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第28話


 そしてしばらくの後、私は食事の準備に勤しんでいた。

 街で買った食材を、小さなフライパンで炒めていく。私の世界では主にキャンプ用品としてよく愛用されていたスキレットだ。オズの魔法の掛かった鞄は色んな物を入れておけるが、冷蔵や冷凍の効果は当然無い。生物は早めに消費してしまわなくてはいけない。

 リオンは食事の完成を楽しみにしてくれている。オズにも声をかけるが即座に断られてしまった。

 街にいる時は誘えば一緒に食事を摂ってくれるのに、今日はだいぶつれない。

 もしかすると食料の備蓄分を案じてくれているのかもしれないと思いつつ、三人分の食事を作り終えた後で再び声を掛ける。


「オズ、やっぱりご飯を作りすぎちゃったの。一緒に食べてくれない?」

 

「…………」


 本に落としていた視線だけを私へと向け、そして静かに本を閉じる。

 どうやら今回は応じてくれるようだった。


(なるほど。やっぱり自分が食べる分を作る必要は無いと言ってくれていたんだろうけど、そんなわけにはいかないよね。次からも作った後に声を掛けたほうが良さそうだ)


 そんな学びを得つつ、私は木皿に食事を取り分けていくのだった。


「うわあ、美味しそう。ご馳走だな」


 皿を受け取ってリオンが声を上げる。

 川魚を香草と一緒に焼いて野菜を添えただけの皿だ。ご馳走と呼ぶには程遠い。

 私がそう思っていることに気付いたように、こちらへと向いたリオンと視線がぶつかった。

 彼は形の良い微笑みを作って見せた。


「ほら、俺は飢えながら死んだだろ。あれからずっと空腹なんだよ。食べても食べても満たされなくて。だからどんな食事もご馳走に見えてしまう」

 

(……重っ!)


 返答にすら困るほどの、重い彼の過去をなんてことのないように語るものだから、思わず言葉に詰まってしまう。

 だが腹ペコの少年のような笑顔で食事を頬張ってくれる彼に、私の表情も知らず知らずに緩んでいた。

 

 食事を終え、木皿や調理器具を川の水で洗い終えると私は寝袋に包まっていた。

獣の皮で作った長細い袋の内側に羊の毛を貼り付け、暖かくなるように作ってある。もちろんベッドには遠く及ばないが、ジルと死の森を目指した時は寝袋も無く木に背中を預けて眠っていた。それに比べれば十分な寝床だった。


 リオンは周囲を警戒してくると言って、今はここに居ない。

 パチパチと音を鳴らして細かい火の粉を散らす焚き火の側で、オズは変わらず本を読んでいた。読むペースは早く、もう読み終わってしまいそうだ。残りのページは少ない。

 気になって、私はオズに尋ねる。


 「オズ、何を読んでいるの?」

 

 「伝記だ。他の世界に旅立ったと言われる冒険者の軌跡を綴った物語が集めてある」


 私は目を丸くする。ただ暇潰しに読んでいるのだろうと思っていたが、かつての精霊師やこの旅にも関係のある本を選んでいたとは。確かに、私も大聖堂にいた頃はそんな本ばかり探しては読んでいたっけ。どれもが創作の物語に近かったけれど……。


「分かってはいたが眉唾だ。信憑性に欠ける」


 私と同じような感想を口にしてオズは本を閉じる。もういいとでも言いたげに残り数ページを残して閉じられた本をさっさと鞄にしまってしまう。

 やはり今信じられる唯一の道はかの精霊師。その人物が辿ったという、この旅路だけだ。

 数秒悩んで、問いを重ねてみる。


「オズの言っていた精霊師。その人はどんな方だったの?」


 その視線にこちらを向く瞳。何も映していないような空虚な眼差しだと最初は思ったものだったが、しばらく時間を共にした今は何となく分かる。

 その瞳に映る僅かな意思を読み取るため私は真っ直ぐに視線を合わせる。

 ちなみに、今は私が言葉足らずだったせいで彼は何を問われているのかが分からず、無言で問い返しているところだった。


「だから、その……」


 どんな関係だったか、とは聞けない。ジルには深く聞いた方が良いと言われたが、その通りに行動しようとして失態を晒してしまったのだ。繰り返し聞くと何かを疑っているようにも見えてしまうだろう。

 どう訊ねようかと思案していると、ふとオズの表情に懐古の色が混ざった。


(あ、まただ)


 と、思う。

 例え百年の昔だろうと、そこに何の思い入れも無いとでも言わんばかりに他人事のように語るオズが、唯一心残りのような感情を覗かせるのが精霊師の話をした時だった。

 思い出そうとするようにオズは夜空を見上げる。空はいつのまにか雲も無く、散らしたような星が眩しいほどに輝いていた。


「おかしな奴だった。……顔を合わせれば口うるさく、お節介で、押し付けがましく、そして忙しなく、一人でも喧しい。と思ったらすぐに旅立って、また帰るまで顔を見せなくなる身勝手さだ」

 

(愚痴から始まるんだ)


 どんな話が聞けるだろうかと楽しみにしていたのだが意外にも悪口にすら近い言葉が並ぶ。が、それを語る彼の表情に嫌悪の感情は少しも混ざっていなかった。

 それどころか、ほんの少しだけ、楽しげなほどで。


「精霊が常に側にいて、話しかけているからだろう。いつも一人で喋っていたし、よく歌を歌っていた。精霊は人の歌を好むという。大方しつこくせがまれていたのだろうな。……そしてお前と同じく、光と治癒の魔法を扱っていた。どんな時も傷付いている奴を見捨てられないと、駆け回っていた。自分が怪我を負っている時すらそうだ」


 ジルの言っていたように、彼は精霊師と親しかったのだ。聞かずともそう確信出来た。だってそれを語るオズの表情は、いつものように無表情なのに、過去を思い出そうとする眼差しは今までに無く優しかったから。


「望郷を、初めは繰り返していた。時が経つごとにやがて口にしなくなり、帰郷を諦めたのかとさえ思っていた。だが――」


 精霊師は消えた。何も残さず、突然に。オズは前にそう語った。

 もしかするとそれは、彼の心を傷付けたのかもしれないと、今は思った。親しかったのなら尚更だ。

 その言葉の先は続かず、少しの間が空く。夜空の月から視線を逸らすように、今度はそれが私へと向く。きちんと話を聞いているつもりが、温かい寝袋と静かで穏やかな彼の声に、つい微睡んでしまう。


「奴が成したのだとすれば、お前が帰る道もやはりそこにあるだろう。精霊の力は未知数だ。世界を越えられたとしても、不思議ではない。精霊もかつては他の世界からやってきた、という神話も古くにはあったという」

 

(精霊師……百年前に生きた、私と同じように異世界からやってきたかもしれない、人……)


 一度瞼を落としてしまえばもう重く閉ざされて。オズの視線がこちらに向いているのは分かっていたのに、まだ話していたいのに。

 私の意識はどんどん暗い方へと落ちていった。


 

お読みいただきありがとうございます。

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