第25話
ぐすぐすと、いつまでも止まらない涙を押し込めるために苦戦していて何も言葉にならない。
オズも沈黙したままだった。しばらくして、オズが長く息を吐き、薄く口を開く。
「――それで。お前はこの先どうする」
「え?」
ようやく涙が止まりかけた頃に訪れた、突然の、あまりに要領を得ない問いだった。
しかし問い返しても、珍しくそれを補う言葉が続かない。オズの方を見ても、どことなく気まずそうに視線を逸らされてしまう。
「……旅を続けてくれるのか、と聞いているんだよ」
代わりに答えたのはリオンだった。
彼はずっと先ほどの話を黙って聞いていた。否定も肯定もせず。ただ成り行きを見守るように。
リオンは自らの頬を指でなぞる。彫刻にヒビが入ったように、黒く割れる筋が刻まれた青白い頬を。
「俺もオズウェルも、こんなだろ。気味悪いと思うのは当然だ。だから怖くて離れたくなったかと心配になったんだ」
「ね?」とリオンはオズへ視線を向けるが、オズは黙ったままだ。小さな溜息だけが薄い唇から漏れる。
(否定は、しないんだ……?)
正直、判断は難しい。彼の場合、沈黙が肯定の場合もあれば、否定したいけれど答えるのが面倒なだけの場合もある。
表情からも、今は何も読み取れない。
いつの間にか手のひらに爪を食い込ませて強張らせた手を解いていく。
「……いいえ、怖くはない。だから旅を続けるわ。貴方と一緒に。こんな旅の最初で挫けるなんて絶対に嫌だし、貴方だって聖女の魔法や精霊に興味があるのでしょう。それに――」
言うべきか、迷って。でも言うのなら今しかないとオズを真っ直ぐに見つめて言う。
「オズ、貴方を見張らなきゃ。もう誰かを犠牲にして、不老の時を伸ばしたりなんてしないように。少なくとも、私といる間だけは、そうして欲しいの」
彼の一生を縛る理由なんて持ち合わせない。だからせめてこの旅の間だけでも。
この先彼が不老の生に戻ってしまうとして、一瞬でも私と居た時間を楽しいと思ってくれた記憶が残ればいいのにと、そんな身勝手な願いを抱いていた。
「またそれか」
「うぅ……」
パンパンに腫れた目に冷えたタオルを乗せる翌朝。
同じことをしたばかりな気もするが、なってしまったものは仕方ないのだ。
昨日はあの後リオンとオズの会話を聞きながら、いつの間にかソファで倒れるように眠ってしまったのだが、起きた時にはベッドにいた。そこまで運んでくれたのだろう。
(オズなのか、リオンなのか……)
どちらにせよまた迷惑を掛けてしまった。
彼らの間ではあの後も話は続いていたらしく、リオンは私が起きてすぐに旅に同行して良いかと訊ねてきた。
「え、……本当に良いの?」
快諾するとリオンが目を丸くする。断られると思っていたような反応だ。
彼は昨晩ああ言ったが、何度考えても私は彼らを不気味だとも、怖いとも思えなかった。
もちろん百年前に死んだはずの人と旅をするという、非現実さはあるけれど。
いつものように身支度の最後に十字架のネックレスを首に掛けようとして、ふと手を止める。
(慈愛の女神アレクシアよ。……私は罪を犯しました。神から授かった力の使い方を、誤ってしまいました)
(しかし、今はまだ止まれないのです。必ずこの力を正しく使うと、誓います。今は、先に進むことをお赦しください)
十字架を握り祈る。当然返答などあるはずもない。
元々信仰深い方では無かったが、死に戻るまでの一年で培われた祈りの習慣は中々抜けない。
リオンは、人のものではない肌を隠すために深くフードを被っていた。立襟で首元を覆い、目立つ傷口を隠している。そして背には一本の大剣を背負った。
旅支度を終えた姿を見てオズが短く訊ねる。
「お前、盾はどうした?」
リオンはフードの奥で懐かしむように目を細め、昔話でもするような口振りで答える。
「もう要らないんだよ。あれは俺の後ろで戦う、仲間を守るための盾だった」
彼らはもう居ないから。言外にそう告げる彼の背中は、どこか寂しそうに見えた。
テーブルの上に地図を開き、オズがその上に指を滑らせる。
「大精霊が居ると言われる地には古代の神殿が残っている。この国の神殿は街道をここまで下った後、川を越えて――この辺りだったはずだ。まずは馬車が使えるだろう」
「分かったわ」
気付かれてはいないだろうが、若干の緊張を言葉の端に宿す。
昨日は感情が高ぶったあまりいつの間にか敬語が外れてしまっていた。なんだかその勢いで今朝起きた後も直しそびれているのだが……。
(怒っては、いない。多分。……ってことはダメではない)
正直気付かれているかどうかも分からない。限りなく興味が無さそうだ。
オズに昨日の感情の振れ幅は今は欠片も見当たらず、もう見慣れた無表情で地図を読み直している。
彼が自らに掛けた魔法――と呼ぶにはあまりに残酷な、呪いにも近いそれ。
(いつ解けるんだろう)
私と一緒に来てくれるのは、聖女の魔法に対する興味ゆえ。あるいは同じ道を辿ったという、かの精霊師を追いかけるため。きっと私のためではない。
それでも一人でこの道を歩むよりはよほど良いと、気持ちを前向きに持って、私も支度を終えた。
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