第43話
(地属性の魔法、便利すぎる……!)
私は人知れず感動していた。
神殿を出た後は今まで上ってきた道を引き返すだけだったが、坂道では地の精霊が即席の階段を作ってくれるし、休憩する時は地面を隆起させて椅子を作ってくれる。
同じ道を行くだけだが、段違いに楽になっていた。
地の魔法を扱えるオズも同じことが出来たのだろうが、魔法とは当然魔力を消費するものだ。使えば使うほど疲労は溜まる。
一方、自然そのものである精霊の力は無尽蔵だ。攻撃魔法のように、自分の魔力と混ぜることさえしなければ疲れることはない。
行きほど時間を掛けず、私たちはヴェルクロア家の屋敷へと戻ってきていた。
ヴェルクロア家の当主に目標達成の報告と、感謝を伝えていた時だ。
突然シャルネが父である当主へと歩み寄り言った。
「お父様。私もレイアさん達の旅路に、引き続き同行しようと思っております」
「……えっ?」
予想外の言葉に私は目を丸くしていた。もちろん初耳だ。
シャルネの弓と魔法には、戦闘でも度々救われていた。精神面でも、何度も私を助けてくれた。もちろん、居てくれればありがたい。
けれど、ここから先はまた国を跨いで旅をすることになる。貴族のお嬢様を連れ回していいはずがなかった。
だが、当主は渋い顔をしてヒゲを撫でるだけだ。まるでそう言い出すことを予想していたかのような反応だった。
「シャルネ、気持ちはありがたいけれど……危険な旅になるかもしれないの。だから――」
「では尚更です。恩人である聖女様を、微力ながらお守りすること。それが今の私の使命だと思っております。それに、私はレイアさんの力になりたいのです。聖女様だからではなく、一人の友人としても」
飾ることのない言葉に思わず胸が温かくなる。だが、新たに出来た友人を思えばこそ、頷くことは難しい。
だが。
「……分かった。そこまで言うのなら許可しよう」
当主は静かに頷いた。
「我がヴェルクロア家は聖女様に大きな恩を受けている。その恩に報いる機会を、自ら望んでいる娘を止めるのは筋違いだろう」
そして娘へ視線を向ける。
「行ってこい、シャルネ。ヴェルクロアの名に恥じぬようにな」
「はい!」
力強く頷く娘を見て、当主は満足そうに笑った。
ヴェルクロア家の客室を借りて眠った翌朝。
旅立ちを控えてリオンは言った。
「聖女様。俺は……一度ここに残るよ」
てっきり共に来てくれるのだと思っていた私は、思わず目を丸くする。
リオンは視線を逸らし、少し照れくさそうに言った。
「ヴェルクロア家当主がね、俺や仲間達の石碑を作ってくれるんだって。俺は要らないって言ったんだけどさ……」
ああ、と。私は理解する。
彼は魔王を倒したのに、称えられることは一度たりとも無かった。国に裏切られ、命を奪われ、世界を襲った大厄災のせいで国民もそれどころではなく、みんなが彼らのことを忘れ去ってしまった。
その事情を知ったヴェルクロア家が、百年越しに彼を称えてくれるというのだろう。
当然引き止める理由もない。私は笑顔で頷いた。
「そっか。良かったね、リオン」
「それの完成を見届けたら、必ず追い掛けるよ。次は西のフレイガルドだろ」
そう笑ったリオンは、いつもよりどこか幼く見えた。
かつて彼の仲間たちに見せていたのと同じものなのだろうと、そう思った。
私とオズ、そしてシャルネ。三人での旅となった。
ヴェルクロア家の家紋が刻まれた馬車の中で、オズは言った。
「フレイガルドとの国境を越えてすぐの街で、ジルと合流する。奴もそこを目指しているようだ」
「まあ! 前に話に聞いた、情報屋の方ですか?」
「そうだ」
以前、シャルネには話したことがあった。私を助けてくれた情報屋の彼の話を。
懐かしくさえ思う名前に思わず表情が緩む。
ふとオズを見ると、彼は自分の顎に指を添えていた。彼が思案している時の癖だ。
「何か気掛かりがあるの? オズ」
そう問うとオズは視線を上げた。
「……奴は追われている可能性がある」
「え……!?」
突然の物騒な話題に驚く。すぐにアレクシア教の存在が脳裏を過ぎるが、それを口にする前にオズは首を横へ振った。
「詳しい事は分からない。奴の手紙も要領を得なかった。だが、警戒する必要はある」
しんと静寂が落ちる。
しかしシャルネは努めて明るい声を出した。
「でも私達にはオズ様もついております! レイアさんも地の精霊様のお力を扱えるようになりましたし、きっと何とかなります!」
彼女のこんな明るさに、もう何度救われただろう。
私も大きく頷き、そして次の街に着くまでの間はシャルネにジルの話を聞かせていた。
そこから幾つかの街を経由し、その度に宿を取って夜を越え。
ようやく西の国、フレイガルドへと辿り着いた。
ジルは既に宿を取っているという。
手紙で指定された場所は、以前も泊まったようなコテージ型の宿の一室だった。
景観を楽しめるよう、他の部屋とは離れている。
先程のオズの話を踏まえて考えるのなら、人目を避けたとも取れた。
その客室の扉を開けてすぐ見えたのは、懐かしいジルの姿。
そして、その傍らには一人の少女の姿があった。
―第4章 完―
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