第39話
「僕の魔法は精霊の力による物ではない。別物だ」
「とはいえ参考くらいにはなるだろ」
そんな会話が聞こえる。
私は小さく頷いた。オズの魔法を見たのは一度きりだ。裏路地で襲いかかる男を貫いた、水の槍。だがあの時は動転してしまっていて、その魔法のことはよく覚えていない。
一度雷を落としていたこともあったが、あれは魔法と呼んでいいのかさえ分からない。
縋るような気持ちで私はオズに頭を下げた。
「お願いします、オズ」
顔を上げた先で無感情な瞳とぶつかる。
オズの視線は探るように周囲をなぞり、そして一点に定められた。オズの指先もその位置へと向けられる。
その瞬間、オズの足元に青く輝く魔法陣が浮かび上がり、同時に呼応するように周囲に水が浮かぶ。
そのどれもが鋭い槍のような、矢のような形をしていた。そして、目で追うのも間に合わない内に、周囲の木々の合間を縫って矢が飛んでいく。指差した場所で矢の一本一本が何かに突き刺さる音が聞こえ、何本目かの着弾でそれは砕けた。
木の後ろに隠れていた、岩のゴーレムだ。先程倒したものよりも一回り大きく見える。次々に矢に貫かれ幾つかの穴を開けた岩の体は、数秒も掛からず、形を保てなくなり飛散して消えた。
「えっ、強……!」
「速い……!」
シャルネの驚きの声が同時に聞こえた。だが感想は少々異なる。
思わずぶつかった視線に応えるように、シャルネは頷く。
「えっと。レイアさん、見ていてくださいね。私の属性は風なのですが、やっていることは同じです」
そう言ってシャルネは目を閉じ、集中して魔力を集めていく。
シャルネの足元に緑の輝きを帯びた光の線が走り、魔法陣の形を描いていく。最後の線が繋がると同時、魔法が発動し、突風が吹き抜けたかと思えば少し離れた場所の地面が鋭く抉れた。
風の刃が地面を穿ったのだ。それは風属性の攻撃魔法だ。
魔法陣が描かれ始め、魔法が発動するまで、時間にしておよそ数秒だった。
(あれ? オズの魔法陣は浮かび上がったと思ったらもう全て描き上がっていなかった?)
心の中での独り言が聞こえているかのようにシャルネは頷いた。
「そうなんです! 私に魔法を教えてくださった先生より、ずっと速い……! あっ、もちろん大賢者様のお力を疑っていたわけではないのですが……!」
シャルネが目を輝かせながら言う。
昨日リオンの大剣に興味を示していた時にも思ったが彼女はどうやら武器や魔法など、力に直結するものに非常に興味を引かれるようだ。目が生き生きしている。
明らかにお世辞ではなく本気の称賛だった。
それにはこれといった反応を示さないままオズは言う。
「速さはまずは必要ない。形にすることを優先しろ。攻撃魔法とは、魔力そのものをぶつけるのではない。扱いたい形に作り変えてから放つものだ」
「……なるほど」
言われてみれば、なんとなく魔力を固めてから放つイメージしかしてなかったかもしれない。
確かにオズの魔法は明確に武器の形を取ってから放たれていた。
そしてその学びは、すぐに役に立つことになった。
次に出会ったゴーレムを前に、オズの魔法を真似て、一度精霊の力を使い集めた水で矢を作ってみる。
そして、放つ。
時間を使って作った矢はたった一本。威力もオズのものには大きく劣るものだが、それでも矢を受けたゴーレムはふらりと一歩後退し、よろけた。
「やった、効きました!」
隣でシャルネが喜びの声を上げる。耳元では水の精霊もきゃっきゃと喜んでいた。戦闘は楽しむタイプらしい。
それから何度かの戦闘を経た頃にはさすがに疲れきってしまっていた。
小さな泉を見付け、今は素足でそこに入り疲れた足を冷やしている。泉の奥は地底を通る川にでも繋がっているのだろうか、深くなっていそうだ。
水場だからか、水の精霊の気配も濃い。
「たのしい、たのしい!」
「もっとあそぼう!」
「あっちにいこう!」
次へ次へと戦闘をせがむ精霊たちに苦笑する。
「ちょっと疲れちゃったから休ませて。また後で魔獣は出てくると思うし……ん?」
他の三人は水の届かない場所で休んでいた。声を掛ければ届く、そんな距離だ。
ふと見上げた先の、小さな崖の上には小さな魔獣がいた。大きめの球根が歩いているような姿をしている。
今すぐ危害を加えてくるようには見えない。
「練習にちょうどいいかも」
振り返ってみると、同じように気付いていたらしいリオンと目が合った。
やってみろと言うように頷いている。
一応許可を取るようにオズへも視線を向けるが、興味は無いようでこちらを見てもいなかった。
私は先程と同じように、魔獣へと指先を向け、自分の魔力と精霊の力とを混ぜていく。
(水場のせいか、水の神殿にいる時と同じような匂いがするな。その場所も、こんな風に濃い水の匂いとかいうか……気配というか……そんな感じのものに包まれていた)
ぼんやりとそんなことを考えながら魔力を集めていく。足元に水があるせいか、いつもより早く水の力が集まった。
精霊の力に自分の魔力を混ぜ込んで、一つの形にしていく。
だが。
「……あれ?」
十分な水が集まったのに、水は更に大量に集まろうとしている。足元で泡立った水が、渦を作るように荒ぶりはじめた。
「――何をしている?」
オズが怪訝そうに私を振り返る。
「レイアさん!?」
「聖女様……?」
後ろから二人の声も聞こえるが、精霊の力が止まらない。
濁流が流れ込むように、水の力が私を包んで集まっていく。
「おうさま!」
『それ』を歓迎する精霊の喜びの声が、すぐ耳元で聞こえた。
(王……? まさか、精霊王……!?)
深い水の底で感じたあの気配が、すぐ側にある気がした。またあの手のひらの中にいる気分だ。
水の柱が私を飲み込んでいく。冷たくはないし、呼吸も出来るけれど、力が押さえられない息苦しさに表情が歪む。
「オズ様、レイアさんが……!」
「平気だ。水が精霊師を害することはない。……だが、これは……」
そんな声が、水の膜を張った向こう側から微かに聞こえる。二人は水が届かないギリギリの位置にいた。
(来てはダメ! 今は危ない……!)
そう叫びたいが、口を開く余裕もない。
扱うにはあまりに巨大すぎる、その力が一ヶ所に集まった。
泉の水が全て集まったのではと思うほど大量の水の塊は、先程小さな魔獣がいたその場所を圧し潰すように落ちた。小さな崖は抉られるように崩れ、溢れた泥で真っ黒に染めながら泉を汚す。川でも作るかのように足場は激しい水流に呑まれ、周囲には土砂降りのような大粒の水滴が勢いよく降り注いだ。
地形すら変えるほどの、精霊王の一撃。
数秒後には、何事も無かったかのような静寂が辺りを支配していた。
呆然と見上げた頭上には薄っすらと虹が掛かっていた。
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