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第24話


 オズの声に私は顔を上げる。

 オズは相変わらず他所を見ていた。まるで私と目を合わせたくないかのように。

 会話の内容に察しをつけているらしく、リオンは何も言わず、長い足を組み直していた。

 

 忘れるはずもないと、私は頷く。

 が、オズは馬鹿馬鹿しいとでも言うように、冷たい嘲笑を表情に貼り付ける。


「本当に不老の魔法なんてものがあると思うか。――いや、あるはずがない。そんなものがあるのなら、人間は今頃呑気に寿命など待ってはいない」


 あまりにも予想外の言葉に私は目を丸くする。上手く返事も出来ない。

 私たちに不老の魔法について語ってくれたのは、彼自身なのだから。

 だが彼は、そんなことは分かっているとでも言いたげに続ける。


「強大な魔法には相応のものが必要だ。それは術者の魔力。それでも足りないのであれば力に代わる媒体を用意する。装飾品や薬品で底上げするのも有効だ。では不老の魔法を使うため……人間の命を延ばすため、媒体には何が必要か」


 まさか。と思った。

 もちろん、思い付くだけなら誰でも出来るだろう。だが彼は天才だ。普通は出来ないとすぐに諦める魔法でも、作れてしまうだけの力がある。それがどんな邪法であろうと。


「差はあるが……人間一人の命でおよそ二年から三年。肉体の時を止める。それが僕の辿り着いた、不老の魔法だ。幸いあの森には未知を求めてやってくる冒険者や盗賊共がいた。何も困りはしない。お前達のように森で迷い彷徨っているところを捕まえるだけだ。最後に捕らえたのはおよそ十年前、冒険者の四人組。もうそろそろ魔法が切れる頃だ。……だが……」


 オズは一度言葉を区切り私を見る。

 その瞬間、不思議と何の違和感もなく納得することが出来た。


(そうか。あの時、オズは私とジルを捕まえるために隠れ家を出てきたのか。捕らえるより先に私の魔法に興味を示したから、生かされただけ)


 獲物と、それを狙った捕食者。そういう立ち位置だった人とこうして旅をして、同室で寝泊まりをしていた。何を知ることもなく。

 まだ実感も無かったが、現実はそういうことなのだろう。しかし、オズは私を殺せなくなった。私の扱う、聖女の力について興味があるから。だから。


「代わりを、捕まえようとしたんですね」


 強盗に入ろうとしていた、あの男性を殺さなかった理由。私のいる場所から離れた所まで移動した理由。

 それは捕食者が獲物を巣に持ち帰る行動だ。安全な場所でゆっくり獲物を食べるために。

 しかし、それだけではないはずだ。彼らしくないほど冷静を失った理由がまだあるはず。


(大聖堂にいた頃に、教わったことがある)


 本来は人の傷を治すための薬草でも、数種類を混ぜると治癒の効果ではなく毒に変わってしまうことがある。

 逆に毒を複数混ぜた結果、人を癒す薬になることがある。

 つまり、さっきの彼の言葉を借りるなら『媒体』を混ぜた時その効果は良くも悪くも変化して現れるはずだ。生身の人間なんていう、不安定な媒体であれば尚更。


「オズ、貴方は焦っていた。早く次の儀式を行わなければならないと」


 まるで知ったような口振りに、オズが僅かに不快そうな表情を滲ませて私を横目で睨む。緊張で手汗の滲む拳を握る。


(ほら、これだ)


 ジルによる多少の罵倒にも一切反応を示さなかったオズが、ここにきて頻繁に感情を滲ませることがあった。その理由は今となっては明白だ。


「貴方は、前回の儀式では四人を使った。その結果、また十年の不老を得た……。けれど、そうやって人の命を媒体として積み重ねてきた副作用があるはずよ。貴方は食事も睡眠も不要にしたと言った。でも、失ったのはそれだけじゃない。何かに触れた時、動く心も。食事をした時に感じるはずの味も。手を切った時の痛みも。全て、貴方は手放してしまったんじゃないの?」


 そして、それを失った彼は、それに執着しなかった。執着するための心がもう無かったからかもしれない。ゆえに取り戻すことなくここまできたのだ。

 けれど今になってその魔法は切れかけて、その感情が、心が、僅かに戻りかけた。だから、急いだ。


「そうでしょう。貴方は……恐怖したのよ。感情が戻ってしまうことに。感情なんて、あれば面倒だもの。怒れば手が震えるし、悲しいと涙が出るわ。怖い思いは、もう二度としたくないと思ってしまう。手放していたほうが心は楽だもの」

 

「知った口を――」


 そう口にしかけたオズが止まる。何かに驚いたように。

 止めたいと思っても、頬を伝ってしまう感情そのもの。感情の高ぶりによって溢れ出した面倒な涙は、それこそ彼が失った最たるもののはずだった。

 

 彼を咎めるような言葉しか出ない唇を一度噛む。

 私自身、なぜ泣いているのか分からない。今になって先程の恐怖や絶望がぶり返したのか。こんな気持ちも全て捨ててしまった彼を哀れにでも思ったのか。

 手で拭ってみても涙はまた後から溢れ、止まることは無かった。


「でもね、オズ。感情は……心は、面倒なことだけじゃないわ。手放せば、嬉しいことだって、美味しいものだって、全て感じられなくなってしまう。――それはとても悲しいことなの。貴方には綺麗事に聞こえるかもしれないけど……」

 

お読みいただきありがとうございます。

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