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第6話


 いつものことではあるが、城下町はにぎわっていた。思い思いに向かう場所を目指す人の流れがあって、上手く進めない。

 いつもはそんな流れに身を任せるのも楽しみにしていたが、先へと急ぐ足が頻繁に止められるもどかしさに、私は焦っていた。


「あっ……!」


 強引に進もうとしたその瞬間、見知らぬ男性に肩をぶつけてしまう。そのまま人の流れに足を取られ、大きくバランスを崩す。


(倒れる……!)


 人が多いところで転ぶと、踏まれ蹴られて大変なのだ。経験則だ。分かってはいても、浮いてしまった片足が上手く地につかない。

 もがくように伸ばした手が、誰かに掴まれる。その手はぐいっと力強く私の手を引いて、両方の足が地面に着く角度にまで戻してくれた。


「あ、ありがとう……」


 ございます、と続けかけて。私は驚いて口を閉ざすしかなかった。

 私の手を引いた腕が自然な素振りで腰へと回され、そのまま私を先導するように歩き出してしまったからだ。

 

「ちょ、ちょっと!」


 思わず声を上げる。が、その腕の主は止まらない。

 顔を上げると、すぐ近くで太陽の光を反射する金の髪が揺れていた。それと同じような金色をした瞳と視線が、真っ直ぐに重なる。するとその青年はニコリと人好きのする笑みを向けてくる。屈託無く笑う、少年のような眩しい笑顔だった。


「何?お嬢さん」

 

「な、なにじゃなくて!この手こそ何よ!」


 あまりに毒気の無い笑みに一瞬誤魔化されかけたが、上半身がほぼ密着する距離にまで抱き寄せてくる彼の左手はいただけない。普通なら恋人同士でしか許されない距離感だ。軽くではあるが、その手を叩いて抗議の意を示す。すると青年は意外そうな顔を向け、目を丸くする。


「ん?追われてるんじゃないの?だから助けてあげようと思ってるんだけど」

 

「え?」

 

「君の後ろをついてきている、男が二人。大聖堂の方から出てきたように見えたよ。今も真っ直ぐ君の背中を追い掛けている。聖服は真っ白だから、さぞかし追いやすいだろうね」


 僅かに身を屈め、私の耳元で囁く。瞬間私の心臓は大きく跳ねる。あまりに近すぎる距離もそうだが、尾行がついていたという現実に。


(監視がつけられていたなんて――!)


 いつからだろう。

 もしかすると時を戻るよりも前から、ずっとそうだったのかもしれない。

 勝手に裏切られたような気分になる。首を落とされてなおそんな感情が沸くことにまた驚きながら、思わず歩む速度を落としてしまう私を促すように、青年が腰を支える腕に力を込める。


「ま、いいや。とりあえず逃げよう。捕まりたいって顔じゃないもんね」


 言うが早いか歩む速度を上げる。が、私はここで初めて気付いたが、全く人の波に阻まれない。

 すいすいと人の合間を縫うように、器用に青年は人の流れを見極め歩いていく。その腕に導かれるままにしてみれば、不思議なほど私も誰にぶつかることもなく早足のような速度で歩いていられた。目を瞑っても問題なく歩けそうなほどだ。

 不意に青年が細い路地を曲がる。そして曲がってすぐの建物の裏口を知った顔で開き、その中に私を放る勢いで押し込むと彼も体を滑り込ませる。

 その勢いに今度こそ転びかけたが何とか踏みとどまる。

 数秒の間そこで待ってみても、尾行が追ってくる気配は無い。


(撒いた……?)


 人波で見失ってくれたのか。周囲を見回してみれば、そこは倉庫のような場所だった。料理の香りが濃く漂い、壁一枚を隔てた先からはたくさんの人の声がする。

 恐らく食堂か酒場の裏口を入ったのだろう。青年は知ったように近くの階段を上りながら「こっちだよ」と声を掛けてくる。

 見知らぬ人についていくのは気が引けたが、かといって戻るわけにもいかない。少し迷って、私は彼の背を追って木製の階段を登っていった。


 「ここはね、俺が借りてる宿屋の一室だよ」


 部屋に入るなり彼が説明してくれる。食堂の二階には同じように入れる扉がいくつも並んでいた。それぞれが客室なのだろう。

 単身用のベッドが一つに、小さな木製テーブルと椅子が一つ、壁際には小さなソファ。簡易的なクローゼットが添えられただけのシンプルな部屋だ。窓からはにぎやかな城下町の様子が、ほぼ真上から覗けた。


「あまり顔を出さない方が良いだろうね。見付かりたくないのなら」


 そう忠告されて、私は慌てて窓から出していた顔を引っ込める。

 振り返れば青年はコートを脱ぎ捨て、木製の椅子に腰掛けていた。「どうぞ」と指の先でソファを指差す。その指示に甘えて、私はソファへと腰掛けた。

 小さく咳払いを挟んで、私は頭を下げる。


「助けてくれてありがとう。私はレイアよ……あなたは?」


 そう問いかけると青年は先程も見せたような、親しみやすい笑みで応える。


「よろしく、レイア。俺はジルだ。ジル・バレッド。職業は情報屋、趣味は人助けだ」


 ぱち、と気前良くウインクまで添えて。

 私の世界だったら間違いなくアイドルにでもなっているだろうと思えるほど、人の目を引く派手さと魅力があった。太陽のように輝く髪も、少し吊り目気味のはっきりとした瞳も、なぜかいつも気分良さそうに弧を描いている形の良い唇まで。シャツの襟を立て、胸元を大きめに開いて健康的な色の肌を晒している。

 その肌の上でネックレスの先端についた装飾が揺れているが、不思議とその露出にまったくいやらしさが無い。アイドルに必要な素質だ。

 と、少し見入ってしまったことに気付き、一瞬視線を外す。そして聞き慣れないワードを復唱する。


「情報屋さんがどうして私を助けてくれたの?それとも趣味の方?」


 まさに困っていたところを助けてもらったのだから人助けと言えるだろう。てっきり肯定が返ってくるものだと思ったが、彼はどう答えるべきか僅かに迷うように、そしてその迷いを隠す必要は無いとでも言うように顎に手を添えて少し間を置く。


「んー……いや、君を助けたのは、どちらかというと本業の方かな」

 

「え?」


 となると、情報屋として私を助けたということになる。それこそ、なぜだろう。

 そもそも情報屋とは何だろうか?


(マスコミとか新聞社みたいな感じ?)


 と私が考えていると、彼は長い足を組みながら一冊の手帳を取り出した。革表紙の、よく使い込まれているのが伺える傷み具合だった。そして、その手帳をパラパラと捲っていき、とあるページで止める。


 

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