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第32話


 眠るオズの傍らに静かに腰を降ろして顔を覗き込む。こんな時でないとあまりしっかり眺めることは出来ないのだ。

 ある意味では、オズの眼差しが苦手だった。少しの嘘も通用しないような、嘘をついてもすぐにそれを見抜いてしまいそうな、そんな眼差しを持っていたから。

 けれど今は、その瞼は伏せられていて。


(……何度見ても美しい顔っていうのは見飽きないものだな……)


 元の世界には存在しない、美しい銀髪。それと同じ色に縁取られた長い睫毛に、通った鼻筋。こんな旅の最中だというのに荒れ一つない、薄い唇。そして硝子玉のように澄んだ、色の無い瞳。……と、目が合った。

 夢中で顔を覗き込んでいた姿勢から、転がるように飛び退く。


「わぁぁあ!オズ……!?」

 

「………………」


(あれ!?い、いつから起きてた……!?)


 慌てて背中を向け、顔を見られずにしゃがみ込む。さっきまであれだけ不躾に眺めていたというのに、なんだかそれがすごく疚しい行動だった気がしてカッと頬が熱を持つ。

 オズからしたらだいぶ気味が悪いだろうが、やってしまったことは事実である以上、弁明は出来ない。


「何をしていた?」

 

(いや、まぁ……聞くよね……!)


 そりゃそうだ。その場面だけ切り取ったらもはや寝込みを襲っていたようにすら見える。

 

「ご、ごめんなさい違うんです……!」

 

「何をしていたと聞いている」


 謝罪も受け取ってもらえない。よく分からない否定だけが口を突いてしまう。背中を向けたままなのでオズの表情は確認することが出来ないが、怒っているようにすら感じる。

 罪悪感と恥ずかしさのあまり汗をかいてしまった拳を膝上で握る。

 

 ふと、真後ろに気配を感じて顔を上げるより先に彼の両腕が後ろから伸びて、私の手を掴んだ。すぐ耳元で、彼が溜息を吐く音がして、体が固まったように動かなくなる。

 その問いにも答える余裕が無いくらいに。

 すると。


「えっ、オズ……え!い、痛い……いたたた!」

 

「手を開け」


 私の拳に重ねるように添えられた彼の指が、拳をこじ開けてくる。

 痛みと動揺で、意味も無く拳を握り直してしまうが彼の細い指は見た目に反して力が強く、やがて無理矢理に五本の指を開かれる。もちろん、反対の手も。汗だくのまま、何も握っていない手のひらだけがそこにある。

 私は訳も分からず目を丸くしているが、一方で彼もまた怪訝の表情を浮かべていた。


「どこに隠した?」

 

「な、何を……?」

 

「何か盗んだのではないのか」

 

「………………」


(せ、窃盗だと思われてる……!)


 確かに疚しい…と自覚しそうになる行動を取りはしたけれど、誓って盗んではいない。こればかりは否定しないわけにはいかず、私は慌てて首と両手までもを振る。


「し、してないです!盗みなんて!ほら!」


 大急ぎで立ち上がり両手両足を開いて見せる。

 その背中に彼の気配がまだ残っているようで、心臓がうるさい。が、努めて気にしないように振る舞う。もちろん疑わしい行動を取ったのは申し訳ないけれど。


「では何をしていた?」


 今度はもう、言い逃れは出来ない。旅の連れから何かを盗み出そうとする奴と思われるよりは、美形につられたいやらしい女の方がいくらかマシだ。上げた手を降ろし、言いにくさに視線を逸らした後、今度は恥を忍んで素直に答える。


「……顔を見ていました」

 

「なぜ?」

 

「…………き、綺麗だなと、思って……?」


 オズは、何を言われているのか全く分からないと言わんばかりの顔をしていた。盗んでいた方がまだ説得力があるとでも言わんばかりだ。


(無自覚、なんだ……)


 私があの顔だったら毎日鏡に張り付いて離れない自信があるが、思い返せばオズの隠れ家に鏡は存在しなかったかもしれない。

 とりあえず疑いは晴れたのか、オズは立ち上がり澄んだ夜空を見上げる。今の騒動など無かったかのような涼し気な姿だ。私が一人で勝手に恥ずかしくなっただけなのだが。 


「僕は……眠っていたのか」


 ぽつりとそんな声が届く。私に向け言った言葉ではなく、独り言のように聞こえた。

私の我儘でもうすぐ不老の時を失ってしまう彼が不安に思わないように、私は無理矢理明るい声色で声をかける。今の呟きは聞こえていなかったように。


「オズ、後で火をください!今日はお魚を焼こうと思っているんです!」

 

「……ああ」


 それから程なくして、川魚を持って帰ってきたリオンからそれを受け取る。

 彼は生前と言うべきか百年前の冒険の中で、よく仲間たちと魚を取って遊んだと語った。

 どうやらそれが得意だというのは本当のようで、彼が人数分の魚を持って帰ってくるのにそう時間は掛からなかった。


「わ、ありがとうございます!リオンさん」

 

「いいよ、それより」


 魚を手渡すための一歩を、更にもう一歩詰めて。リオンは私の耳元で囁いた。


「さっきのあれってキスしようとしてたの?」

 

「……!?」


 反射的にリオンを見上げる。間近に見えるその双眸はからかうでもなく、純粋な疑問だけを宿していた。


(見られ――!?)


 確かに迂闊ではあった。うっかり見入ってしまったというのが正しい。

 耳が熱を持つのを感じながら慌てて首を横に振る。


「ちっ、違います!あれはなんかこう、事故というか、出来心というか」

 

「ふーん。まあ、綺麗な顔してるよね、オズウェルは。本人は全然気付いていないけど昔から慕う女性も多かったんだよ」

 

「でしょうね……」


 失態を目撃され、顔を真っ赤にしているのを少しでも隠したくて俯く。手で隠そうにも受け取った魚でいっぱいだ。

 忘れるように、私は素材を掻き集め料理に集中した。

 

お読みいただきありがとうございます。

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