第45話
ジルは一応その話を既に聞いて知っているのだろう。驚いてはいなかった。
だがぶつかった視線から、彼が今でもその話を信じきれていないことが伺えた。
疑っているわけではない。ただ、あまりに常識から外れすぎているのだ。
「お前が魔王だと、証明出来るのか」
オズが口を開いた。
少女は少しばかり思案するように視線を外す。
「我が眷属でも喚び寄せれば良いか?」
「おい! そういうことをするなって言っただろ、ここは人里だぞ」
すかさずジルが制止を掛ける。
なんだか、こう見るとただ幼い子を叱っているだけに見えてしまう。
少女は短く息を吐き、周囲を見回す。他に質問は無いのかと、確認しているかのようだった。
私は緊張で息を震わせながら口を開いた。
いつか魔王に会えたなら、聞かなくてはと思っていた。当然、そんな日が訪れるとは思ってもいなかったが。
「な、なぜ……魔族は人を襲うのですか」
隣で小さくシャルネが息を飲む音が聞こえた。
少女は単純な問いに答えるように答える。
「我が子を救うためだ」
「え……」
掠れた声が漏れた。
ジルも初耳だと言うように、表情に真剣味が差す。
「遥か昔、我らは魔の力に長ける異形と恐れられ、北の地に隠れ住む異種族だった。ある日、人は我らの領地を襲い、全て焼いた。民も、妻も、皆殺された。——余は、皆の魂が消える前に魔法を掛け、縛った。永遠に消える事無く、また魂が肉体を持てるように。ゆえに、魔族は何度消えても同じ魂が巡り、再び形になる」
呼吸すら挟めない静寂だった。
習った歴史に、そんな話は一度も混ざってはいなかった。
「だが、我が子だけは……人に連れ去られていた。あの子は特別な子だ。死ぬことが無い。今も、どこかで生きている。探し出して、救わねばならない」
その言葉に、大聖堂で過ごした記憶が脳裏を過ぎる。
教皇の私室から続いた、謎の部屋。そこにあった、角が生えた謎の影。
私は『それ』を見たから、殺された。
「まさか、あれ――」
掠れた声は、突然口を塞いだオズの手によって言葉にはならなかった。
だが、遅かった。禍々しく輝く少女の両の瞳は大きく見開かれ、真っ直ぐに私を捕らえていた。
すぐ側でオズの小さな舌打ちが聞こえる。
「知っているのか」
細い、その声が響くと同時に大きく床が揺れた。窓が割れそうな程にガタガタと震え、照明は激しく点滅した後に消える。
魔王の魔力が空気を震わせていた。
オズの足元が輝く。一瞬で構築される魔法陣が見えた。私は慌ててオズにしがみつく。
「オズ! オズ、待って……!」
「おい、ベリル! よせ!」
私の悲鳴とジルの鋭い制止が重なる。
ジルの手によって少女の目元が塞がれた瞬間、重くのし掛かっていた魔力が途切れる。
応戦しようとしたオズの魔法陣も、何も生み出さないままに消えた。
「何故止める」
ジルの手のひらの向こうで不服を呟く少女。
オズの視線もまた、無言で私を咎めていた。聞かなくても分かる。
『口が軽い』と。そう叱責している。
「ご、ごめんなさい……」
しがみついた手を離しつつ、謝罪を呟く。明らかに軽率だった。
呼吸も出来ないほどの魔力に、それでも応戦しようと飛び退いたシャルネもおずおずと席に戻った。大弓はしっかりと彼女の手の届く場所へと戻されている。
「……ベリルって?」
まだ音を立てる心臓を押さえながら問うと、ジルが答える。
「とりあえずの名前だよ。魔王って呼ぶわけにもいかないし。レッドベリル、この目によく似た、宝石の名前だ」
各々が姿勢を整える。その間も少女……ベリルと呼ばれた魔王は、私を見据えていた。
「魔王は瞳が魔力の根源なのか」
ソファへと背をもたれさせたオズが言う。
確かに、先程ジルが目元を遮った瞬間に魔力の放出は止まっていた。
「偶然、見付けただけだけどな」
溜息混じりにジルは答えた。
ベリルは弱点とも言える情報を広められ、少しだけ不快そうな表情をしていたが、すぐに私へと向き直った。
「そうだ。では情報交換といこうか。余は十分に話した。次はそちらの番だ」
有無を言わさない圧だった。
ベリルがまた暴れ出さないのを条件に、私は一つ一つ説明をしていった。
「大聖堂。やはり、あの地か……」
「で、でもすぐに魔族を侵攻させないで欲しいんです……! また、色んな人が傷付いてしまうから」
呟くベリルに、無茶と分かっている懇願をする。
案の定反論したそうな瞳に、慌てて続けて口を開く。
「私たちが、何とか見付けて助け出しますから……! お願いします、魔王様!」
考えも無い交渉だった。けれど、魔王軍がまた人を襲えば世界は荒れる。
魔王は完全に復活出来ていないが、次の勇者だってまだ人の世に現れていないのだ。
「お前達に任せるわけにはいかぬ」
短い拒絶だった。思わず唇を噛むが、ベリルはすぐに口を開く。
「余も、共に往く。構わぬだろう」
問いの先は私ではなく、オズとジルだった。
二人は何か思案するように黙り込んだままだったが、やがてジルは肩を竦め、オズは溜息を吐いた。
「勇者の居ない今、魔王を止めることは出来ない。であれば、内に入れておいた方が幾らか安全か」
そう、オズは言った。
それからしばらく、話し合いが終わり私はようやく解放された心地だった。
もう何度緊張で汗をかいたか分からない。すぐにでもお風呂に入りたかった。
「で、シャルネだっけ? ヴェルクロア家のご令嬢って本当?」
振り返るとジルがシャルネに興味を示していた。
(シャルネには一応情報屋だと伝えておいたけど。まさかシャルネの情報を売ったりはしない……よね?)
一々口を挟むのもお節介な気がして、そっと背を向ける。
このコテージは大きめの建物だった。一階はキッチンとリビングを兼ねた一室。浴室もついている。
そして二階に個室が二部屋だ。各部屋にはベッドが三つずつある。
とりあえず順当に男女で分けておいたが。
(ベリルは……どっちで寝るんだろう? 女の子として扱っちゃっていいのかな?)
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