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第36話


 その二人は、私たちが腰掛けるソファからローテーブルを挟んで反対側にあるソファへ二人で腰掛ける。

 ヴェルクロア家当主の男性、シャルネの父であるその人は深い紫の貴族服に身を包んでいた。一方シャルネは薄紫のドレスのような軽装を纏っていた。屋敷の外ではためく旗も、屋敷内の装飾も紫色が多かった。それがこのヴェルクロア家を象徴する色なのだろう。

 その服と同じ淡い紫色の髪を耳の高さで左右二つに結んだシャルネ。暗い路地で見た時よりも幾分幼く見えた。


「子供たちを襲った者を捕らえてくれたそうだな。そして――傷の治癒まで施してくれたと聞いている」


 早速、本題が来た。

 感謝を述べているように聞こえて、きっと彼が話題にしているのは、その「傷の治癒」についてだ。

 この世界に傷を治す魔法というものは存在しない。医者の元で傷を縫い、薬品で消毒をして、傷が治るのを待つ他無いのだ。唯一、聖女という存在が使える、特殊な魔法を除いて。


(恐らく、誤魔化しても逆効果だろうな……)


 感謝を口にしつつ当主の視線はこちらを見定めるようなものだった。決して不躾なわけではない。

 ただ家門を、国を守る者として警戒しているのだ。突然現れた未知の力を。

 それに不自然なほどに顔を隠しているリオンに対し、何度か訝しむ視線を投げているのも見えた。隠せば余計に怪しく映ることだろう。

 

 本来、こういうやり取りはオズに任せた方がボロが出ないのだろう。が、彼に無断で勝手に行動を起こしてしまった責任が、私にはある。オズも今は口を挟む気は無いようだ。

 確認するためにちらりと横目で表情を伺っても、そこからは何も読み取れない。


「……お気付きの通り、私は聖女と呼ばれる者です」

 

「なんと。今の時代に実在したとは」

 

「ほらね、お父様。言ったでしょう?」


 ころころと笑うシャルネの声が聞こえる。彼女も既に察しをつけていて、それを父に報告していたのだろう。治癒の魔法を一番間近で見ていたのだ、当然の行動だと思えた。

 私は両手を握り締め、一番重大な話を始める。他の話に流されて有耶無耶になってしまう前に。


「訳あって、アレクシア教にもまだ知られていないのです。……一部の人を除いて。そして、私は彼らから身を隠さなければならない理由があります」

 

「………………」


 アレクシア教の信者が多いのは聖都アレクシア内の話だ。とはいえ、他の国にも当然信者は居る。

 もしアレクシア教から隠れ逃げ回る聖女、なんて話が信者の耳に入ろうものなら裏切り者の烙印を押されかねない。祈るような気持ちで続ける。


「だから……私の存在は、内密にしていただければと……」


 どんどんと言葉尻が小さくなってしまう。

 緊張の理由は他にもある。明らかに左右から発せられる圧だ。殺気と言ってもいい。

 

 オズとリオン、この二人はもしその願いが受け取られない場合、事を起こす気でいるようだった。

 証拠にリオンは大剣を離さず、自分のすぐ真隣に置いていた。当然、それに気付かないような当主ではない。 

 汗の滲む指を絡めて緊張を誤魔化した。

 そんな私の背中を押すようにシャルネが声を掛ける。

 

「当然です!このヴェルクロア家、恩人を売るような真似は決していたしません」

 

「……このランドールの国に害を成さんとしているのであれば、恩人とて見過ごすことは出来ないが……」


 ヴェルクロア家当主の鋭い視線が順に私たちを捉える。

 オズとリオンは不思議なほど飄々としている。私だけが、二人の分まで顔を青くしていた。

 ふう、と。溜息にも満たない、息を吐き出す音が聞こえる。


「そういう理由でもないようだ。改めて歓迎する。ようこそ、ヴェルクロア家へ」


 一生分の汗をかいた気分だった重圧から解放され、思わず息を吐く。

 その横でリオンが即座に口を開く。


「歓迎ついでに、お礼もしてくれるっていうなら一つ頼みたい。この国にある地の神殿。そこへの通行許可を出してくれ」

 

「地の神殿?……ご存知だろうが、あの場所は国王の命令によって閉ざされている神聖な地。理由を伺っても?」


 解放されてすぐ、また重い空気だ。この先を知られてしまえば、もう後戻りは出来なくなる。事によっては南の国最大の戦力が敵に回るのだ。

 ちらりとオズを伺い見るが、相変わらず彼は何も言わない。反対側に視線を向けた先のリオンは『んー』と声を漏らし、理由を説明すべきか迷っているようだ。


(だけど、これはきっとチャンスでもある)


 もしヴェルクロア家が味方についてくれたら、そんなに心強い話はない。

 ごくりと喉を鳴らした。


「お話……します。全て」


 試すように呟くが、二人からの制止は入らない。

 当主も何かを察したように使用人を下がらせ、人払いをしてくれた。

 それから私は一つ一つ、語っていった。私の能力のこと、他の世界の話、精霊を追う理由を。



「……まさか、そんなことが」


 信じるか否か。当主の表情はそう物語っていた。

 決して私を疑っているわけではない。だが信じるには、あまりに突飛すぎる。そういう表情だ。

 シャルネもまた、途中表情を驚きに染めてはいたが、最後まで口を挟まず聞いてくれた。


 暫し目を伏せた当主は、顔を上げ真っ直ぐに私を見据えた。


「分かりました、聖女様。……いえ、お立場を隠すのであればレイア嬢とお呼びするべきか。南の国に滞在される間は、この屋敷を使っていただきたい。この中であれば不自由無く過ごしていただけるだろう」

 

「……! ありがとうございます……!」

 

「当然、オズ様。そしてリオン様も。それぞれお部屋をご用意させていただきます。明日には神殿への通行許可もご用意出来るでしょう」


 私は深く頭を下げた。

 どうなることかと思ったが、無事神殿へ向かうことが出来るのだ。

 けれど、リオンだけはその決定に口を挟んだ。


「俺は……居ない方が良いんじゃないかな」


 

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