第47話
自分の魔力を練り上げ、そこに精霊の力を混ぜ込み、形にして放つ。
一本の矢の形を取った水は、勢い良く空気を裂いて飛ぶが、魔王に触れたと思った瞬間に霧散した。
先程からこうだ。
少女に傷一つ与えることは出来ない。
その小さな体を、非常に濃い魔力が包んでいる。それに打ち消されてしまうのだ。
初めはベリルを傷付けないようにと恐る恐る魔法を使ったが、今となっては本気で挑んでいる。だが結果は変わらない。
「すごいな、完封か……」
側でジルが漏らす。
今は部屋を借りているコテージの外に出ているところだ。幸い他の客室とは離れているおかげで、大きな音さえ立てなければ人目には付かない。
私の隣から、シャルネが素早く弓を射る。だがその弓も魔王に触れるより先に炎を纏い、一瞬で焦げて地に落ちた。
ベリルは指一本たりとも動かしていない。全て魔力だけでねじ伏せられている。
「確かに、魔法とは違う力だ」
水の矢が散った場所をなぞるように、細い指が動いた。
(オズの魔法ならもしかすると効くのかもしれないけど、さすがに静かにっていうのは無理だよね)
ちらりと横目でオズを見遣る。
彼はいつになく真剣な面持ちで、興味深そうにベリルを眺めていた。
「未熟だな」
ベリルの小さな唇から、そう言葉が漏れた。
「精霊の力を扱いきれておらぬ。自分の魔力さえ、まともな形を取れていない。これでは獣一匹も狩れぬだろうに」
「うっ……」
分かってはいたが指摘されると恥ずかしくなる。
最近は自分なりに魔力も安定してきていると思っていた。だが、ベリルやオズには遠く及ばない。
いや、この世界で魔法を使い慣れている人たちにさえ、未だ大きく劣る。
けれど、ベリルの言葉はそれを責めるような響きではなかった。
もっと何か本題がある。そう思わせるような雰囲気だ。
ベリルはオズへと視線を向ける。
「どう思う?」
突然短く問われたオズへ、全員の視線が向く。
オズは少し思案を挟んだ後に、私へと向いた。
「……魔法ではなく、精霊を扱う練習をさせてみるか」
◇◇◇
「うたって!」
「うたって!」
「おどって!」
「もういっかい!」
「……………………」
精霊に囲まれ、ねだられるままに幾度も歌い、踊り、夜になった。
力尽きてソファに横になっても、精霊たちは耳元で催促を繰り返してくる。
精霊の力は無尽蔵だ。それは彼らに『疲れる』だとか『体力が尽きる』という概念が存在しないことと同義だ。
突然、体が浮き上がった感覚があった。
精霊が大きな水の玉を作り、その中に私を入れている。ソファの上で溺れた気分だ。水の加護があるおかげで呼吸も出来るし冷たくもないが、唐突なことに慌ててもがく。
「わぁぁあ!?」
「おきた!」
「あそんで!」
「うたって!」
「ちょ、ちょっと待って……少し休ませて……!」
そんな私をジルが苦笑いを浮かべ見ていた。
「なあ、レイア……あんななってるけど良いのか?」
話を振られたオズは見向きもせずに答える。
「精霊との絆を深めるとはそういうことなのだろう。かの精霊師もよく『ああ』だった」
「過激……ですね。思ったより」
シャルネも独り言のように零す。
西の国、フレイガルド。そこにある火の神殿への旅立ちを明日の朝に控え、荷物の整理をしなければならないのに、全く手についていない。
ベリルとオズの助言により、魔法の訓練は続けつつも精霊との絆を深める訓練も始まった。
曰く、精霊に深く愛されれば魔法を使わずとも、その属性を扱えるようになるという話だ。
今も水の精霊に願えば手のひらに水が沸くし、地の精霊に願えば足元に階段が出来上がる。精霊に深く愛され、その力が使える規模を大きくしていこうという話だ。
けれど、彼らが喜ぶのはとにかく歌だ。
供物の類にはあまり反応を示さず、歌を歌えば喜んで私の周りを舞った。
そしてもう一回と繰り返しせがんでくるのだ。
ようやく突然の水責めから解放され、ソファの上に体が落ちる。
髪も服も濡れてはいない。彼らの加護を得るというのはそういうことだ。だが体力は効率良く削られていく。
(わ、私、体もつかな……!?)
そう不安を抱えつつも、再び歌を捧げるため乾いた唇を開いた。
◇◇◇
「うう、喉が痛い……」
「大丈夫ですか? レイアさん。これ、あの間の街で買った飴です。喉を労る効果があるらしいですよ」
「ありがとうシャルネ……」
掠れた声でお礼を言い、飴玉が入った小瓶を受け取る。
白い色をしたそれを一つ口の中に放り込むと、よく知った味がした。
(あ、ハッカの味だ。懐かしいな……こっちの世界にもあるんだ)
今は火の神殿を間近に控えたところだった。
あれから数日が経ち、精霊には毎日歌を聞かせていた。
飽きるということを知らないようで、何度歌っても初めて聞いたかのように喜んでくれる。
が、私の喉は限界を迎えていた。
試しにジルやシャルネが歌ってくれた時もあったが、精霊師の歌にしか反応を見せないことも分かった。
やがて火の神殿が見えてきた。水や地の神殿と同じような作りをしているが、壁を彩る塗料が炎のように赤いのが特徴的だ。
(……ん?)
私はふと気付いて、思わず足を止める。
「レイア? どうした?」
(水の神殿では深い水の中に落ちて、地の神殿では文字通り大地に呑まれた……)
ジルの声に顔を上げ、冷や汗を伝わせながら口を開く。
「私、もしかすると火の神殿では火炙りになるんじゃないかな……」
「……あー」
「………………」
「可能性はある」
何の否定も出来ない人達の中で、唯一嬉しくない肯定をくれたのはオズだった。
「さ、さすがにイヤなんですけど……! 何とかならないかな!?」
「無理だ」
「そこをなんとか……!」
人は、精霊の領域に関与することは出来ない。それは分かりつつもさすがに怖すぎる。
我儘だとは自覚しながらも足を止めてしまう私を振り返ったのはベリルだった。
「死にはしないのだろう? 何を恐れる」
(あっ……ベリルも死ななきゃOKのタイプだ……)
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