第27話
「今日はここまでだな、夜も近い」
オズが言う。
ずっと足場が良くない道を進んでいたせいで、足には疲労が溜まっている。結局、途中で雨にも降られてしまったせいで服は濡れ、その下の肌も汗だくだった。早速昨晩の浴槽が恋しくなる。
が、そんなことはまだ思っていられない。ここで野宿の支度をする必要があるのだ。
「オズウェルに頼めば一瞬で火なんか起こるのに。聖女様は健気だね」
そう言って笑うリオンの声を背に受けながら、近くから手頃な枝を集め、一ヶ所に集める。全てオズに頼り切るわけにはいかない。
オズに頼んで火種だけ貰うと、とりあえずそれっぽい焚き火が完成した。
そこに、街で買った不思議な粉を一つまみ落とし一緒に燃やす。こうすると、立ち上る煙に野生の獣を遠ざける効果が加わるそうだ。
とりあえず焚き火一つで簡易的すぎるが、今日の拠点が完了する。
本来、オズもリオンも休息を必要としない体だ。私のためだけにこうして休息を取ってくれている。それに、もし野生の獣や魔獣が出てきた時も二人に頼るしかない。
(オズとリオンさんに頼りっぱなしになっちゃうな。小さい魔物一つ、私は自分で倒せないわけだし……)
今更ではあるが街で剣を買って、一つくらい自衛の手段を持っておくべきだっただろうか。
そんな話を、川から上がった後にオズに投げかけてみたのだが。
「そんな無駄な努力をする暇は無い」
と、バッサリ言われてしまった。
「お前はまず自分の魔力を操れるようになるのが最優先だ。精霊と契約さえすればその力が嫌でもお前を守るだろう」
「そうかもね。あの精霊師もそうだった。魔法も剣も、てんでダメでさ」
懐かしむように笑うリオン。オズはその会話に乗ることはなく黙って本を読んでいる。
しかしごもっともな指摘ではあった。
私は今、イチから剣の扱いを練習する暇など無いのだ。そんな時間があるくらいなら魔法の訓練をしている方が、確かに為になる。
変わらず本を読み続けるオズの隣に腰掛けて、鞄から丸い水晶玉を取り出す。昨日オズから貰ったものだ。両手でそれを包むように持つと、昨日もやったようにそっと魔力を注ぎ込んでいく。が……。
(い、痛すぎる……!!)
相変わらず、強めの静電気がずっと腕の内側を駆け抜けているかのような、そんな痛み。思わず手を離しそうになるが、ぐっと唇を噛んで耐える。
(もっとゆっくり……もっと優しく……!)
細い細い糸を、針の穴に通していくように。水差しから一滴ずつ水を垂らすように。
徐々に力を抑えて、一点に流し込んでいく。息を止めて、痛みに耐えながら集中する。
が、当然息を止めたままでは程なく限界が来て。
「痛っ……!」
集中が途切れた瞬間、バチンと弾かれるような音がして指先には一際強い痛みが走り水晶を落としてしまう。
オズ曰くそれは丈夫だから落としても割れるようなことはないということだが、まだ痺れの残る指で水晶を拾い上げ、色んな角度から傷が無いかを確認する。すると。
「そもそも姿勢がおかしい」
と。呆れたような声が聞こえた。
そちらを見れば本を読んでいたはずのオズが、いつの間にかその本を閉じて私を見ていた。
突然の指摘に目を丸くしているうちにオズが再度口を開く。
「虫のように丸まってどうする。背を伸ばせ。呼吸は止めるな。石像のように固めた体で魔法など使えるものか」
「はっ、はい……!」
意外に、具体的な指示だった。思わぬアドバイスをもらい、頷いて返事をすると私は言われた通りにまず背中を伸ばす。
「オズウェルが他人に魔法を教える日が来るなんて、俺達の時代の誰に言ったって信じないだろうな。貴族に大金を積まれたって断っていたのにね」
くすくすと笑うリオンの声が聞こえる。正直その話が気にならないわけでもないが、気を取り直して瞼を伏せる。
集中するとつい呼吸を止めそうになるものの、今度は意識して深くゆっくりの呼吸を繰り返す。
そしてまた先程と同じように指先に魔力を流してみる。ビリビリとした痛みはあるものの、呼吸をする度にその痛みも少しずつ霧散していくようだった。背を伸ばしたおかげで、呼吸も自然と深いものになる。
(うん、耐えられない痛みじゃない)
オズの魔力は肌触りの良い布で撫でられているように優しいものだった。それを何とか再現しようとする。
(背中を伸ばして、呼吸はゆっくり、深く。そして柔らかい魔力で……)
痛みで指が麻痺しているのかもしれない。あるいは痛みに慣れてきたのか。そう思えるくらいには、そこに走る痛みは弱まっていた。薄い布一枚を挟んで触れているような遠さだ。その痛みすら深い呼吸で掻き消そうとする。もっと優しく、もっと深く、もっと。もっと――。
「……そこまでにしろ」
深く深く、集中し始めた時に聞こえた声に、はっと顔を上げる。もう少しで、今までより深いその場所に行き着けそうだったのにどうして。そんな気持ちでオズを見るが、彼は小さく首を横に振るだけだった。
「顔色が悪くなってきた。自分の限界も自分で気付けるようになれ」
そうとだけ言って、またさっさと本を開いて読み始めてしまう。
取り残された私はぽかんと口を開けていた。せっかく何かが掴めそうだったのに。非常に勿体ないことをしたような、そんな気分になった瞬間。
心臓がドクドクと激しく音を立て始めた。ぶわっと全身の毛穴から汗が吹き出すような感覚。酸欠のような息苦しさに襲われ、指先も冷えていく。……いや、さっきから体はこうだった。集中しすぎていて、私が気付かなかっただけだ。
そんな私に気付いてオズは止めてくれたのだろう。激しい運動をした直後のように乱れる呼吸の合間に感謝を伝えはしたが、やはり返答は無かった。
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