第52話
「北の国、ルーンフェル。魔族の拠点である魔王城があり、魔物も多く闊歩しているせいでほとんど人は住んでいない。ルーンフェルまではこの街道を行けば辿り着く。でも……」
リオンが目を細めながら焦点を合わせて、地図の表面を指でなぞる。そして、行く宛てを無くした指を、静かに止めた。
「風の神殿の場所が、まさか記録に残っていないなんて……」
ここに来て一つの問題に行き当たっていた。
人の記録に、その存在が記されていないというのだ。
(百年前、あの精霊師は風の精霊王との契約を叶えている。存在しないはずはない)
けれど、道はない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、リオンが睨むようにベリルへと視線を向けた。
「お前は何も知らないの?」
「知らぬ。魔族には『精霊』という存在さえ伝わっておらぬ」
(勇者と魔王の会話……緊迫感すごいな)
この場で戦闘を始めないだけでも相当な自制心がいるのだろう。ベリルの前で、リオンは常にピリピリした雰囲気を纏っていた。殺気と言ってもいい。
一方でベリルはいつもの冷静な表情だ。勇者であるリオンを警戒しながらも、自分から仕掛ける素振りは無い。
恐らく二人が戦いを始めたら、オズしか止められなくなる。そうなると戦闘の激しさは、神殿で起きたそれの比では無くなるだろう。
(普通に巻き込まれて死ぬかも……)
縁起でもない想像に背筋が冷える。
場の空気を変えるためにおずおずと口を開いてみる。
「北の国まで行ってから精霊に聞いてみるというのは? もしかすると惹かれ合うかも」
「うーん……あまり良い案とは言えないな。俺の話はしただろ? あの国で食える物はほとんど無いんだ。街も少ない。長期の滞在はしにくい」
「あ、そっか……」
リオンは生前の旅で飢えに苦しんだと言っていた。
北の国は瘴気という毒に侵され、農作は出来ず、家畜も育たない。食料問題は常に付き纏う。
オズの転送魔法で食料を持ってきてもらうことも出来るが、宛ての無い旅で下手をすれば数ヶ月という期間、それを繰り返すわけにはいかない。
「一つ、可能性がある」
離れた場所でずっと一人思考を巡らせていたオズが、唐突に口を開いた。
眠るシャルネを除く全員の視線がオズへと集まる。
「エルフと接触出来れば、あるいは」
「エルフ?」
思わず問い返す。
その存在自体は聞いたことがある。もちろん前の世界での話だ。ゲームなどによく出てきていた、神秘的な種族だった。
「希少な種族で、その寿命は千年を越えるという。そしてかつては『導き手』と呼ばれていた、そういう伝承がある」
「導き手、ね。一体何を導いていたのやら」
オズの言葉に、ジルは腕を組みぽつりと独り言を零す。
エルフという存在自体、今となってはほとんど伝承の存在だ。この世界に彼らの記録が残っていないわけではないが、非常に気紛れで、世界の危機に際しても傍観者の立場を貫き、めったに人の前に姿を現さない。
そして、世界のどこかに彼らの隠れ里がある。その程度の情報しかない。
その情報が真実に基づくものなのか、ただのお伽噺なのかも、誰も知らない。
「恐らく、北の地に行けば奴らから接触してくる」
「その根拠は?」
「無い。勘だ」
「はは、勘か」
リオンはオズの言葉に小さく笑う。だが疑ってはいない響きだった。
(リオンって結構、オズに信頼を寄せてるよね……)
彼らが生きた時代のことはよく知らないが、きっと何か関わりがあったのだろう。
百年振りに会った時でさえ、どことなく親しげに見えた。
「じゃ、結局は勘と運任せに北に踏み込むしかないな。出来るだけ食料は買い込んでいこう。それが尽きる前にエルフか風の精霊、どっちかが来てくれりゃ上々だ」
肩を竦めジルがそう話をまとめた。
これ以上頼る情報が無いので仕方ない。地図を畳んで、その日は眠ることとなった。
眠りにつく前、ふとオズの方を見る。彼は木に背中を預け、目を閉じて座っていた。眠っているのかは分からないが、彼がこうして休息を取る回数を見ることも増えた。
(不老の魔法は、やっぱり解け掛かっているのかな……)
心をも殺してしまうその魔法を抜きにしても感情が顕著に出る方ではないであろう、彼の変化は非常に分かりにくい。
だがその休息が彼にとって少しでも穏やかなものであるようにと、そう願いながら目を閉じた。
◇◇◇
聞いていた通り、北の地に近付くにつれ街は少なく、あっても小さな規模になっていった。
そこで私の精霊の力が、思わぬ方向性に役立っていた。
「地の力で家を作り、火を熾して、水も出せる。いつの間にこんな便利屋になったんだ、レイア」
「ははは……」
ジルにからかわれ、苦笑する。
実際は家なんて立派なものではなく、土で作った大きなかまくらのようなものだったけれど、それで雨風をしのぎ、簡易的な椅子とテーブルを用意出来るだけで随分楽に過ごせた。
もう雑魚寝も、ベッドじゃない場所で眠るのも慣れたものだった。
地図を見れば、今はちょうど北の国との国境を越えたくらいだろうか。この辺りは荒れた地平が続き、周囲には何もない。
北の国とは呼ぶけれど、この国に人の王は居ない。ここを支配するのは、魔族の王だ。
その本人はかまくらの中で食事中だけれど。
「じゃあ、ちょっと訓練してくるね」
「ああ、気を付けて」
ジルに見送られ、かまくらを出る。
周囲に人の気配が無いのであれば、訓練するのに丁度いい。
仲間のいる小さな拠点から少し離れた場所で、私は精霊たちを喚び出す。
「ねえ、練習に付き合って」
「いいよ!」
「やろう!」
子供のような、元気な声が返る。精霊の力を扱う訓練は、毎日続けていた。
呼吸を合わせて、自分の魔力に精霊の力を編み込んでいく。
(まずは、水の力……)
イメージを作る。私の周りに、イメージ通りの水の槍が複数本浮かび上がる。
水滴が滴る音が、何度か響いた。
(そして、放つ)
伏せた瞼を開いたことを合図にして、その槍が一斉に放たれ、水柱を発生させながら地面に突き刺さり抉る。
(次は地の力……)
すぐに地の精霊が呼応して力を集めていく。直後、水が抉った地面から勢いよく岩が突き出す。
(すぐに、火の力を……!)
標的に見立てた岩柱へ指を向ける。すると赤い炎が絡みつき、爆発を伴って弾けた。
吹き付ける熱風が私を焦がすことはない。ただ風に髪がなびくだけだ。
「……どう?」
私は背後の気配に向けて振り返った。
そこには予想通りオズの姿があった。相変わらずこれといった表情の無い瞳で、私の攻撃の痕跡を眺めている。
「悪くはない」
問いに返ってくる返事もこれだ。
(褒めてはいない、けど……ギリ及第点って感じかな)
散々溜息を吐かれていた時よりは、少なくともマシだろう。
何より精霊を扱う私の長所は消費する魔力の少なさだ。攻撃のほとんどを無尽蔵な精霊の力で補うため、自分の魔力の消費はかなり少ない。
今の攻撃を繰り返し放てば、それなりの威力になるはずだ。
事実、北の国に出没する魔物に対しても、私の攻撃は効果的だった。
仲間の足を引っ張らずに戦えている。その事実は今の私にとって自信になっている。
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