第66話
「教皇や聖王が、魔物を召喚して民を襲わせているなんて……」
「まだ仮説だが、そう外れてはいないだろう。情報屋を北へと飛ばしたという古代の転送魔法。そんなものを抱え込んでいる時点で怪しい」
事件そのものにはあまり興味がなさそうなオズを急かすように、私は口を開く。
「すぐに助けに行かないと! 大変なことになります!」
「誰を?」
「今、襲われている人達です!」
問い掛けてきたリオンも、オズと同じような反応だった。
こうしている間にも召喚されたという魔物は人々を襲っているはずだ。きっと死傷者だって出ているだろう。
しかし、冷静な表情を崩さないベリルは首を横に振って見せた。
「お前がそう動くのを見越した罠ではないのか」
「……罠?」
問い返すと、ベリルは小さく頷く。
リオンも同じように頷きながら口を開く。
「奴らからしたら、この騒動で聖女様が現れれば捕まえやすくて好都合。そうでなくとも何かしらの目的は果たせるって感じだろ? それなら敵の根城に乗り込んで、直接叩いた方が早い。どうせ事態はすぐ収束しないし、まだ召喚が続く可能性だってある」
「そんな……」
それは、魔物に襲われている人達を見捨てていくという選択だ。
(けれど、私が行ったところで助けられる人はほんの一握り。それに治癒の魔法を使えば、リオンの言った通り、見付かりやすくなってしまうはず……)
感情を抜きに考えれば、リオンやベリルの言葉が正しかった。
何度か呼吸を置いて、静かに頷く。
「……分かりました。行きましょう、大聖堂へ」
各々が無言で頷く。
オズが私の前に立ち、何かを差し出した。
「先に渡しておく。これが精霊王召喚の媒体となり得るものだ。海竜の逆鱗、世界樹の根核、空界鳥の風切羽——」
「は? 昔、国の保管庫から消えたって騒がれてたやつ? お前が盗んでたのかよ」
「借りていただけだ」
物騒な会話を聞きながら、三つの媒体を受け取る。
どれも強く属性の力を感じる。すぐ側で精霊が興味深そうにしているのが分かった。
「水、地、風。そして最後に、炎を宿す魔王の瞳。どれも精霊王の召喚に耐えるだろう」
オズが視線だけで振り返った先で、ベリルが頷く。
(本当に……帰れるんだ、これで)
受け取ったものがやけに重く感じた。無くさないように、一つ一つ鞄に収めていく。
「ここから大聖堂までは急いでも数日はかかる。可能な限り人目を避けるため、基本的には夜に行動することになるだろう。道中、情報屋とヴェルクロアも拾っていく」
私が荷物をしまい終えないうちに、オズはそう言った。
「少し休息を取ったらすぐに発って、夜までには森を抜ける。それまで休んでおけ」
*
日が傾き始めるまで休息を取り、私達は再び森の中へ踏み出した。
振り返ると、オズの家へ続く扉は既に消え、ただ一本の大木が立っているだけだった。
媒体が入っている鞄を胸元へ引き寄せる。
これを揃えるために、随分と長い旅をしてきた。
けれど、まだ終わってはいない。
森を抜けた後も、私達は街道を避けて進んだ。
昼は人目に付かない場所で身体を休め、日が沈めば歩き始める。遠くに街の明かりが見えても、近付くことは出来なかった。
時折、夜空の向こうが赤く染まっているのが見えた。
魔物に襲われた街が燃えているのかもしれない。
駆け付けたい気持ちを押し殺し、私は何度も唇を噛んだ。
そして三日目の夜。
ジルから指定されたのは、聖都の中心部から少し離れた場所に建つ、使われなくなった小さな教会だった。
崩れかけた石壁の前へ近付くと、内側から僅かに扉が開く。
「随分と遅かったな」
隙間から顔を覗かせたジルが、私達の姿を確かめてから扉を大きく開いた。
「ジル!」
「声が大きいって。見つかったら、ここまで調べた苦労が全部水の泡だぞ」
「ご、ごめん」
慌てて口元を押さえる。
教会の中へ入ると、奥にシャルネの姿もあった。私と目が合うなり、彼女はほっとしたように表情を緩める。
「皆様、ご無事で何よりです。レイアさん、お身体はもう大丈夫なのですか?」
「うん。少し疲れが残ってるくらい。シャルネ達も無事で良かった」
手を取り合う私達の横で、ジルが扉を閉めた。
壊れた長椅子を囲むように集まり、互いが得た情報を確かめ合う。
「俺達は大聖堂へ二度入った。地下に何かあるのは間違いない。けど、途中に妙な結界が張られてて、それ以上は進めなかった」
「僕が見なければ判断出来ないな」
「簡単に言うなよ。今は聖堂兵だらけだ。俺一人ならどうにでもなるけど、あんた達全員を連れて入るのは無理だぞ」
ジルは広げた紙の上へ、大聖堂と王城の簡単な見取り図を描いていく。
「教皇より先に、聖王を調べた方がいい。今回の出兵命令には聖王の名が使われてる。教皇が勝手に出したのか、本当に聖王も関わってるのか、それだけでも確かめる価値はある」
「正面から謁見を申し込める状況ではないぞ」
「当然。だから、こっちから入る」
ジルの指が王城の西側へ移動する。
「城壁の外に、今は使われてない排水路がある。そこを進めば、昔の物資搬入口に出る。鍵は三つ。途中に音を鳴らす仕掛けが二つと、内側には侵入防止用の魔法陣。巡回が切り替わる時間なら、玉座の間に近い西廊下まで行けるはずだ」
淀みなく説明するジルに、オズが視線を向けた。
「随分と詳しいな」
その一言で、ジルの声が止まった。
紙の上に置かれていた指先も動かなくなる。
「情報屋が調べる範囲を越えている。見取り図を得ただけでは、鍵や仕掛けの位置までは分からないはずだ」
「それは……」
珍しく言葉に詰まったジルが、僅かに視線を逸らす。
その隣に座っていたシャルネが、彼を見上げた。
ジルは困ったように眉を下げた後、小さく肩を竦める。
それを了承と受け取ったのか、シャルネは私達へと向き直った。
「ジル様は、昔は盗賊だったそうです」
「えっ!?」
思わず声を上げると、ジルが額を押さえた。
「だから声が大きいって言ってるだろ……」
「ご、ごめん。でも、盗賊って……」
「昔の話だよ。今はただの情報屋」
軽く答えたものの、ジルは私達の顔をまっすぐに見ようとしなかった。
盗賊として生きていたことを、知られたくなかったのだろう。
「なるほど。確かに、鍵の扱いと気配の消し方には慣れていた」
オズは驚く様子もなく、それだけを口にした。
「お前、気付いてたのか?」
「完全に隠せていると思っていたのか」
「相変わらず嫌味な奴だな……」
リオンは面白そうに口元を緩めている。
「情報屋っていうのは、随分と便利な肩書きだったんだね」
「生きていくには、表向きの肩書きも必要なんだよ」
ベリルは興味を失ったように目を伏せた。
「情報屋であろうと盗賊であろうと、余には関係ない。王城へ入れるのであれば、それでよい」
あまりにも普段通りの反応に、ジルが何度か瞬きをする。
私は驚いてしまったものの、考えてみれば、それだけだった。
「私も気にしないよ」
「……少しは気にした方がいいんじゃないか?」
「だって、ジルはずっと私達を助けてくれたでしょう? 昔、何をしていたとしても、今のジルが変わるわけじゃないよ」
そう言うと、ジルは困ったように頬を掻いた。
シャルネが穏やかな笑みを浮かべる。
「皆様なら、そう仰ると信じておりました」
「信じてたからって、迷いなく人の過去をバラすなよ……」
「ジル様も、止めなかったではありませんか」
「止めても言いそうな顔してただろ」
「いいえ?」
首を傾げるシャルネに、ジルが深い溜息を吐く。
けれど、二人の距離は以前よりもずっと近い。シャルネがジルの過去を知っていることも、彼がそれを打ち明けたことも、別行動をしている間に何かがあったのだと伝わってきた。
「それで、全員を連れて入れるのか」
オズの言葉で、話が本題へ戻る。
「俺一人なら今夜にでも入れる。けど、全員となると準備がいる。排水路の崩れた場所はお前の地属性魔法で何とかしてくれ。魔法陣も頼む」
「問題ない」
「リオンの大剣は目立つから布で包む。ベリルは外套を深く被れ。王城の中じゃ黒炎は使うなよ。一発で侵入がバレる」
「命令するな、情報屋」
「じゃあお願いだ。王城を燃やすのは、俺達が逃げた後にしてくれ」
ベリルは答えなかったが、否定もしなかった。
ジルは見取り図へ新たな線を書き加え、玉座の間へ続く道を示す。
「巡回が最も少なくなるのは、明日の深夜だ。そこで王城に入る」
紙の上に描かれた玉座の印を見つめる。
百年前、リオンを処刑したという聖王。
そして今、教皇と並んで聖都を治め、私達を追う命令を出した人物。
その人に会えば、何かが分かるのだろうか。
胸の奥に広がる不安を押さえるように、鞄へ触れる。
中に収めた三つの媒体は、今も静かに力を宿していた。
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