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第34話


 「地の精霊の神殿には行けない!?」


 思わず声のボリュームが大きくなり、慌てて口を抑える。

 それは南の国、ランドールに入ってすぐの国境沿いの街でのことだった。いつものように宿屋で部屋を取るついでに、店主に神殿への道を聞いたのだが……。


「ああ、数年前に盗賊が入って荒らし回ったらしくてね。国王は歴史を重んじる人だから、大層お怒りになったのさ。そして衛兵までつけて、今は一般人の立ち入りを厳しく禁じている。入るには国王の許可を得るか、そうだなぁ。名のあるお貴族様も入れるって聞いたことあるけど。まあ何にせよコネが無いと無理だな」


 と、言われてしまったのだった。通された宿の一室で、思わず頭を抱える。


「いっそ魔法を見せて聖女だって名乗ったらどうだろう?」

 

「やめておけ。大聖堂に連れ戻されたいのか」

 

「うぅ、精霊と会話が出来るって言ってみるとか……?」

 

「気が触れていると思われて終わりだろうね」


 少し頭を捻った程度でそう簡単に解決策が出てくるはずもなく。


「それより夜に乗じて衛兵を全員気絶させて押し入った方が早くない?」

 

「ああ」

 

「ダメ!犯罪はダメです!」


 意外に好戦的で武力で解決したがる二人を押し留めるので精一杯だった。


 結局役に立ちそうな案は一つも出ないまま夜を迎えた街を歩く。

 いつもは宿の側にある酒場で済ませてしまうことが多いが、この街は屋台が多く並ぶことが特徴だ。どうせならそれも楽しんでみようと私が提案し、外に出てきたところだった。あちこちから美味しそうな香りが漂い、リオンと揃ってつい目移りしてしまう。

 ほとんどが串焼きなどの食べ物を売る屋台だったが、中には装飾品や似顔絵などを売り込んでいる人たちもいた。オズは相変わらず興味も無さそうで、けれども嫌な顔もせず一緒に歩いてくれる。


 「オズは好きな食べ物とか無いの?」


 そういえば彼の好みを何も知らないと思い返し、聞いてみる。が、予想はしていたが返答は短いものだった。


「覚えていない」


 百年。その時間は、自分の好きだった物に対する記憶さえも遠ざけてしまうのか。

 「知らない」ではなく「覚えていない」。

 彼のこういう時の返答は、いつだって正確だった。本当に記憶に無いのだろう。

 けれど、勝手に同情して切なく思うのもなにか違う気がして近い屋台を指差す。


「じゃあ色々食べて思い出そうよ!試しにあれとか、――?」


 美味しそうな香りを溢れさせる屋台を指差す。不意に、その奥に続く細い路地の先で、何かが光ったような気がした。目を凝らすと子供を連れた人影が駆け抜け、それを追い掛ける剣を持った大男の影が続いた。

 思わず息が詰まる。ほんの一瞬のことで、確証は無い。が……。


「あの、今……!」


 そう声を上げるも、足を止めた一瞬で二人の背中と距離が離れてしまう。二人はオズの好物についての会話を続けているらしく、私には気付かない。

 すぐに知らない人の背中が前に現れ、二人の背中は視界から消えてしまった。人の流れのある場所で突然立ち止まった私は明らかに邪魔だ。

 慌てて二人の名前を呼んでみるが、周囲の騒音に掻き消されてしまう。

 一瞬の躊躇の後、私は覚悟を決めて走り出す。道行く人たちが誰も気付かない路地の奥へと。


 さっきの人影からまだそう離れていないはずだ。そう思った瞬間、女性の悲鳴が聞こえた。

 騒がしい表通りには届いていないかもしれないけれど、私の耳にははっきりと届いた声に焦りが増す。

 祈るような気持ちで角を曲がると、そこには地面に倒れ込んだ少年と、それを庇うように膝立ちで両手を広げ、今にも盾になろうとしている長い髪の女性の姿があった。

 

 そしてその二人に剣を振り上げている、ボロ着を纏った男の姿も見える。

 倒れた少年の腕が、真っ赤な血に染まっているのが暗い路地でも分かった。瞬間、頭に血が上る。その少年が、私の愛する弟の姿と重なったからだ。


 「――やめなさい、何をしているの!!」


 考える間も無く叫び、男に勢い良く腕を向ける。

 私の魔力に呼応して精霊たちが集まり、指先に水の魔力を乗せる。

 その一撃は真っ直ぐ男にかって奔り、そして男の服を濡らした。……だけだった。


(……あ、あれ?あれ!?)


 この街に着くまでの間、毎日魔力の訓練に加えて水を操る訓練もしていた。もちろん攻撃に使ったことはなく、今が初めてだ。が、こんなにも威力が出ないとは、まさか思っていなかった。

 オモチャの水鉄砲レベルの水流を浴びた男は、不快そうに振り返る。

 もちろん私の攻撃が痛かったわけではない。単に邪魔されたことに気分を害したのだ。


 けれど、倒れる男の子を。体を張ってそれを守らんとする女性を、私も守らなければならない。勢い良く飛び出てしまった今は尚更だ。


「何だァ?お前は。コイツらの連れか?――それにしちゃ貧相な身なりだが」

 

「っ……許さないわ!そんな小さな子を!武器を離しなさい!」


 みっともなく声が震えた。当然聞く耳など持ってもらえるはずがない。

 脅すように閃く剣に身が竦むけれど、もう一度指先に魔力を込める。


(お願い、力を貸して……!精霊さん……!)


 次はもうおふざけでは済まない。震えそうになる指先を真っ直ぐに男へと向ける。

 指先に集まる魔力が淡い輝きを放ち、その強さはどんどん増していく。だが。

 そんなのを待つ必要は無いと、男は剣を構えて駆け出す。私の元に至るまで、そう遠くはない。もう、あと数歩で、その剣先が私へと届いてしまいそうだった。


(早く、早く……!早く、しない、と――)


 男の背後で女性が何か叫んでいるようだったが、聞こえない。

 世界がスローモーションのように、ゆっくりと動き出す。間に合わないと、気付いてしまった、その瞬間からだ。

 まだ力が集まりきらない指先の、すぐ向こうで剣先が見上げる高さまで振り上げられる。そしてすぐに振り下ろされる、と思われたが。


 髪を大きく乱す突風が、細い路地に吹き荒れた。

 それは目の前の、水そのものが凶器と化したような、鋭い水で作り上げられた槍が男の右肩を抉りながら突き刺さった時に巻き起こった風だった。

 勢いのまま倒れ込み、痛みと衝撃に悲鳴を上げる男の口には鋭いナイフが差し込まれ、無理矢理に黙らせられる。一瞬で距離を詰めたリオンが男を組み伏せ、男の口を封じていた。


 もちろん発動が間に合わなかった私の魔法では無い。

 心当たりの先を、振り返る。そこには、私を追ってきたであろうオズの姿があった。涼しげに、いや冷ややかな程に、静かにそこに立っていた。


「無謀、いや……愚行だけは一人前だな」


 責めるような、とても冷たい視線を私に注ぎながら。


お読みいただきありがとうございます。

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