表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/90

第73話


「あの……ごめんなさい。なんか、混乱しちゃってて」


「構わない」


 あまりの気まずさに正座をして顔を伏せる。

 今は大聖堂に乗り込む数日前の夜だった。まだシャルネとジルは合流していない。

 

 街から離れた場所で休憩をしていた時だ。

 私の涙やら何やらで汚れた服のまま、オズは私を眺めていた。


「……ここに、戻ったのか」


 短い問いに、小さく頷いて応える。


「まさか。死に戻った? 俺たちがいたのに、負けたってこと?」


 あり得ないとでも言うように、眉根を寄せてリオンが言う。

 私はベリルに一度視線を向け、そしてすぐに外し、少し迷う。

 けれど、順に説明していくことにした。


 聖王のこと。

 祈りの力のこと。

 魔王の子の元に行き着く前に襲われたこと。

 教皇が魔王の子を人質に取ったこと。

 魔王が抗えず、私達を襲ったこと。

 恐らく、みんな死んでしまったこと。

 オズの手で私だけが戻されたこと。


 途中何度も涙が溢れそうになり、言葉に詰まりながら、それでも三人は静かに私の話を聞いてくれた。


「……すまない」


 しばらくの沈黙の後、過去と同じ声で、ベリルは呟いた。


「違う、ベリルのせいじゃない!」


 慌てて否定するが、少女の表情は陰ったままだ。


「教皇を叩く前に、ベリルの子を先に救出する必要があるってことか。でも、確実にまた邪魔は入るだろうな」


 苦い表情でリオンは呟く。

 長い脚を地面に放り出すようにして座り直し、そして彼は私へと目を向けた。


「ところで、なんで死に戻ったのがこのタイミングなの? 都合の良い地点に戻るには、座標がどうのって話だっただろ」


「……え」


 そういえばなぜだろう、とオズを見ると、彼は指し示すように視線を頭上の星空へと向けた。


「大賢者の星読みか」


 それだけでリオンには伝わったようだった。

 オズは視線を下ろし、私へと向けた後で静かに口を開く。


「同じ星空というのは、存在しない。川の流れと同じだ。見る度に変わる星の輝き、翳り方、色……それを記憶して、座標とした」

 

「どうして今日を?」


「おそらく、教皇に僕達の動きを知られる前の、最も新しい座標だったのだろう」

 

 思えば彼は最近ずっと夜空を眺めていた。

 まるでこうなることを見越していたかのように。

 試しに真似て空を見上げてみても、どこを見ればいいのかさえ分からなかった。


 けれど、一つだけ分かったことがある。

 未来のオズは、何もかもを諦めて私を送り出したのではない。

 最後まで次を見据えて、私が戻る時を選んでいた。

 

 ひとまず今後の方針を決めるため、シャルネとジルに急ぎ連絡を取る。

 例のブローチを使い、捜索を中止して戻るよう手紙を送った。

 情報は、もう私の記憶の中にある。こちらの動きは知られない方がいい。

 

 私達は彼らの合流を待ちながら、今日はこのままここで休むことになった。

 ベリルは塞ぎ込んでしまったままだった。声を掛けても、曖昧な返事しか返らない。

 リオンはそれを眺めながら、何も言わなかった。


 私はそこを離れ、側の森の中を散策していた。今日は月明かりもある。足元ははっきり見えた。

 近くには川も流れているからか、いくつかの花も咲いている。


「ベリルにあげたら、少し元気になってくれたりしないかな」


 そう呟いて白い百合のような花に手を伸ばす。


「それに触れるな」


 が、すぐに背後から制止が掛かった。

 振り返るとオズが小さな溜息を吐きながら私を見ていた。


「その花粉に触れると皮膚が爛れる」


「えっ」


 綺麗な花なのに中々えげつない。私は仕方なく手を引いた。

 

「ベリルに何か贈れるものはないかと思って」


「放っておけ」


 にべもない声が返る。


「奴の子供を解放する。それだけで十分だ」


 私の隣に立って、足元の浅い川を見下ろしながらオズは言った。


「……そうだよね」


 ベリルが望むものは、初めからたった一つだった。

 私に出来るのは、今度こそ、それを叶えてあげることだけだ。


 さらさらと流れる水の音を聞きながら、横目でオズの表情をうかがう。

 その顔は血で汚れてもいなければ、目が霞んでいるような様子もない。

 それだけでまた涙腺が緩んでしまう。


「今度はどうした」


 私の視線に気付くなり、いつもの呆れたような声が返った。


「……オズ、生きてるなって思って」


 死に戻ったのは私だけだ。

 彼からしたら、おかしなことを言っているのは分かっている。

 だけど、もう二度と会えないかもしれないと思った人たちが目の前にいる。

 それだけで涙が溢れた。

 指でそれを拭おうとした矢先、自分のものよりも冷たい指先が目元を擦り、驚いて顔を上げる。


「オズ?」


 濡れたその指先は私の頬に触れたまま動かない。

 次第に恥ずかしくなって、思わず視線を落とした。

 私が魔法陣に呑まれる直前、彼に伝えた言葉が脳裏をよぎる。

 もちろん、目の前の彼がそれを知ることは無いのだが、何となく居心地が悪い。


「死に戻る前、僕は……お前に、何か言っていたか?」


 オズには珍しい曖昧な問いに顔を上げて、首を傾ける。


「え? えっと、お前だけは戻れって」


「それだけか?」


 納得していなさそうな顔で問い返されて、必死に記憶を辿る。

 けれど追い詰められてお互いに衰弱していたこともあり、そんなに言葉を交わしてはいない。


「私が必ず戻ると言ったら、信じているって」


 そう返すと、彼は隠しもせずに浅く溜息を吐いた。

 どうやら望んでいた言葉ではなかったようだ。


「臆病者め」


 そして吐き捨てるように、そう自嘲する。

 私が問い返すよりも先に、オズの冷たい指先が私の頬を軽く撫でるように擦る。


「僕は、お前を失いたくないと……そう伝えるべきだった。お前を、一人で死なせる前に」


 そう零してから、少しだけ言葉に詰まり、静かに指を引いた。


「——いや。魔王を止められなかった分際で、言えるはずもない」


 諦念めいた薄い笑みを浮かべ、何も言えないままの私に背を向ける。


「この辺りには毒草も多い。迂闊に触れるな」


 そんないつも通りの忠告を残し、彼は去っていった。

 私はしばらくその場に立ち尽くすしか出来なかった。冷たい温度の残る頬を、自分の指でなぞる。


(……今のは)


 それが仲間を失いたくないという意味なのか。それとも、もっと違う何かなのか。


(どういう意味だったの?)

 

 確かめる勇気はなかった。

 時間差で指先が熱くなる。頬も、そして心臓も熱かった。

 私はしばらくの間そうして頬を押さえていた。消えつつある感触を名残惜しく思いながら。

 

お読みいただきありがとうございます。

評価やブックマーク等で応援いただけると、執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ