第74話
翌日の昼を過ぎても、ジルとシャルネは戻らなかった。
手紙は届いているはずだと分かっていても、落ち着かない。
焚き火の名残を囲みながら何度も街道の方へ目を向けていると、リオンが呆れたように口を開いた。
「そんなに見てても、早く帰ってきたりはしないよ」
「分かってるけど……」
「心配なら迎えに行く?」
「大人しくしていろ。行き違いになる」
リオンの冗談をオズに即座に否定され、私は膝を抱え直した。
前回、二人と再会した時には、既に大聖堂の調査を終えていた。
けれど今回は、途中で引き返すよう頼んでいる。教皇の私室へ近付かなければ、こちらの動きを知られずに済むかもしれない。
そう考えて決めたことなのに、まだ戻らないというだけで、嫌な想像ばかりが浮かんでしまう。
あの地下室で倒れていた二人の姿が、何度も脳裏をよぎった。
「来たぞ」
ベリルの声に顔を上げる。
木々の向こうから、二つの人影が近付いてきていた。
「ジル! シャルネ!」
立ち上がり、二人のもとへ駆け寄る。
「うわっ」
勢いのまま二人へ抱きつくと、ジルがよろめいた。
「何だよ、急に!」
「良かった……二人共、生きてる……」
「縁起でもないこと言うなって」
困惑した声が頭上から降ってくる。
シャルネは驚きながらも、私の背中へそっと腕を回してくれた。
「レイアさん、ご心配をお掛けしました」
「怪我してない? どこか痛くない?」
「私達は無事です。捜索を切り上げて、すぐに戻ってまいりましたから」
声を聞き、体温に触れて、ようやく二人が本当に生きているのだと実感する。
また涙が出そうになり、慌てて顔を離した。
「……何かあったのか?」
ジルが眉を寄せる。
「いきなり調査を中止しろなんて手紙を寄越したと思ったら、その反応だろ。大聖堂で何が起きるか知ってるみたいじゃないか」
「その通りだ」
私の代わりに答えたのはオズだった。
ジルとシャルネが焚き火の側へ座るのを待ち、私は死に戻る前に起きたことを話した。
王城で聖王が教皇に操られていると知ったこと。
各地の祈りが大聖堂へ集められていたこと。
教皇の私室の地下にベリルの子供が囚われていたこと。
私達が敗れたこと。
全てを細かく語れば、また声が出なくなりそうだった。
だから必要なことだけを、出来る限り簡潔に伝えた。
「……それで、オズの魔法でここまで戻ってきた」
話し終えると、沈黙が落ちた。
ジルは何も言わず、シャルネも膝の上で両手を握り締めている。
「つまり、俺達は一度死んだのか」
「確認は、出来てない。でも……二人共、もう動かなかった」
「そうか」
ジルは短く答えた。
自分が死んだと聞かされたのに、不思議なほど穏やかな声だった。
隣に座るシャルネへ目を向け、その姿を確かめるように僅かに顔を緩める。
「シャルネを庇ってた」
「……ジル様が?」
「うん。覆い被さるようにして」
シャルネが息を呑む。
ジルは気まずそうに頬を掻いた。
「まあ、そりゃあ、そうするだろ」
「ジル様」
「お小言は無しだ。今は二人共生きてる。それでいいじゃないか」
二人の短いやり取りを見て、以前と同じように胸が温かくなる。
この時間でも、二人の関係は変わっていないらしい。
「それで、手紙にあった通り、教皇の私室には近付いてない」
ジルは話を切り替えるように、背負っていた鞄を下ろした。
「けど、何も持たずに帰ってきたわけじゃないぞ」
中から取り出したのは、黒ずんだ革表紙の本だった。
金具で閉じられていたらしいが、留め具は既に壊れている。
表紙には題名もなく、擦れて消えかけた紋章だけが刻まれていた。
「これは?」
「立入禁止の書庫で見つけた。俺達が調べてた祈りの記録とは別に、何重にも鍵を掛けた棚へしまわれてたんだ」
「何重もの鍵を、どうやって開けたのですか?」
リオンが面白そうに尋ねる。
ジルの動きが僅かに止まった。
「ああ、それは……」
「ジル様は、以前盗賊をなさっていたので、鍵を開けることがお得意なのです」
今度もシャルネがためらいなく答えた。
「おい、シャルネ」
「皆様なら、悪く思うはずがありませんから」
「そういう問題じゃなくてだな……」
前回とほとんど同じやり取りに、思わず笑いそうになる。
ジルが怪訝そうに私を見た。
「何であんたは驚かないんだよ」
「前にも聞いたから」
「ああ……そういうことか」
死に戻りというものは便利なようで、こういう時には少し困る。
リオンは納得したように頷き、ベリルは興味がなさそうに本だけを見ていた。
オズもジルの過去については何も言わず、差し出された本を受け取る。
「中身は少しだけ見た。古代魔法の研究記録みたいだったけど、俺達にはほとんど読めなかった」
「大賢者様なら分かるかと思いまして」
シャルネの言葉を聞きながら、オズが革表紙を開く。
最初の頁へ目を落とした瞬間、その指が止まった。
「オズ?」
呼び掛けても、返事がない。
頁に並ぶ古びた文字を見つめたまま、銀色の瞳が僅かに細められる。
「知ってる本なの?」
「本ではない」
いつもと変わらない声だった。
けれど、紙の端を押さえる指先には、僅かに力が入っていた。
「これは、個人の記録だ」
オズが頁を一枚めくる。
そこには文章だけでなく、複雑な古代魔法陣や、大聖堂らしき建物の断面図が描かれていた。
そして頁の隅には、同じ印が何度も記されている。
「誰の?」
私が尋ねると、オズはしばらく答えなかった。
やがて、遠い記憶を確かめるように、その印を指先でなぞる。
「かつて、僕と共に大賢者と呼ばれていた者の一人だ」
焚き火の燃え残りが、小さく音を立てて崩れた。
オズは再び最初の頁へ視線を落とす。
「百年前に処刑されたはずの人間が、何故こんなものを大聖堂へ残している」
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