第2話
その人物の名はエスティラ。
氷のような澄んだ蒼の長い髪は神聖ささえも宿し、同じ色の睫毛に縁取られた青い瞳は宝石のようだった。
冷たい印象に反して、雪原に咲く一輪の花のように微笑んだ彼女は、私を『聖女』と呼んだ。
(ゲームの夢でも、見ているのだろうか)
そう思ってしまう。
あれから、エスティラと他数名に連れられて乗り込んだのは、それこそ、ゲームの中でしか見たことがないような馬車だった。
そして連れて来られた先で、私はまた目を丸くすることになる。
大聖堂と呼ばれた、白亜の宮殿。
真っ暗な夜の闇の中でも圧倒的な存在感を放つその建物は、まるで空へ届かんばかりに尖塔を伸ばしていた。
訳も分からないままに案内されたのは、城のようなその建物の一室。貴族でも泊まるのかと思うほど豪奢な部屋を客室として割り当てられる。
当然恐れ多いと何度か拒否してはみるものの、結局こうして促されるままベッドに入ってしまっているわけで。
(何がなんだか、もう分からない。――もう、寝てしまおう。寝て起きたらきっといつも通り、自分のベッドで目覚めるはずだ。こんなおかしな夢なんか、全部忘れてしまっているかもしれない)
寝心地の良いベッドに入るなり、すぐに瞼は重くなって、意識もどんどん沈んでいく。
(眠ろう、もう。全て忘れて)
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次の日、私は頭を抱えていた。
目が覚めても昨日と何も変わらない……いや、それどころか太陽の光が差し込むと余計に場違い感を浮き彫りにする、豪華過ぎる部屋にいた。
「一泊十万円じゃ泊まれないタイプのホテルだ……」
思わず呟く。どうやったって私にそんなお金は無い。お金を借りるにしても、家族と連絡も取れていない。
今頃家族は心配しているなんてレベルではないだろう。我ながら過保護な両親だ。警察を巻き込んでの大騒ぎになっているかもしれない。
(………………)
昨日からの、何とも言えない違和感。
家族。警察。
そんなワードがどこか遠い世界にあるような。
いや、私が遠い世界に来てしまったような。そんな感覚が、思考の端にずっと張り付いていた。
そしてその違和感を、突き付けられる時はすぐにきた。
「ま、ま、魔法!?」
「そうですよ」
その女性、聖徒のエミリーは私の髪にブラシを通しながら言う。そして彼女の指先から、確かに一筋の風が吹き抜け、私の頬を撫でた。
今日は朝から色んなことを知った。もう頭は情報を詰め込みすぎて、パンパンだ。
ここで話を、一度整理しよう。
『こちらの世界』の中心にある国。そこに私はいた。名を、聖都アレクシア。聖王と呼ばれる国王が治めている。
そして、昨晩見た女神像の名はアレクシア。
その女神を崇めるのがアレクシア教。この世界において、一番信徒が多いと言われている宗教だ。
そのアレクシア教の総本山、それがここアレオール大聖堂。ここは教皇が治めている。
つまり聖都アレクシアという国は、聖王と教皇、二つの権威によって支えられているということだ。
ちなみにその教皇とは、昨晩私を連れ帰ったあの女性、エスティラだ。
そんなことも知らずに気安く接してしまったせいで不敬罪になるのではと顔を青くしたが、エミリーは教皇が許可したから良いのだと笑っていた。
ところで、大聖堂や各地の教会に住み込んで働く者を、聖徒と呼ぶ。彼らの仕事は神に祈り続けること。そして清掃から食事の用意、客人の世話にすら及ぶという。
エミリーはエスティラが指名してくれた聖徒だった。
私と歳も近い女性だから気が楽だろうという、エスティラの気遣いのようだ。今はエミリーに朝の支度を整えてもらっているところだ。
「そう、その通りです。聖女様」
エミリーは朗らかに微笑む。朝から詰め込んだ知識を指折りアウトプットすると、何となくだが記憶できていく。
この世界には魔法が存在する。信じられない話ではあるが、今まさにこの目で見てしまったのだ。
何なら火も電気も使わずにこの部屋を照らしている照明器具すら、魔道具と呼ばれる代物だ。聖徒によって定期的に補充される魔力を動力に動いているらしい。
(き、来ちゃった……ゲームの中に!)
突然すぎる展開に恐怖半分、好奇心半分。それが正直な気持ちだった。
憧れが無かったわけではない。けれども、心構えくらいはしたかったのも本音だ。
まだパッケージを開けていないゲームを楽しみにもしていたし、家族にも何も告げられていない。
(そう、家族……)
心配していないはずがない。
この魔法の世界を堪能したい気持ちもあるが、叶うなら手紙だけでも届けたいものだ。無事でいるから心配しないで、と。
それを問うべく教皇への面会を願い出ると、その日の昼下がりに許可が降りた。
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