べ物はチキンステーキとシチュー。魔法の扱いがやたらと下手――」
「ちょ、ちょっと……!」
驚いて私は立ち上がる。提示された情報のどれもこれもに言いたいことがあったが、特に最初の方だ。
私の聖女であることなど、エスティラと側近のごく一部しか知らないはずだ。当然、私のフルネームに関してもそうだ。好物だって、大聖堂にでも忍び込まなければ知りようがない情報だ。
情報屋と聞いてはいたけれど、出てくる情報がどれも異常すぎる。
今更ながらに警戒してソファから思わず一歩離れて距離を取れば、ジルは苦笑する。
「ドン引きーってなるのが分かってたから、あらかじめこっちから情報を出すことで誠意を見せたつもりなんだけどな。隠し事されてる方が気持ち悪くない?」
「にしたって、度が過ぎてます……!」
「ま、そりゃそーか」
雑に髪を掻いて、ジルはそれ以上食い下がりはしなかった。
私はちらりと部屋の扉へ視線を向ける。逃げるだけなら、きっと出来る。が、城下町に戻ったところで最悪尾行に見付かって終わりだ。
「町に出るにしても、その服のままは止めた方が良いよ?聖服は目立ちすぎる」
私の思考を読んだような指摘が入る。もしかしたら私が逃げ出そうとしている理由すら知っているのではないか、そんな風にすら思えてくるが。
「だって、この服以外に持っていないんだもの。だからこれとか、これをお金に替えようと思っていたのよ」
言いながら鞄から手袋や装飾品を取り出す。ここに来て、ジルが初めて驚いたような表情で目を見開いた後、私へと視線を向ける。
「……おいおい、正気か?レイア、君は箱入り娘か何かなのか?」
どういう意味だろうと目を瞬かせる。彼は少し反応に困ったような間を置いた後で、私の持つ聖服を指差す。
「聖服ってのは神聖なモノだ。当然持ち主も聖徒に限られる。そして敬虔な信者は聖服を売り捌いたりはしない。つまり――」
「つまり?」
「聖服が市場に流れるときは、大抵聖徒が殺されて剥がされた時だけだ。裏市にでも行かない限り、聖服を売ろうなんてした途端捕まるぞ」
「そんな!」
あまりに予想外だった。けれど考えてみれば当然のことかもしれない。
聖服を売りたいなんて、そんなことを言い出す聖徒がいるはずも無いのだ。いたとしたら、それは『ワケあり』だ。私のように。
「そんなこと、ド田舎の子供でも知ってるはずだけどな……」
値踏みするような視線にいたたまれなくなる。そんな常識も知らずに聖女と呼ばれていたなんて、確かに不自然だろう。
私は家庭教師に教えられていないこの世界の常識は知らない。が、わざわざ聖服を売るとどうなるかなど教えてくれるはずがないのだ。敬虔な聖徒にはそんな発想すら無いのだから。
しかし、そうなるとだいぶ困ることになる。
聖服を売れないとなると、これ以外の服も買えないことになる。このまま逃げ回ったところで、どこに行っても聖徒の服を着た女が居たと記憶されてしまい、追手に見付かりやすくなってしまうだろう。
そんな私をしばらく眺めていたジルは、やがてやれやれといった様子で席を立つ。コートを羽織り直している背中に私は声を掛ける。
「どこへ?」
「君はココに居なよ。ワケありなんだろ?そういうのを隠してやるのは得意なんだ、俺は」
彼は悪戯を思いついた少年のような、そんな笑みを残してさっさと部屋を出ていってしまう。
理由も分からず、かといって外を動き回るわけにもいかず。
結局一度は立ったソファに腰を降ろし、ジルの帰りを待つのだった。
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部屋に戻ってきたジルは大きな袋を抱えていた。
袋から出てきたのは白いシャツに革のスカート。底が低く歩きやすそうなロングブーツに、丈の長いローブ。よくゲームなどで旅人が纏っていそうな服のセットだった。
今の私が一番欲しかったものでもある。
目を丸くしている私に彼は笑いかける。
「さ、着替えなよ。いつまでもそんな窮屈な服のままってワケにもいかないだろ?あっ、大丈夫大丈夫。着替えてるトコ見たりしないから」
まさに図星。椅子の背もたれを抱くような格好で、背中を向けている彼を信じるかなくその場で聖服を脱ぎ、買ってきてもらった服に着替えていく。自由に足が動かしにくい聖服と違い、身軽な旅人用の服はやはり動きやすかった。
何より純白の聖服より、ずっと目立たない。これで人混みに紛れてしまえば、上手くいけばすれ違ったって気付かれない可能性さえある。
ジルのことを怪しんでいたけれど、ここまで用意されてしまってはさすがにお礼を言わないわけにはいかない。着替えが終わったことを伝え、また頭を下げる。
「ありがとうジル。何から何まで」
「いいよ、お礼なんて。ちゃんと別のモノで払ってもらうからね」
えっ、と声が出る。もちろんタダで受け取ろうとは思っていなかったが、追々どうにかお金を作って返すつもりだったのだ。それを今請求されるような空気になってしまった。もちろん手持ちのお金など無い。
焦りを見せる私に対し、椅子に座り直したジルはいつ見ても綺麗な形の笑みを作ってみせる。
「情報。あるでしょ?俺にとっては一番の報酬だよ」
思わず固まる。お金よりも差し出しにくいものが来てしまった。
「聖女の地位があれば、大聖堂の中で大事に守られ続けるはずだ。それなのに、なぜ逃げ出した?なぜ追われている?何をやらかしたんだ?見てはいけないものでも見てしまった?つまみ食いでもした?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。どれでもいい、答えられるものに答えろと言われているようだった。
しかし私はどれにも答えることが出来なかった。教皇の私室から続く、隠された秘密の部屋。そしてそれを見た私が辿った末路。死に戻りの現象のこと。
どれを話しても信じてもらえないような気がしたし、その情報が漏れようものならまた私の命が危うい。
その間にもジルは質問を重ねていた。
「じゃあ、どこに逃げるつもりだった?アテはあったのか?」
その質問に、指先が揺れる。
行く宛てなどあるはずがない。だけど、行きたい場所はあった。漠然とした希望だったけれど。
「……誰にも、見付からないところへ」
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