第44話
「……お前の子供か?」
「そんなわけなくない?」
部屋に入りながら表情を崩さずに問うオズに、ジルは呆れたような表情で即座に答える。
その隣に佇む少女は、表情を変えずに私たちを見ていた。警戒にも近い、鋭い眼差しだった。
私の十歳の弟とも近い年頃だろうか。隠れるように丈の長いローブに身を包み、フードも被ってしまっているが、そこからは隠しきれないほど鮮やかな赤い髪が覗いていた。
その少女がローブを脱ぐ。髪と同じくらい、いやそれ以上の赤を湛える、宝石のような瞳も印象的だった。そしてそれ以上に、目を引いたもの。その頭には二本の捻れた角が生えていた。
「ま、魔族……!?」
シャルネが思わず声を上げる。
オズもその横顔に僅かに警戒の色を宿す。
「何を連れてきた」
「いや、色々あって説明も大変なんだけどさ。とりあえず害は無いから。説明させてくれ」
両腕を上げて無害を示すジルの横で、やはり少女の表情は変わらない。促されるままに、部屋のソファへと腰を下ろす。
私はシャルネとオズに挟まれるように座った。向かい合ってジルと少女が座る。
「ええと、何から話せばいいかな。オズとレイア、二人と分かれた俺は王都を探っていた。そして、王都を離れる直前に王宮に忍び込んだ」
「お、王宮に……!?」
思わず声が出た。もしバレたら絶対に処刑される、とてつもなく危険な行為だ。
ジルは苦笑して肩を竦めるだけだった。
「その離れの塔に、見たことのない魔法陣を見付けた。今思えば迂闊だったが、近付いた。するとそれは勝手に起動し……俺は北の国、ルーンフェルに飛ばされた」
「何?」
オズが小さく反応した。見上げた表情は、はっきりと驚きを映していた。
当然、私もそうだ。
「ま、前に人を転送させられる魔法は存在しないって……!」
「ああ、そうだ。それは遥か昔に失われた古代魔法だ。俺だって信じられなかったさ。だが、俺は事実飛ばされた。しかも北の国で最も瘴気の濃い場所。魔王城に」
あまりに突飛な話で、声も出ない。
(オズが真似て作った転送魔法は、人を飛ばせないと言っていた。人が入ると死んでしまうと。でもジルは生きている。じゃあ、その魔法は本当に古代の――?)
「魔王城は崩壊していた。百年前の勇者との戦いで壊れたか、あるいは大厄災のせいか。何にせよ、壊れたままだった。魔王がまだ復活していない、何よりの証拠だ。だから、俺は中に入っていった」
(……しかも、また侵入してる!)
「そして、瓦礫の下で……コイツを見付けた」
突然、話がその少女へと向いた。二本の角を持つ、魔族の少女だ。
ジルは迷うように乱暴に髪を掻き、何度か唸った上で、非常に気まずそうに口を開いた。
「…………本人曰く、魔王だと」
全く、頭が付いていかない。
存在しないはずの古代魔法に、次に出てきた単語は魔王ときた。
隣に座るシャルネも、同じような顔をしていた。
「それからは?」
オズだけが、続きを促した。
「オズ?」
「本物かはともかく『それ』が相当な魔力を秘めているのは本当だ」
「――ほう、分かるのか」
突然、その少女が口を開いた。
年齢に似つかわしくない、落ち着いた声だった。オズの視線と、少女のそれとが静かにぶつかる。
ジルは居心地も悪そうにまた口を開く。
「俺も、嘘では無いと思った。だからお前を呼んだんだよ、オズ。俺一人で抱え込めるような話じゃない」
「賢明だな。――だが」
全く温度の無い声でオズが続ける。警戒だけを明確に孕んだ声だった。
「それ以上は本人の口から聞く必要がある」
正直、少し休憩が欲しい気分だった。事実として紡がれた言葉のどれもが上手く理解出来ない。
この世界に来た時もそんな気分だったが、この世界の常識に慣れた今聞いても、どれもが異常だった。
だがそんなことはお構い無しに少女は口を開く。
「魔王が転生を繰り返すというのは知っているか?」
「た、倒された後、百年の後にまた現れると……」
突然話を振られ、背筋が凍る思いで答える。今の話が正しいのなら、目の前に座るこの小さな女の子が魔王そのものだ。
どう言葉を選んで良いのかさえ分からない。
「そう。魔族は死ぬと灰と散り、いずれまた再び形を取る。王とて例外ではない。余が転生するまで、およそ百年が掛かる」
そこまで語り、少女はくしゃりと顔を歪めた。小さく薄い唇の間から、少しだけ尖った牙が覗いた。
「だが、あの悍ましい勇者は余の心臓を食った。余を殺す事をせず、食ったのだ。魔族の心臓は転生の要。失っては上手く形を取ることも叶わぬ」
「ゆえに、お前は百年経っても幼子の姿をしていると?」
オズの声に、少女は小さく頷いた。
一方で私は脳裏にリオンの笑顔を思い浮かべていた。彼も確かに、魔王の心臓を食べて不死になったと言っていた。
(こ、この場にリオンがいたらとんでもないことになっていたのでは……!)
あり得た未来を想像して、震える指先を隠すように膝上で握る。
「で、瓦礫の中で埋まったまま動けなくなってたところを俺が見付けたってわけ」
「ま、魔王って女性だったんですね……」
思わず呟くと少女は宝石のように輝く瞳に私の姿を移す。光が差し込む度に反射させる、とても美しい瞳だった。
「必ずしもそうとは限らぬ。その魂が転生の時にどのような姿を取るか、それは定まってはおらぬ。余も、一番初めの生では人の王として、男として生を受け、妻も、子もあった。」
「な……!?」
もう何度目になるか。
言葉を失うほどの驚きに開いた口が閉まらない。
(人? 妻? 子供? 魔族は知性があるだけの獣であり、無から生まれる命。人のような営みは無いと大聖堂では教わったけど……!)
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