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第38話


「俺は一度死んでるだろ。つまり動く死体ってこと。そのせいなのか、目はほとんど見えていないんだよね。だから相手の顔を見ようとすると、あの距離になっちゃう」


「えっ……じゃあ普段はどうやって生活してるの!?」


「勘」


 そんな会話はヴェルクロア家が所有する馬車の中で行われていた。

 私にしたのと同じようにシャルネにも顔を寄せていたところを、またオズに剥がされた時の話だ。ちなみに以前には、オズにもああやって寄っていたことがある。


「絶対に、偉い人にはやったらダメだからね……!」


「しないさ。興味ないもん」


 リオンに悪びれる様子はない。

 理由を聞いてしまった以上、私もあまり強くは言えなくなってしまう。話していると忘れてしまうが、彼は一度死んだ……いや、殺された身なのだ。

 何かの拍子に触れた指先が、酷く冷たかったことを思い出す。


 

 公爵家が所有する馬車は、一般のそれと比べてあまりに乗り心地の良いものだった。

 多少の段差では跳ねず、一々腰が痛くもならない。気を抜くと心地よい揺れで眠ってしまいそうなほどだった。

 そんな中でリオンがまた口を開く。


「馬車を降りたら岩山を上っていくことになる。当然、道中は野宿だ。貴族のお嬢様が耐えられるの?」


 一見すると侮辱にさえ聞こえる問いに私は冷や冷やする。

 けれどシャルネは気に留めていない風に笑うだけだった。


「当然です。定期的に行う軍事訓練では、野営も野宿も行います」


「き、貴族なのに……!?」


「私達には有事の際に民を守り、前線に立つ義務があるのです。そのための訓練は怠れません」


 口元には柔らかな笑みを湛えながらも、背筋を伸ばしきっぱりとシャルネは言った。

 それはヴェルクロアという高名な名の元に生まれた、その少女の誇りのように思えた。

 リオンは茶化すでもなく肩を竦める。


「さすが軍事国家のランドール。今の時代にも抜かりは無いってことか。俺達の時代でもそうだったよ。この国の貴族達はみんな前線に出て戦っていた」


「誇らしいことです。私たちが、魔王の棲む北の地から最も遠く、魔族の進行の際には最も安全な地になってしまうことが心苦しくもありますが……」


 シャルネのそんな呟きが、馬車の中に落ちた。


 

 夕方になる頃に、馬車は止まった。

 その脇には岩で作られた階段が続いている。かつては地の神殿に続いていた道だという。所々が崩落し、今は迂回しないと辿り着けない。

 

 その階段の側に一つの小屋があった。近くに街の無いこの場所を進む冒険者のために解放されているのだという。

 今日はここで休むことになった。

 扉を開いても、誰の姿もない。そこはがらんとした、何の家具も無い部屋だった。雑魚寝が想定されているのだろう。簡易的なシャワーとトイレのある小部屋だけが隣接している。


「私は夕食に使う動物を狩って来ますね」


「あ、いいね。俺も行こうかな」


 シャルネとリオンが腰も下ろさずに言った。それぞれ弓と短剣とを握っている。

 リオンは軽く私の肩を叩いてから小屋を出ていった。それは明らかに『促す』ための行為だった。

 どうやらリオンにはバレてしまっているらしい。

 

 昨日からの気まずさが続く感情のまま、私は残されたオズへと視線を向けた。

 壁に背を預け、座り込んでいる。

 その傍らに、膝をついて私も座る。


「あの……オズ」


 名前を呼ぶと返事の代わりに視線を向けられる。

 それはいつもの、何事にも興味が無いようなものだった。昨日向けられた、酷く冷たい視線が勘違いだったのかとさえ思える。

 私は乾いた唇を一度引き結んでから、やっと口を開く。


「昨日はごめんなさい。勝手なことをして、迷惑も掛けてしまいました……」


 返事は無い。向けられる視線だけが、彼が耳を傾けていることを教えてくれる。


「あの時シャルネたちが危険だと気付いて……すぐに助けなきゃって思って」


「助けるとは、相応の力を持つものだけが出来ることだ」


 静かで端的な叱責だった。もっともな言葉に、返す言葉を持たない私は黙り込む。


「無駄死にしたいわけではないのなら、今後は考えの無い行動を慎むべきだ」


「……ごめんなさい」


 それきり視線も合わず、言葉を続けなかったオズの側を離れ、私は小屋の外で夕食を作る準備を始めた。やがてシャルネもリオンも帰ってきて、夕食を終えた後はシャワーだけ浴びて横になる。

 布団すら無い場所ではあるが雨風がしのげるだけで十分だ。

 私はシャルネと揃って横になり、他愛もない会話を繰り返し、夜も遅くなってきた頃にはどちらが先ともなしに眠ってしまった。



 翌日は朝から急な勾配を上る。地の神殿はこの山の頂上に位置する場所にあり、そこまではひたすらに山を上っていくしかない。

 慣れた足取りで上っていくシャルネと、疲れを知らない身体のリオンとオズ。三人についていくので必死だったが、なんとか国が敷いているという規制区域へと辿り着いた。

 シャルネが公爵家の紋章を示すことで、本来は立ち入れないその場所への道が開かれる。

 しかし、問題はその先だった。

 

 私の認識ではモンスター。この世界では魔獣。そう呼ばれる存在が出没するエリアへと踏み込んだのだ。

 この土地は地の魔力が濃い。幾つもの岩が集まって形を取ったような魔獣が行く手を遮った。


(ゴーレムだ……!)


 私の世界では、正しくは私の世界のゲームの中ではそう呼ばれていた存在だ。

 リオンとシャルネはすぐに武器を構える。その横で、オズはなぜか私へと視線を投げた。

 そして薄く唇を開く。


「お前も戦ってみろ。精霊の力に慣れる、良い機会だ」


 そうして私の魔法の訓練が始まった。

 リオンは大剣を振り、前線で魔獣を引きつけておいてくれる。シャルネは後衛から弓での支援。

 その少し後ろで、私は水の精霊の魔力を指先に集めていた。十分に集まったら、魔力を勢い良く放つ。

 ……だが、放たれるものは前と変わらない。精々、水鉄砲の威力だ。攻撃とはとても呼べない。


 精霊の力を使っている分、治癒の魔法よりは疲れないが、それでも繰り返せば疲労は溜まっていく。

 水の精霊は私の耳元でころころと笑っていた。水の力を使えるのが楽しいようだ。


「上手くいかないなぁ……」


 何度目かの戦闘を終え、呼吸を整える合間に呟く。

 大剣を背負い直したリオンが思案するように短く唸った後、オズへと視線を向け言った。


「攻撃魔法のイメージが上手く出来てないんじゃない? 見本を見せてみたら?」

 

お読みいただきありがとうございます。

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