第4話
だが今から百年と少しの昔。
勇者は魔王を倒した。しかし魔王は死の間際、大きな咆哮を上げ、それによって世界に大厄災を引き起こしたのだという。
天は陰り、海は荒れ、地は枯れた。多くの人々が死に絶えた。
星の瞬きはそれを知らせていたのに、占星術で知ったその未来を伝えなかったとして、処刑された者達がいた。聖王に仕えてきた、十四人の大賢者だ。
彼らは図書館よりも膨大な知識をその頭脳に刻み、誰も知らない魔法を扱い、誰より正確に星を読んだ。
だが処刑された。――直前に逃げ出した、一人を除いて。
(魔王、勇者、そして大賢者か……)
RPGだ。
本当に、そんな世界があるものなのか。
先日読んだ本には、星の数だけ別の世界があるのだと書いてあった。もちろん作り話で、本当に星の数ほどあるわけではないのだろうが。
(でも実際世界を越えちゃったからなぁ、無いとも言い切れないか)
世界を越える魔法。その手掛かりは未だゼロだ。
そんな毎日を繰り返し、エスティラやエミリーの他にたくさんの顔見知りが増えた。皆、私を『聖女様』と呼び、敬ってくれる。
そんな敬意に応えたくて、毎日魔法の訓練も頑張った。たまに訓練で傷を負ってしまう兵士たちの傷も借りて練習を繰り返し、ある程度なら治せるようになってきた。その度にやはり酷く疲れるけれど。
日課になった日記を書き終え、ペン先を止めて日記帳を閉じる。
何気なく外へと視線を向けると私がこの世界にやって来てから二度目の春。それを知らせる白い花が枝の先で咲き誇っているのが見えた。
私がこの世界に来てから、一年と少しの時が経っていた。
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「エスティラ?」
ノックをした扉を開けるが、返事は無い。
今日もエスティラの部屋で一緒にお茶の時間を過ごすはずだったのだが、その部屋の中に彼女の姿は無かった。予定が押しているのだろうか。
多忙な彼女には珍しいことではなかった。いつもそうしているように部屋で待たせてもらおうと、後ろ手に扉を閉める。すると、部屋の壁に沿って設置してある本棚から落ちてしまったのだろう、一冊の本が床に落ちているのが見えた。
物を大切にする、几帳面なエスティラには珍しい。気付かなかったのだろう。その本を手に取ると、丁度目線の高さの棚に一冊分の空白が見えた。
そこに本を差し込もうとして。
「ん?何かある……」
本棚の奥に、何かが光って見えた。目を凝らしてみても、暗くてよく分からない。それならと、好奇心のままにそこに指を差し込んでみる。
すると、指先でスイッチのような何かを押したような感覚があり、直後本棚が音も無く滑るように動き出す。数秒の後には動いた本棚の向こうに、真っ暗な螺旋階段が現れていた。壁も階段も石で出来ていて、中に照明は見当たらない。
(やっぱりこういうのあるんだ……!)
もうこの世界に来て何度目だろうか、憧れそのものが目の前に現れるというのは。
エスティラの名を階段の先に向けて呼んでみるが返事は無い。声の届かない場所にいるのだろうか?
迎えに行くべく、一段一段階段を降りていく。階段の奥は光一つ無かったが、指先に灯した光がランタンのように足元を照らす。
(こんな風に聖女の魔法が役立つとは)
憧れた魔法とは少し違う地味な使い道ではあるが、これも立派な訓練の成果である。傷を治すのとは違い、光を灯すだけならそうそう疲れはしない。
やがて階段の終わりが見えて、壁と同じ材質の石で出来た床が続く。そこに降り立つなり、私は言葉を無くした。
その部屋の広さは私の感覚で、六畳ほど。上下左右を硬い石で囲まれたその部屋は、まるで牢のようだった。本来は金属製の檻が固く閉ざされているのだろうが、その扉は開かれたままだ。
それもそのはず。部屋の奥で、壁に磔にされている『それ』は四肢を太い杭で固定され、更に全身に鎖を巻きつけられている。『それ』はピクリとも動かない。檻で閉じ込める必要もないのだ。
(な、何これ……)
それを人とするなら、身長は子供くらいだろうか。
頭部には、捻れた太い角が覗き、内一本は根本から折れてしまっている。指に見える部分も何本かが欠け、服を纏わない肌は爬虫類のような鱗が覆う。
その鱗には黒い液体がべったりと付着し、そのまま乾いた形跡がある。だがその全てが、細い手足を固定する杭でさえも、非常に古いものに見えた。
今、背を向けてはいけない。根拠もないそんな恐れが襲う。そうするしか無いかのように『それ』に近付く。膝が震える。
(見覚えが――?)
あるはずがない。
こんな場所、来たこともないし、見たこともない。ゲームの中にしたって、こんな鮮明に見覚えがあるはずはない。
それでも自分と同じ声が、自分のものではない声が叫んでいる。
『私は知っている』
(知らないよ……!)
『私は見た』
(知らない…!!)
『私は』
唐突に頭を殴られたような頭痛が襲う。
悲鳴にも近い声を上げ、膝から崩れ落ちる。とても立ってはいられない。
視界がチカチカと点滅し、黒と白、それから赤。それらが混ざり合う。光の魔法は消え去り、真っ暗な部屋の中が眩む。吐き気すら込み上げて、喘ぐように呼吸をする。
上下さえ分からなくなり、顔から石の床に落ちて倒れ込む。痛みはない、ただ石が氷のように冷たく感じた。
そのまま意識は沈んでいく。
「残念だわ」
その後ろで、声が響く。
「せっかく、聖女が使い物になる頃だったのに……」
聞き慣れた声が、落胆していた。
例えるなら、もらった風船が飛んでいってしまった、その程度の小さな落胆だった。
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