第22話
オレンジ色の照明が照らす、夜の部屋。
私とオズが座るソファからローテーブルを挟んだ先のソファに座る男性、勇者リオンへとそっと視線を向ける。
世の全てを嘲るように嗤う表情には、どこか拭いようのない疲労が隠れているような気がした。
「魔王の心臓。――それは予想外の効果を俺にもたらした。不死と言えば聞こえは良いけど、死ねなくなる。どれだけ空腹でも、例え処刑され首が切り落とされようと」
言いながらリオンは首を覆っていた襟を捲る。私は思わず悲鳴を上げかけ、慌てて口を押さえる。
その首には一度途切れ、それを無理矢理溶かして貼り付けたような、生々しい痕跡が残っていた。
「首と胴体を同じ穴に投げ入れてくれて助かったよ。で無ければ首が無いまま動き回っていたかもしれないからね。……とはいえ、すぐに復活とはいかなかったらしい。この姿で意識を取り戻したのはつい先日。お前の言葉が正しいなら百年は土の下で眠っていたことになる」
淡々と、笑い話にでもするようにリオンは語る。
そこにあったはずの痛みも苦しみも、全て過去にするように。
誰も何も言えないまま数秒が経ち、リオンは前触れ無く私へと視線を向けた。
「で、『それ』は?」
(それ呼ばわりだ……)
反論する気にもならない。彼が語った話に比べて、あまりに小さな問題だ。
思わず俯くと同時にオズが横で口を開く。
「聖女、と。今の時代ではそう呼ばれているらしいが、精霊師と同じ存在だ」
「ああ……『ナギ』だっけ?そういえば顔立ちや髪の色も似ている」
心臓が跳ねた。
(ナギ、それが精霊師の名前?私と同じ世界では珍しくない名前。似ている髪の色……)
肩から垂れ下がる黒い髪。学校の校則に従って、一度も染めたことはない。
(もしかして、同じ世界から来た?)
突飛な発想かもしれない。色んな世界があるのなら、名前や髪の色が必ずしも同じ故郷を指すとは限らない。けれど、どうしてかそんな気がして、オズの方を見る。けれど彼の視線が私へと向くことはなかった。
「奴はどうしてる?」
そう問いかけるリオンに、オズは沈黙するばかりだった。
「ふうん」と、リオンはあまり興味の無さそうな声を漏らすだけだった。その話題を掘り下げる気は無さそうだ。
「わ、私……そろそろ休みますね……!」
なんだか、聞いてはいけない話題が続く気がした。
早鐘を打つ心臓のせいだろうか、そのままそこに居てはいけない気がして立ち上り、逃げるように踵を返す。
その後は入浴を済ませ、一人ベッドに入る。
二人がいるソファと部屋は繋がっているが、衝立があるおかげで二人の会話は届かない。
どちらの気遣いかは分からないが、部屋の照明は落とされていた。今は窓から月明かりが差し込むばかりで薄暗い。
何気なく目を向けるもう一つのベッドには誰の姿もない。
(オズはもちろん、リオンさんも眠らなくていい体なんだろうか。……なんだか非現実すぎる人たちと一緒にいるな)
魔法の世界で今更だが。
一度考え始めるとあれこれ気になってしまいそうで、今は無理矢理に瞼を閉ざす。
ほどなく眠りは訪れた。
(…………?)
ふと。眠ったはずの意識が浮上しかける。
何か音が聞こえたような気がしたが、気のせいだっただろうか。夢を見て寝ぼけていたのだろうか。
そう微睡みの中で再び意識を手放しかけた時。
(……いや、聞こえる……)
重い何かが床を打ったような音だった。
体を起こすと、先程と変わらず開きっぱなしのカーテンから月明かりが差し込んでいた。
ベッドから抜け出すと、ソファにリオン一人の姿があるのが見えた。無意識に、僅かばかり身を強張らせる。
彼も当然私に気付いているのだろう。小さく嗤う。
「はは、俺が怖いんだ。聖女レイア」
「そういうわけでは……」
無意識とはいえ、しっかりと警戒を示してしまった後では苦しい言い訳だった。
正直、少し怖い。彼の瞳はこの世の全てを恨んでいるかのように、とても昏い。何にも興味が無い、何も映していないようなオズの瞳とも違う。
リオンがゆっくり立ち上がる。思わずオズの姿を探して辺りを見回すが、どこにも見当たらない。
「オズウェルならいないよ」
「……どうして、ですか」
「どうしてだと思う?」
問い掛けても、望む答えは返らない。
あのオズが、一人で買い物や散歩に出たとは考えにくい。だが事実、彼は今ここに居ない。
外に探しに行きたいけれど、リオンはそれを止めようとしている。そう思った。
事実、彼の足は一歩、また一歩と私に歩み寄ってきている。思わず私も同じだけ後ろへ下がり距離を取ろうとするが、すぐに背中が壁に当たってしまう。
ほぼ同時に私の傍らへとリオンの片手が添えられる。私をそこから逃がすまいとするように、ほぼ真上から私を見下ろす影が視界を遮った。
「何を……!」
「何もしないさ。君を傷付けるなと、オズウェルから釘を刺されている」
牽制するようにリオンを睨むが、そんなもので怖がってもらえるとは思っていない。
間近に迫った彼の表情は、笑みの形を作ってはいてもどこか空虚で。言葉通りそこに私への害意は見て取れなかった。だが、一方で彼の腕は明確に私を阻害しようとしている。
「大人しく……ベッドに戻りなよ、聖女様」
促すように彼が言う。
まるでその背に何かを隠し、私に見せまいとするように。
(まさか、オズに何かあったの……?)
彼は大賢者だ。私に心配されるようなことは何も無い。
そのはずだが、一度過ってしまった嫌な予感は胸から離れない。
一瞬の間を空け、リオンの腕を力いっぱいに突き飛ばす。
「あ、ちょっと」
ほんの少しだけ驚くような声。
何故かは分からないが、彼はオズと交わしたという「傷付けない」という約束を守ろうとしている。今だって、私の腕を無理に掴もうと思えば出来たはずなのに、それはしなかった。
リオンとの距離が離れた一瞬で私は駆け出す。
追ってくる足音は聞こえない。
勢いのまま外に続く扉を開ける。
「あーあ……ごめんね、オズウェル」
そう呟く静かな声は、私の背中には届かなかった。
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