第33話
夕飯を終え、日課にしている魔法の訓練も終えて眠気を待つ少しの時間。
不意にオズが一つのブローチを取り出す。その中心に嵌め込まれた青い水晶のような宝石が、点滅するように輝きを放っている。
「あっ、それは」
死の森を後にする時、情報屋のジルがオズに渡していたものだ。
彼曰く……。
「これは二つで一つの宝石なんだ。こうして片方に魔力を込めれば、もう一つが輝き出す。かつて高貴なお方が逢引きの合図に使っていたという代物でね」
(微妙に、使いたくなくなるストーリーだな……)
「オズ、お前に手紙を送る時、こうして合図を送る。このブローチの側に手紙を置いておくから転送魔法でそれだけ持っていってくれ。お前なら出来るだろう」
……という話だった。つまりそれが輝いている今、ジルが用意した手紙があるということだ。
オズはすぐに小さな魔紋を開き、そこから無地の封筒を引っ張り出す。そして便箋を取り出すと中身に目を通していく。
(ジル、元気にしてるんだ。とはいえ別れてからそんなに時間も経っていないけど、もう懐かしいな)
すぐに手紙を読み終えたらしいオズが手紙を畳む。
「ジルはなんて?」
「教皇は聖女について箝口令を敷いたようだ。聖女が見付かったのに逃げ出したなんて知られたら大騒ぎになるからな。対して、それを知っているはずの聖王は黙認だ。本来なら秘密裏にでも聖女を捜索させてもおかしくはないが――」
「そう……今すぐ追われるようなことはないのね」
もう聖服を着ていないから顔を知らない人達に知られることはないとはいえ、追われているとなればあまり気は休まらない。少なくとも捜索隊が組まれていないという事実は、単純に安堵出来るものだ。
「ジルは元気そう?」
「書いてはいないな。お前の心配はしている」
「ふふ、大丈夫よ。元気なんだから」
ジルと共に居たのは少しの時間ではあるが、いつも私の心配をしてくれた優しい人だ。
私の死に戻りの話まで信じて、こうしてきっと危険を犯してまで情報を集めてくれている。もう兄のように慕っている人だ。
「また会いたいわ」
「奴も聖都を離れるようだ。いずれどこかで会えるだろう」
本心が溢れる。あの笑顔が懐かしかった。
水の精霊王と契約出来たのだと知らせたい。きっといつもの笑顔で褒めてくれるはずだ。
そんな妄想に思わず頬が綻ぶ。良い気分のまま寝袋に入りかけて、はたと思い出す。
「オズ、さっきは眠かったのでしょう。もうちゃんと毎日寝ないとダメよ」
「必要ない。いずれはそうなるだろうが、今はもう眠気はない」
「でも……」
「必要はない」
きっぱりとした、二度の否定。こういう時は大抵私が言葉を重ねても覆りはしない。
仕方なしに頷いて私は寝袋に入り込む。そして今日も疲れていたのか、気付けば眠ってしまっていた。
それからおよそ丸一日をかけて街道まで出た後は、また馬車を拾う。そうして数時間かけて辿り着いたのは東の国の中でも南寄りの、のどかな町だった。
最初に立ち寄った街ほどの賑やかさも人口もない。だが旅人や長距離を移動する馬車の利用客によって成り立っている、平和そうな町だ。
いつも通り宿を取り、久々のベッドに転がり込む。
シングルサイズのベッドといえど地面の上に直接敷いた寝袋よりずっと良い寝心地だ。
「あぁ、ベッド……ふかふか……」
もう今日の夕飯は済ませた後だ。後はもうシャワーを浴びて眠るだけだ。
すっかりベッドに根が生えてしまっている私とは打って変わって、オズとリオンは疲れを見せなかった。
今も椅子に座って二人で地図を広げている。私も意を決して起き上がり、テーブルへと歩み寄る。
オズは私も見えるように机の上に地図を開いた。
「今はこの町にいる。明日は馬車でこの街道を行く。二、三回馬車を乗り換えれば国境だ。陸路でこのネフラディアを出る。そしてその先は地の属性の精霊が棲まう地、南の国ランドールだ」
「地の精霊……」
「せいれい!」
突然に。しばらく姿を見せていなかった精霊の声が聞こえて思わず振り返る。が、姿は見えない。
「そこにいるの?」
「うん!」
声を掛ければ返ってくるので、存在はするようだ。
水の精霊は基本的に川や海など水の近くを好む。もちろん精霊の力を使うために呼び出せば現れてくれるが、そうでない時は居たり居なかったりだ。ここは人の住む町なので水路や井戸がある、ゆえにそこに水の精霊が居るのだろう。
オズは、話は終えたと言わんばかりに地図を再び開き一人眺める。リオンも暇そうにソファに寝転がっていた。残された私はころころと位置を変える精霊の相手をしていた。
「ねえ、うたって!」
「うたって!」
「う、歌……?」
突然精霊からそうねだられ、返答に迷う。
確かにオズは精霊師のことを語るとき、よく歌っている人だったと言っていた。それが精霊のためだとも。
(確かに、この子たちにはいつも力を貸してもらっているし……)
それが少しでもお礼になるのならと、私は軽く咳払いした後に息を吸い込む。
私の世界にはたくさんの歌が溢れていたが、今思い出したのはなぜか昔の記憶。私がまだ幼い頃、母がよく歌ってくれた童謡だ。
それは星に乗りたいと願った子供が、星に乗って世界を巡る。それでも最後はやはり、一番安心出来る家に帰る。たったそれだけの、短いストーリーだ。
だが星から見る世界を唄った詩と、どこか切ない幻想的なメロディが好きで、母に何度も歌ってほしいとせがんだものだ。今の、この精霊たちのように。
時間にして、ほんの数分。その歌を終えると精霊たちはきゃっきゃと喜んでくれた。何だか照れくさくなってしまうが、久々に好きな歌を口ずさんだことで気分がいい。気ままにどこかへ消えてしまった精霊が居なくなっても、もう一度その旋律を歌で辿る。
と、気持ちよくその場でくるりと回ってみた先で、リオンと視線がぶつかる。精霊とだけ喋っていたせいで、リオンたちがいたことをすっかり失念していたのだ。ぱちぱちと小さな拍手まで送られている。
人に聞かせるつもりは無かったのに、随分ノリノリで歌ってしまい、若干恥ずかしくはあったが。
「本当に、あの精霊師にそっくり。奴もこうやって一人で歌っていたよね?」
「……ああ」
そんな会話が聞こえる。
羞恥心を咳払いで誤魔化してから、私はベッドへと向かった。
向かいのもう一つのベッドは、やはり誰も使い手がいないようだった。
―第3章 完―
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