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第21話


 夜になり、街中の店が照明の魔道具を店先に掲げ、街は昼間とは違う明るさに包まれる。まるで提灯が頭上を覆うお祭りのようで見ているだけで楽しかったが、この街は毎晩こうなのだと言う。

 そんな街並みを、行き交う人々を、宿の一階の酒場の窓から眺めていた。酒場もほぼ満席で騒がしいほどに賑わっている。

 

 そんな酒場の端のテーブルで私とオズは食事をしていた。今日は――いやもう今後は、お酒を注文しないと決めた。


「みんな楽しそうですね、オズさん」


 返答は無く、独り言に終わる。相変わらず彼に悪気は無い。ただ返答するほどの興味すら無いだけだ。本来食事を必要としない彼が、騒々しい酒場での食事に付き合ってくれているだけで贅沢な話だ。

 

 気にしないように食事を口に運ぶ。やはり港町だからか魚料理がメニューの大半を占めていて、注文したどれもが本当に美味しかった。

 オズは相変わらず食事に対して一切の反応をしない。色んなことに無関心ではあるが、食事に関しては一層だ。


(ジルも、研究職の人は食事に興味が無い人が多いと言っていた。……そういうことなのかな。こんなに美味しいのに)


 別に食事に対する楽しみを押し付けたいわけではない。ただそれを分かち合えたら、それはきっと幸せなことだと思えた。


 

 お腹を満たした後は少し夜の街を歩く。

 同じように行き交う人と肩がぶつかるほどではないが、それでも賑わっている、そんな混み具合だ。

 オズは宿屋に戻るかと思ったが、街を見てくると言った私についてきてくれる。


(心配されていると思ってしまうのは思い上がりなんだろうか)


 きっとこの夜の散歩は、オズになんの利益ももたらさない。

 それでも一緒に歩いてくれるのは、私のことを心配してくれているのでは……と思えてしまう。あの死ぬほど苦い試験紙を無理矢理口に押し込まれた時や、治癒魔法を連続で使わされた時は、私のことを思いやっているわけではないと思ってしまったけれど。


(一体、どっちなんだろう……)


 優しいのか、身勝手なのか。どちらも彼のものなのか。

 何気なく隣を歩くオズを見上げる。相変わらず何にも興味無さそうな横顔が、頭上から注ぐ照明の明かりを受けて端正に映る。

 話題も見付からないまま、彼の名前を口にしかけた、その時。


「オズウェル・ディ・アーヴァレスト」


 低い声が、周囲の喧騒を縫うように届いた。

 オズが素早く視線をそちらに向け、私もそれを追って振り返る。

 そこには分厚いローブに身を隠し、フードを深く被って顔を隠した男性が立っていた。


 突然立ち止まった私たちを、迷惑そうに避けていく人波。

 見上げればオズは、恐らく私が見ている中で初めてのはっきりした感情を浮かべていた。

 そこに在ってはならないものを見付けたような、驚き。

 そして口を開く。


「――リオン・グランヴェル、か」




 

 流れのまま、見知らぬ男性を連れ帰った宿の部屋で、私はあんぐりと口を開けていた。

 開いた口が閉まらないとはこのことだ。男性が語る言葉の一つ一つに頭が追いつかない。が、彼は私の納得を待たずに語り続ける。


「そう、勇者パーティと呼ばれた俺達四人は魔王を倒した。世界は大厄災に見舞われていたけれど、魔王討伐の報告は上げなければならない。そして聖都に戻り……そこで首を落とされた」

 

「……そうか。勇者リオンは、帰還していたか」


 百年前の時代を生きた大賢者と、魔王を倒した勇者とが語り合う。

 その横で、あまりに場違いな私は口を挟むことが出来ないまま、ソファの片隅で固まっている。


(大聖堂で教わった内容と違う。勇者は魔王と相打ちになった、だから帰ってこなかった。そう教えられた)


 だが本人の口から出てきた事実は違う。

 淡々と語る勇者は嘲笑を浮かべ、オズを見遣る。


「まさか俺だけではなく、大賢者までも処刑されていたとはね。お前一人を除いて」

 

「…………」


 勇者リオンは、私の想像していた勇者とは違う風貌だった。

 黒く錆びた鎧に身を包み、同じように錆びた剣を携える。その肌は血が通っていないのかと思うほど青白く、何よりヒビが入り割れる寸前のガラスのように、黒い筋が差している箇所すらあった。


「まだ話すべきことがあるだろう。その姿は何だ。何故お前もこの時代に生きている」


 オズは問う。

 そう、勇者は処刑されたと言った。しかし彼は今ここにいる。席を立つことすら憚られる私は、黙って耳を傾けていた。

 勇者リオンは少しの間沈黙し、そして口を開く。

 

「魔王の心臓を食った」

 

「……何?」


 思わず耳を疑う。

 オズもまた、理解出来なかったとでも言うように短く問い返す。が、リオンは嗤うように小さく鼻を鳴らすのみだ。


「魔王を殺せば灰となって消える。だがその前に――動けなくなった魔王の首を落とす前に、俺は心臓を食った」


 『何故』――そう問うような空気だけが漂う。勇者は記憶を辿るように瞼を伏せ、しかしすぐに、瞳に憎悪の感情を宿して瞼を開いた。


「魔王城に程近い村で、そこの住人は俺達を歓迎した。だが、奴等は既に魔族の支配下にあったんだ。命令されるまま、村人は俺達の食事に毒を盛った。幸いすぐに気付き、死ぬことは無かったが……這うように街を出て、必死に解毒草を噛んでは吐いた。俺達は此処で死ぬのだと、本気で覚悟した程だ。――それ以降は何も食えていない」


「魔王城に近い土地に、野生の獣は居ない。魔族や魔獣も殺せば灰になる。濃い瘴気のせいで、植物は全て毒を持っている。俺達は飢えていた。我ながら、そんな状態でよく魔王など倒せたものだよ。その戦いの直後、仲間を失い、最後に立っていた俺を支配したもの。それも飢えだ」


「仲間を失った悲しみでも、世界を救った歓喜でもない。ただ空腹だった。目の前に、死にきれず倒れている魔王がそこに居た。それだけの話」


(――なんてこと……)


 話に聞いた、世界を救った勇者。そんな輝かしい話とは全く異なる、あまりに暗い戦いがそこにあった。

 

「心臓を取り出し、食った瞬間、魔王は絶叫した。何度体を刻んでも吠えなかった奴が、突然だ。きっと心臓こそが奴の本体だったんだろう。それを奪われた時に上げた咆哮が、すさまじい魔力を伴って件の大厄災を引き起こした」


 隣に座るオズの指先が僅かに揺れたのを、視界の端に見付けた。


「じゃあ、大賢者が処刑された理由は……」


 私は思わず呟いていた。リオンは悪びれるでもなく、くつくつと喉奥で笑いを噛み殺し、問う。


「俺を恨んでいる?オズウェル」

 

「……終わった話だ」


 オズは、ただ短く答えた。

 

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