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第37話


 静かにオズの視線がリオンへと向く。

 オズだけではない、その場の全員の視線はリオンに注がれていた。

 リオンはフードを外し、また襟も折って、その顔を晒して見せる。シャルネが息を詰めた音が聞こえた。


「この屋敷で過ごすとなると『これ』が誰かに見咎められる可能性が高い。変な噂が立つと困るだろう、お互いにね」


 一度は切り離された首。呪いのようにヒビ割れていく肌。それは不吉な噂が立つのに十分だった。

 それは使用人たちを恐怖させるかもしれないし、ヴェルクロア家に悪い噂を引き込むかもしれない。

 今までの野宿のように、この三人が構わなければ良いというわけでも無くなってくる。だが頷くわけにはいかない。


「リオンが屋敷に滞在しないというのなら……私も宿で結構です。宿を点々とすれば……」

 

「それは良い案とは言えないな。どうしたってこの屋敷にいる方が動きやすいだろう」

 

「でも……」


 そんな会話を、ヴェルクロア家の当主が片手で遮る。

 そして立ち上がり、リオンの側に立ったかと思うと、片膝をついて恭しく頭を垂れた。


「お、お父様……?」

 

 私も、そしてシャルネも、驚きに目を見開いていた。

 公爵家の当主が簡単に頭を垂れるなど、あっていいはずがない。リオンもさすがにその表情に驚愕を滲ませていた。


「古の勇者、リオン様。貴方に守られ、救われた世界を生きる民の一人として、感謝を伝えさせていただきたい。貴方は確かに魔王を打ち倒し、世界を救ってくださった。ですが、その功績を讃えられることも、民から感謝を捧げられることもないまま、貴方は歴史の表舞台から消えることとなった。それから百年――今を生きる者を代表して、この感謝を捧げたい」


 重く、静かな声が響いた。後に続く沈黙を破ったのは、リオンの乾いた息だった。


「……はは、今更」


 一度は嘲笑の形を取ろうとしたその唇を、一度引き結び。やがて諦念めいた吐息を一つ零して、リオンは力無く微笑んだ。


「その言葉。俺の仲間たちに、聞かせてやりたかったな」



 

 程なくして私とオズ、リオンの三人にそれぞれ部屋が用意された。宿屋に置いていた荷物も全てヴェルクロア家の使用人が持ってきてくれた。

 リオンに関しては、当主に一任することとなった。今は信じるしかない。リオンのことは心配ではあるが、それはそれとして私は感動していた。


「広いベッド……気持ちいい……」


 手足を目一杯に伸ばしてもはみ出ない、大きな寝台。どんな姿勢を取っても体が痛くならない。食事も入浴も終え、先程から意味もなく寝返りを繰り返していた。そこにノックが響く。


「はい?」


 オズかリオンだろうか。ベッドに横になったまま返事を返す。そして開いた扉の先からノックの主が姿を現す。


「こんばんは、レイア様」

 

「シ、シャルネさん……!?」


 思いもよらない来客だった。横着にベッドの上にだらしなく横たえていた体を慌てて引き戻し、正座の姿勢を取る。


「な、何かご用で……?」


 貴族のご令嬢の前で早々に失態をかましてしまう。だが、シャルネは気に留めないとでもいうようにクスクスと笑っていた。


「あのね、レイア様。私も地の神殿へご一緒させていただけないでしょうか?」

 

「えっ」


 思わぬ相談に目を丸くする。決して観光で行って面白い場所でもないはずだ。

 そんな感情が顔に出ていたのだろう、シャルネは私の転がるベッドの端に腰を降ろしながら言う。


「決して面白半分ではないですよ。貴女は私と弟……エルオットの恩人ですし、リオン様はこの世界の救世の主だった。恩返しがしたいのです。それにね、先程は武器も持っておらず油断してしまいましたが、私もこのヴェルクロア家の一員。弓の腕は普段から鍛えております。リオン様やオズ様には劣るとは思いますが……決して足を引っ張ることはいたしません」


 シャルネの瞳は本気だった。

 表情こそ柔らかいが、冗談で言っているわけでも、生半可な観光気分でもない。戦闘をも前提にした決意だった。

 もちろん、シャルネがいて私に困ることなど一つもない。一度だけ、中途半端に頷いて見せる。


「も、もちろん私は困りません……。明日、オズとリオンさんに聞いてみてからでいいですか?」

 

「ええ、当然です!ありがとうございます、レイア様!」


 ぱっと花のような笑顔が咲く。

 戦闘を前提とした旅路だというのに、楽しそうだ。貴族のご令嬢ではあるが、戦闘が得意だというのも本当なのだろう。


「あと、もう一つお願いなのですが……もっと気安く接していただけませんか?貴女は聖女様であり、私の恩人ですもの。どうかシャルネと、お呼びください」

 

「えっ……え?そ、そんな!だって」


 これまた突然の申し出だった。

 確かに私は聖女と呼ばれる能力の持ち主ではあるが、相手は公爵家のご令嬢だ。慌てて手を横に振るが、その手ごとシャルネの手に包まれてしまう。


「ね?お願いします、レイア様」

 

「……うっ」


 可憐な顔をして、シャルネは意思が強いタイプだった。

 その後は何度かその問答をしたけれど、結局宝石のような強い輝きを放つ瞳に押し切られ……。


「分かりま……分かったわ、シャルネ」

 

「わあ、嬉しい!よろしくお願いします、レイア様」


 と、私が折れたのだった。

 ちなみに同様にシャルネにも砕けて欲しいとお願いしてはみたが、当然のようにさらりと断られてしまった。どうにかお願いして「レイア様」ではなく「レイアさん」と呼ぶことで、妥協してもらうことにだけは成功したのだった。

 


 

 翌朝、早速オズとリオンにシャルネの同行について訊ねてみたが二つ返事だった。

 今は旅支度をしてくるというシャルネを、応接間で待っているところだ。

 座ってくつろごうとした矢先、不意にリオンの腕が私の肩へと回る。


「ねえ、聖女様?どうしてシャルネは呼び捨てで、俺だけ『リオンさん』なの?」

 

「……えっ?」


 突然、昨晩と同じような会話が始まり、私は目を丸くする。


「だってオズも呼び捨て、会ったばかりのシャルネのことも、さっきそう呼んでいただろ。俺は?――俺のこと嫌い?」


 前から思ってはいたが、リオンはたまに、距離が非常に近くなることがある。

 ヒビの入った顔に残る生前の面影はまだ色濃く、例に漏れず整った顔立ちであったことを至近距離で伺わせてくる。

 吐息さえ触れてしまいそうな距離で、リオンの表情は明らかに拗ねていた。身を引こうにも肩を押さえられ、体が密着しているせいで足が引けずにいる。


「ねえ、聖女様」

 

「ちょ、リオンさん待って……近い、近すぎます。分かった、呼ぶから、呼びますから……」


 と、その瞬間突然リオンの体が遠退き、十分な距離が生まれる。

 オズがリオンの襟首を掴み、私から引き剥がしていた。


「何をしている、朝から……」

 

「別に朝でもいいだろ。今、大事な話をしてるんだから」


 呆れたような顔のオズと、拗ねたままのリオン。

 それを遠くから不思議そうに眺めている、身長ほどある大弓を背負ったシャルネ。

 

 こうして、思いもよらない面子での旅が始まった。


 

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