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第26話


 ガタガタと揺れる馬車の荷台は未だ慣れない。車輪が石を踏んで跳ねる度に腰は痛むものの、それでも徒歩よりもよほど楽なのは事実だ。

 二頭の馬がゆっくりと引く馬車には、他に四人ほどが乗り合わせている。楽しそうに笑う子供と母、その子供に破顔し語りかけている老紳士、商談を終えたのであろう満足そうに手元の紙に何かを書き込む商人。

 

 皆それぞれの理由で乗り合わせていた。馬車の頭上は、木の骨組みに布が張られたもので覆われている。それで十分に日差しは防げる。

 ――といっても今日はあまり天気が良くないようで、今にも大粒の雨が降り出しそうな重い雲が空一面を覆っていた。


 せめて雨をしのげる森に入るまで降らなければいいなと思いつつ、もう一時間ほどが過ぎた頃だろうか。突然御者が叫んだ。


「盗賊だ!!」


 その瞬間、共に乗り合わせた乗客たちから悲鳴が上がる。母親は子供を抱えて身を縮め、商人は慌てて鞄を抱える。老人は緊張を顔に張り付けながらも周囲に警戒を巡らせる。

 リオンは馬車から身を乗り出して辺りを見回していた。

 私も慌てて、隣に腰掛けるオズの向こう側へと視線を向ける。

 

 外には馬に乗った盗賊が数人、馬車を囲おうとするように走っていた。

 御者も必死に馬を加速させてはいるが、人を乗せた荷台が重いせいでスピードでは負けてしまっている。


(盗賊ってあの、突然現れて『有り金全部出しな!』ってやってくる、あれ!?)

 

 私はといえば、悲鳴も上げられないほど突然の展開に驚いていた。

 オズは外へ視線だけは向けているようだったがここに至っても特に反応が無い。それどころか盗賊に興味を示さず、代わりに色を濃くする雨雲を眺めている。


(なんで今、天気の心配を……!?)


 彼がマイペースなのはいつものことだが、まさか襲撃を受けている時さえそうだなんて。

 

 馬車を包む布一枚など、盗賊の持つ剣で簡単に切り裂かれてしまうだろう。

 数秒を置いて理解すると突然背後が気になり始める。馬車の荷台は布で覆われているとはいえ、いつそこから刃が現れるか分からないのだ。縋るようにオズの服を握る。


「オ、オズ…!」

 

「問題ない」

 

(いや、あるよ!これはさすがに、ある!)


 盗賊の一人が弓を構える。私は思わず頭を抱えてうずくまるが、その矢はリオンの振るった短剣で切り落とされる。

 リオンも、表情に焦りを滲ませてはいなかった。が、代わりに鬱陶し気に眉根を寄せている。

 彼が背負った大剣は、この狭い馬車の中では振り回せない。人の指先から肘くらいの長さしかないような、短い剣を代わりに握っていた。その上、大きく揺れる馬車のせいで姿勢も定まらない。

 しかし、敵は複数人だ。そう何回もは捌ききれない。それに、弓を持った一人は今度は火矢を用意している。

 鏃に可燃性の燃料が入った瓶を装着し、矢が刺さった場所を発火させるものだ。


(あれがもしカスったら、木と布だけで出来ている馬車は……!)


 窺うようにリオンがオズへ視線を向ける。が、何も言わない。

 まるで互いに考えでもあるような、無言のやり取りだった。私だけが相変わらず一人焦っている。


「御者に伝えろ、速度を落とすなと」

 

「え?」


 咄嗟に聞き返す。が、オズから二度言葉が返ることは無く。

 オズの視線はまだ、頭上の重い雲へと向けられていた。そこからぽつぽつと雨粒が落ち始めるが、もし馬車に着火してしまえばそれでは到底足りない。

 先ほどのようにリオンが矢を切り落としてくれたとしても、火のついた鏃が馬車に触れる確率は高いだろう。

 私は暴れるように揺れる馬車の中を這うようにして奥へと駆け、その先にいる御者へと声を張り上げる。


「馬車の速度は落とさないでください!」

 

「ダ、ダメだ、もう追いつかれる!大人しく捕まった方が……」

 

「いいえ、走り続けて!!」


 諦めて投降しかけている御者へ叫ぶ。何の根拠も無いままに。恐らくお金か高価な商品が入った鞄を抱える商人も「足を止めるな」と繰り返し声を荒げていた。

 まだ幼い子供を抱えた母親は、泣き叫ぶ我が子をしっかりと抱き締め繰り返し神の名を呟き祈る。


(でも――!)


 振り返った瞬間、火矢が放たれたのがまるでスローモーションのように見えた。赤い軌跡を描きながら、真っ直ぐ馬車に向けて飛んでくる。

 その横で馬を走らせていた盗賊の剣も、もう馬車に届いてしまいそうだ。聞こえる悲鳴が一層大きくなり、私すらもうダメだと思った、その時。


 鼓膜を揺らす轟音と共に、視界を塗り潰す白一色。馬車がひっくり返ったのかと思うような振動に、私は馬車の床を転がる。

 頭も打った気がするが、聴覚も視覚も痛覚も麻痺していて、どこが痛いのかすら、よく分からない。

 同時に、馬車を引いたまま全力疾走させられた馬の限界がきて、馬車は自然に速度を落とし、止まる。


「雷だ……」


 乗客の誰かが呟く。

 まだ眩む目を無理矢理に開いて馬車の外を見てみれば、地面に残った焦げ跡の側に盗賊たちが倒れていた。彼らが連れていた馬は同じように倒れているか、なんとか起き上がった馬はパニックになって逃げ出している。

 ついさっきまで馬車があった場所に刺さった火矢が、鏃に仕込まれた燃料に引火しているが何も燃やせてはいない。

 

(突然落ちた雷が、上手く盗賊だけを倒した……?)


 わっと歓声が上がる。女神に感謝して泣き崩れている女性がいた。彼女が抱きかかえる子供の泣き声すら今は歓喜の声に聞こえた。老人は呆然と「こんなことが……」と呟いている。


(そ、そんなことある??)


 私だってそう思っていたが、オズは同じ位置に座ったまま、相変わらずぼんやりと外を眺めているだけに見える。魔法を使っているような素振りはどこにも無かったが……。


 疲れ切ってしまった馬に水を飲ませ休憩させている御者に断って馬車を降りる。

 馬の回復を待つくらいならここから歩いた方が早いというオズの判断だ。去り際に振り返って見てみると、誰一人として怪我は無いようだった。「神が救ってくれたのだ」と天に感謝の祈りを捧げる人もいた。

 森に入っていく細道を行くリオンとオズの背中を追う。

 ここから先、舗装された道は無い。足場はあまり良くないが、降り出した雨でぬかるむ前に進んでしまうべきだろう。足は止めないまま、オズへ声を掛ける。


「あれ、オズの魔法ですか?」

 

「さあな」


 否定も肯定もしない、微妙な返事。リオンはやはり全て知っているように笑っていた。

 一度だけ肩越しにオズの視線が向いたと思ったら、その視線はすぐに前へと戻される。


 「すぐに落ちそうな雷があったから、あの場に誘導しただけだ」

 

(すぐに落ちそうな雷……!?)


 やたらと空を見ているなとは思ったが、雲の向こうでも透視していたというのか。そして罪人を罰する神のように、落雷を導いたとでもいうのか。


「そういう無茶苦茶なことが出来る奴のことを、俺の時代では大賢者と呼んだんだよ」


 少し誇るように、リオンは言う。

 驚きに思わず口を開けていると再び振り返ったオズと目が合う。その口角が僅かに上がる。


「頭は大丈夫か」

 

「頭?」

 

「転がった時に打っていたぞ」

 

(そういう時だけ、こっち見てなくていいから…!!)


 やっぱり頭を打っていたのか。雷の衝撃を間近に受けて訳が分からなくなっていたが確かに今自分の頭を触ると一ヶ所だけズキズキと痛むところがある。

 ずっと空を見ていると思った人がなぜそんな肝心なところだけこちらを見ているのか。酒で失敗した時といい、オズには特別ダサくて恥ずかしいところを見られている気がする。

 が――。


(笑った……)


 確かに、先程彼は私を見て、ほんの少しだが笑って見せたのだ。今までは敵意混じりの嘲笑のような笑みしか見たことが無かったが、あれは初めての笑顔と言っていいかもしれない。


(いや。だいぶ、吹き飛んだことを馬鹿にしていた気もするけど……)

 


お読みいただきありがとうございます。

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