第54話
言葉の意味が分からず、吟遊詩人とオズとを交互に見る。
ベリルも何かに勘付いている表情をしているし、リオンはフードの下から警戒を隠さない視線を吟遊詩人へ向けるばかりだ。
シルフェインと呼ばれた吟遊詩人は形の崩れない笑みを湛えたまま、そっととんがり帽子を取る。
以前会った時と変わらない、彫刻のように美しい顔立ち。僅かな風にも靡く細い髪。
その奥からは、長細く尖った特徴的な耳が姿を見せた。
「……まさか、あなたがエルフ……!?」
そう問うと、シルフェインは緩慢に一度頷いた。
「ようこそ、精霊師。私が、風の神殿へと案内しよう」
帽子を胸に当て、そう告げる。
(初めから、私が精霊師だと気付いて……?)
彼と前に会った時はまだ水の精霊とも契約を交わしていなかったはずだ。それなのに私を精霊師だと知って、声を掛けてきたというのか。
ぱちぱちと目を瞬かせる。
(そういえばオズはあの時、少し驚いているように見えた。もしかしてオズも気付いていたのかな)
そうなると何も気付いていなかったのは私だけということになる。
その疑問の答えを探すように見上げた先のオズも私へと視線を向けていて、反射的に視線を逸らしてしまう。
まるで彼を拒んだようで、勝手に居心地が悪くなる。
(あの日、シルフェインを綺麗な人だと言った私に、オズは「そうだろうな」とだけ答えた。あの時はおかしな返答だと思っていたけど、エルフ族だと知っていたからだったんだ)
もうずっと前の出来事に感じる記憶を、私は思考の隅で掘り返していた。
そうしている間にもシルフェインは歩き出した。
すぐ側にある鬱蒼とした暗い森へと足を進めていく。
「おいおい、まさかこんな真っ暗な森の中にあるって言うんじゃないだろうな」
ジルが呟く。私も入るのを躊躇するほどだった。オズの住んでいた死の森を思い出す。いや、それ以上に暗かった。
北の国はただでさえ雲が掛かっていることが多く、薄暗い。その限られた日光すら木々が遮って、森の中はほとんど光が差さなかった。足元さえよく見えない。
「それにこの辺りは瘴気も濃くなる。俺も森の中に入っていくのは反対だ。罠の可能性だってある」
リオンが言う。ベリルは口を閉ざして傍観を貫いている。
シルフェインはゆっくりと振り返り、また笑った。
「闇を打ち払う光が、そこにあるだろう?」
そう言って真っ直ぐに私を見た。
突然話を振られわずかに目を見開くが、その意図は理解出来た。
私はそっと両手を差し出し、そこに光を集めていく。
眩しい光は森全体を照らし出すように輝き、そして辺りを真っ白に染め上げた。
すると、真っ暗な森の中に突然色が差し込んだ。
それは美しい草木の緑。澄んだ水の青。色とりどりの花。絵に描いたような、穏やかな里の風景が目の前に広がっていく。
まるで絵画の中に踏み込む入口が開いたようだった。
その入口の傍らで、シルフェインは言う。
「ようこそ。エルフの隠れ里へ」
◇◇◇
「エルフの里……そ、存在したのか……本当に」
感動に息を震わせながら、ジルは村の中を歩いた。
そこは瘴気の濃い北の地とは思えないほど、本当に美しい場所だった。
足元には青々とした草が生い茂り、その上を石畳が飾る。どこか神殿を思わせる真っ白な石壁の家には思い思いに蔦が絡み、花を咲かせている。
村の中は穏やかな流れの川が走り、青い空から注ぐ日差しが水面を輝かせていた。
行き交うのは皆エルフだった。透き通るような白い肌に、それよりも白い髪が影を落とす。
木製の椅子に腰掛け、ハープを弾く女性の指先から奏でられる音が、一際幻想的な世界を生み出している。
「神の国に来てしまったのかしら……」
恍惚としてシャルネが呟く。
ここにはローブで全身を隠したリオンも、魔王であるベリルもいるというのに、すれ違うエルフは皆穏やかな笑みで挨拶をしてくれた。
私たちを怪しむ素振りは全くない。
周囲の建物よりも一回り大きなその家の前で、シルフェインは立ち止まった。
「この家で、今日は休むといい」
風景に見とれていたが、その声ではっと我に返る。
「あっ、あの……私は早く神殿に……!」
「まだダメだ」
穏やかな声で、しかしきっぱりとシルフェインは言った。
「君はまだ、仲間に伝えていないことがあるだろう?」
幼子をたしなめるような声だった。
視線が一斉に私へと向く。
「……どうして、それを……」
「結論が出たら声を掛けてくれ。それまでこの場所は自由に使って構わない」
答えをくれないままに、シルフェインは立ち去った。
案内された家の中は、白い石壁と木製の家具が調和した、静かな空間だった。
大きな窓から差し込む陽光が床を淡く照らし、壁や柱に飾られた花を柔らかく浮かび上がらせている。
人の暮らす場所でありながら、そこには祈りの場にも似た清らかな空気が満ちていた。
リビングと呼ぶべきその場所の他に幾つかの寝室がある。休息を取るには十分な環境だ。
だが、休息という空気ではなかった。
大きなテーブルを囲む椅子の一つに腰掛けながら、ジルは言った。
「で、まだ言ってないことって?」
皆が一人ひとり、順番に椅子へ腰を下ろしていく。
私も一番端の椅子を引っ張り出して座り、炎の精霊王との会話や世界の狭間で聞いた話を伝えていった。
もちろん古の精霊師の話は可能な限り伏せて。
「四体全ての精霊王と契約したら襲われた? そんな話を隠したまま風の精霊王と契約しに行こうとしてたの?」
「……隠すつもりは。ただ、言いそびれていて……ごめんなさい」
責めるようなリオンの言葉に言い淀みながらも、謝罪を紡ぐ。本当にそうなるのなら危険に晒されるのは彼らも同様だ。
「責めているわけではないんです。ただ、貴女の身が危険に晒されるのであれば、見過ごすことは出来ません」
真っ直ぐに背筋を伸ばし、シャルネは言う。
ジルはその横で険しい顔をして考え事をしていた。
「その精霊師を襲ったっていうのは一体誰なんだ?」
「私も、そこまでは……」
だが、精霊の存在を知っていて、かつ狙おうとする存在は、かなり限られる。
精霊とは今の時代では一般的に存在すら知られていない。
そして、それを意図的に消し去ったと思われる存在は、以前オズが目星をつけていた。
「まあ……教皇あたりが、一番線が濃いか」
そうジルが呟く。
(何かに追われて、どこかに逃げ込んだ。……逃げ場の無い、高い塔に……?)
霞がかった記憶の中に、何か心当たりがある気がした。
(逃げ込んで、その先は……どうなったんだっけ)
だけど、言葉で説明出来るほどはっきりとした記憶ではない。思い出そうとする度に、それを拒むように頭痛が起こって気が散る。
その傍らでリオンが足を組み替えながら言った。
「聖女様が何度も死に戻っていたっていう話も確定したね。そして、それを思い出すのはあまり良くない、と」
以前には私の死に戻りの記憶を戻すという案も出ていたが、精霊王はそう言った。
詳しい話は教えてもらえなかったが、その存在が『出来ない』と言ったのだ。理由があるのだろう。
「とりあえず今、道は二つしかない。風の精霊王と契約するのか、しないのかだ」
話を引き戻したジルが提示した選択肢は非常にシンプルだった。
家族の元へ帰りたい。それには全ての精霊王の力がいる。
だけど、それを狙う者がいる。その力に追い詰められた者も。
(教皇エスティラ……私は彼女の下から逃げ出したと思っていたけれど……もしかすると、今も見張られているのかもしれない)
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