第46話
「なんだか、大所帯になってきたなぁ」
上機嫌で一人呟く。
今はコテージの二階の廊下にいる。ここは吹き抜けになっていて、一階が見下ろせる形だ。
近くの酒場から運ばれた料理がテーブルに並んでいる。ちなみに支払いはシャルネの……つまるところヴェルクロア家のお金だ。当主の指示だと、シャルネは微笑んでいた。
そのシャルネはテーブルにつき、綺麗な所作で食事を進めている。
ジルもその向かいに座り、隣のベリルを気に掛けながら食事をしていた。オズも先程までは食事をしていたようだが、すぐにソファで読書を始めてしまっている。
荷物の整理に時間が掛かってしまった私は、一番最後に一階に降りた。
美味しそうな匂いを立たせるテーブルへと駆け寄り、椅子に座る。
「これ、とても美味しいですよ! レイアさん」
シャルネがテーブルの上を視線で指し示している。本当に美味しそうだ。
野宿をしている間は中々ここまでの食事は用意出来ないので、街にいる日の楽しみでもある。
大皿に盛られた食事を少しずつ自分の取り皿へと分けていく。
「そういえばさ、俺の場違い感ってすごくない?」
ふとジルがそんなことを呟いた。
「聖女様に百年前の大賢者。ヴェルクロア家のご令嬢に、魔王ときた。で、ここに勇者も合流するんだろ?」
「まあ、私だってただの一般人です。魔王様や大賢者様と一緒にされては……」
「いやいや、公爵令嬢だろ?」
そんな会話を聞きながら、私はまた顔を青くしていた。
慌てて立ち上がって、ソファで本を読んでいるオズへと駆け寄る。そして、一応ベリルに声が届かないように、静かに口を開く。
「オズ、大変! リオンが追い付いてきたら魔王と勇者が鉢合わせしちゃうんじゃないの……!?」
「そうだな」
興味の無さそうな返答だった。本から視線を逸らしてもくれない。
「……あの勇者か。悍ましい」
更に、声が届いていないはずのベリルからも返答が来る始末だ。
振り返ると、ベリルは真っ赤な眼で私を見据えていた。先の尖った、魔族の特徴的な耳。
その聴力は遥かに人間より良いのだろう。普通に聞こえていたようだ。
嫌悪に似た表情を浮かべてはいるが、目にするなり斬って掛かるという雰囲気ではなさそうだ。
「魔王は良くても、奴はそうはいかないだろうな。百年の時が経っていようが、奴にとって仲間も、恋仲も失った恨みは魔王に向ける他無いだろう」
静かに本を閉じて、オズは呟く。
「え? 恋仲?」
「共に冒険していた内の一人がそうだったはずだ」
人付き合いに興味の無いオズは記憶も曖昧なのだろう、顎に手を当てて微かな記憶を手繰り寄せるように言う。
「リオンはすぐに追いつくって……ああ、どうしよう!」
「まさか魔王を名乗る者が現れるなど予想出来るはずもない」
だから仕方ない。そんな口調でオズは思考を放棄した。
今からリオンを南の地に留めるのは難しい。手紙を出したとしても、すれ違ってしまう可能性の方が高い。
あのヴェルクロア家のことだ。きっと最優先で石碑の制作に取り掛かってくれている。
シャルネに促されるまま、とりあえず食事は続けたものの頭がいっぱいで、あまり味はしなかった。
その晩。
「ベリルはこっちの部屋だろ! 中身オッサンだぞ!」
「いいえ、まだ幼い少女です。こちらの部屋で眠っていただいた方が……」
そう言葉を交わすジルとシャルネの姿があった。
少女の体を持ち、その中身は魔王、そして遥か昔には一国の王だったという、レッドベリル。
男女どちらの寝室で眠るのが良いか。そういう話だった。
「くだらぬな」
そう呟く当の本人は、ソファに腰掛けオズの隣で本を読んでいた。
(大賢者と魔王の横並びか……すごい光景だ、多分、世界的にも……)
幼い少女の眼差しが向けられるのは、この国の建国記だ。本来、到底十歳かそこらの子供が読めるようなものではない。小さな膝に分厚い本を乗せている。
この本は宿に備え付けの本棚にあった物だが、好き好んで読む者もいないのだろう。新品同様の綺麗さだった。
ベリルの瞳は素早く文字を追ってはページを捲っていく。
「ベリルさん! 眠くなったら私たちの部屋に来てくださいね。朝は髪も結って差し上げます!」
「……ああ」
ジルとシャルネの間で決着が着いたのだろう。シャルネがベリルにそう声を掛けたが、ベリルは興味も無さそうに短く答えるだけだった。
「ふふ、私、本当は妹も欲しかったんです」
「だから、女でも子供でも無いんだって……」
シャルネの後ろで髪を掻くジル。
(ま、魔王と同室!? ちゃんと眠れるかな? 相当緊張するけど……)
そう心配しながらベッドに入ったが、翌朝目覚めてもベリルの姿は無かった。
私とシャルネ以外のベッドに使われた形跡は無い。
寝室を出て一階へ行くと、ベリルの髪を梳かし、結んでいるシャルネの姿があった。ベリルはされるがままだ。
魔王に対して距離が近すぎる光景に私は肝を冷やすが、他の誰もが気にしていないようだった。
まるで自分の方がおかしいのかと錯覚しそうになる。
「聖女」
「はっ、はい……!」
突然ベリルから呼ばれ、跳ねるように背筋を正した。
丸くて大きいベリルの瞳が真っ直ぐに私を見ていた。
「精霊、と言ったか。その力――」
「少し、見せてみろ」
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