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第42話


「う、……いたた」


 何だか少し前まで酷く頭が痛かったような。そんな余韻を残す頭に手を当てて体を起こす。辺りは僅かな光もない暗闇だった。自分の指先さえ見えない。


(ここは……!?)


 突然の闇に思わず肩を強張らせる。が、すぐに耳元をくすぐった笑い声に気付く。


「――精霊さん?」


 返事はない。だが確かにそこにいるという、確信があった。

 冷静に手を動かすと、ざらざらとした土の感覚が肌を擦った。少なくとも、地面はあるようだ。

 水の神殿でそうしたように指先に魔力を集めていく。

 それに呼応して手のひらに浮かんだ光は、やがて眩しいほどの輝きを放ち周囲を照らす。


(前も思ったけど……神殿ではすごく魔力が安定するな。そういう効果でもあるのかな……)


 目を閉じて、ただ輝きを強めるために魔力を巡らせていく。

 やがて、一帯を照らし出すほど輝きが強くなったと同時、自分ごと包み込むような大きな気配を感じた。

 ゆっくりと視界を開く。その先には巨大なゴーレムのような姿があった。

 大きな岩をいくつも固めたような、そんな歪な形をしている。


「……地の精霊王様ですね」


「そうだ」


 どっしりと構えたような、低い声だった。僅かに身を動かす度に、ゴリゴリと岩が擦れる音がする。

 見上げるほどの巨体を前に、私は姿勢を正して座り直した。

 面と向き合うだけで肌を刺すような圧を感じる。精霊の長という、あまりに大きな力を前に体が勝手に強張る。

 私の務めはこの精霊王と契約すること。だが、その話を後回しにして、私は口を開く。


「精霊王様は……精霊師という存在について、ご存知ですか?」


 僅かな間を置いて、地面を震わせるような低い声は答える。


「ああ」


(質問が許された……!)


 それは希望だった。

 精霊師について情報が残らない世の中であるのなら、人の世の理の外にある存在を頼りたいと思っていた。

 それが精霊だ。


「精霊師とは、我ら精霊の声を聴き、応える者のことだ」


「その精霊師が使える、光の魔法や治癒の魔法については……?」


「それは、この世のものではない」


(…………!)


 私は異世界からやってきた。ゆえに、この世のものではないと言った、その力が使える。

 そう仮定するのであれば、オズの語った精霊師もやはり、そうなのだろう。

 やはり他の世界から来て、帰った者だ。

 水の精霊王と交わした、元の世界に戻るという言葉が一層現実味を帯びる。

 

「地の精霊王様。どうか、私と契約してくださりませんか。私は元の世界に帰りたいのです。そのための力を……どうかお貸しください」


 両膝をつき、目を伏せて祈りの形を取る。

 目の前に感じる大きな存在が、私の上に覆いかぶさるような気配がした。

 そして、体の内にその力は宿る。水に次いで、地を統べる精霊の気配を色濃く感じた。


「ありがとうございま、……あれ?」


 顔を上げると、もう岩の巨体はどこにも居なかった。

 見回してもただ広い空間があるだけだ。見上げた先は真っ暗で、天井があるのかも分からない。

 私は、しばらくそのまま呆けていた。


(水の精霊王様は普通に帰してくれたけどな……)


 自分で帰れ、ということなのだろうか。

 オズの言葉が正しいのなら、ここは精霊の領域だ。人間の世界に帰る場所が、どこかにある。

 しばらく歩くと、永遠に続くかと思われた空間に壁が見えた。その一部が扉のようになっている。

 恐らく、ここが境目だ。

 私は何もない空間に向けて一礼してから、その扉を開けた。


 ――はずだった。

 扉を開けた瞬間、足元が崩れ、私は宙に放り出された。


「わ、わああぁ!?」


 変な悲鳴を上げながら落ちていく。

 周囲が暗くて、ここがどこなのかもよく分からない。

 突然真下から吹いた突風で一瞬体が浮く感覚がした、次の瞬間。


「はい。おかえり、聖女様」

 

 そういって笑う、リオンの腕の中へと落ちていた。

 痛いところは、どこにもない。周囲を見回すと、オズと視線がぶつかった。

 先程の突風はオズの魔法だろうか。と、考えた直後、いつまでもリオンに抱えられたままだと思い出し、慌てて身を捩って床へと転がり落ちた。


「す、すみません! 重いのに、いつまでも……!」


「重くはないよ。普通かな」


「普通……」


 冷たい床の温度を感じながら呟く私を、突然シャルネの腕が横から抱いた。

 振り向けばその瞳は濡れており、細い指も震えている。


 

◇◇◇


 

「えっ、私があの穴の中に……!?」


 気を失っていた時に起こった一部始終を聞き、思わず青ざめる。

 正気であればあそこから飛び降りるなんて、とてもじゃないが出来なかっただろう。正直意識がなかったことに感謝したいほどだった。


「心配かけてごめんね、シャルネ」


「……本当に、心配しました」


 隣に座るシャルネは涙の止まった赤い目元を擦った。

 繋がれた手は温かい。その分、優しい少女を恐怖させてしまったことへの罪悪感が募る。


(あの時、私も怖かった)


 『失われた記憶』を視た時。そこで何を失ったのかは分からない。だが目の前が真っ暗になるような、そんな恐怖を追体験したようだった。

 それと似たようなものを味合わせてしまったのだ。

 謝罪の意味を込めて、シャルネの背に指を回した。私がここにちゃんと居ると、伝えるように。


「それにしても……私が前にもこの神殿を訪れていたなんて」


 小さく呟く。オズが予想するに、私は記憶が無いだけでこの旅を幾度も繰り返している可能性がある。そういう話を聞いた。


(じゃあ、その旅では元の世界に帰れなかったということになる……)

 

 精霊王と契約を果たし、少し浮かれていた胸が重くなる。

 何があったのかは分からないが、私の旅は終着点に至れないまま、どこかで死んだ。つまりは、そういうことだ。

 そして、同じ轍を避けるため、リオンとオズは私の記憶を取り戻す方法を探っているのだという。


「私は反対です。自分が何度も死んだかもしれない……そんな記憶を取り戻そうとするなんて」


 シャルネは先程からこう繰り返していた。

 私の心を守ろうとしてくれている、その気持ちが嬉しかった。


「少なくとも、失った記憶を戻す魔法……そんなものは存在しない。薬も無い。先程のように、記憶を揺さぶるような刺激を与えて記憶が戻ることもあるようだが、意図的にそれを起こすことは難しいだろう」


 つまり、現状維持だ。言い換えれば運任せでもあるが、それしか方法は無い、という結論だった。

 これ以上はここで話し合っても得るものはないだろうと、そう言ったオズの言葉に頷いて私たちは地の神殿を後にした。


 

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