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第20話


「気持ちよすぎる……!」


 足を伸ばして入れる浴槽は、いつだって疲れを取り去ってくれる。

 この先は野宿も多くあるはずだとオズは言っていた。今のうちに堪能しておかなくては。

 海に出る前に買った寝袋があるので野宿も前よりはマシなものになるだろうが、こんな浴槽は望めない。……いや、望めばオズが用意してくれるかもしれないが、そんなワガママを言うために共に旅をしているわけではないのだ。


 髪と体を洗い終え、宿の備え付けのバスローブや浴衣にも近い軽装を借り浴室を出る。髪をタオルで拭きながら部屋を見回すとオズは部屋に入った時と変わらずソファに座っていた。


「レイア」


 珍しく名前を呼ばれる。視線で呼ばれ、素直にソファへ歩み寄る。

 普段は革の手袋に覆われていたはずの指先は今はさらけ出されており、それが指すままに彼の隣へと腰を下ろす。


「お前はどれくらいその魔法を使えるんだ。聖女の魔法と呼ばれるそれを」

 

「えっと、光を放つのは数分間続けられるくらいまで訓練しました。傷を治すのは、まだすぐに疲れちゃうんですけど」


 聖女の魔法と呼ばれるものは大きく分けて二つ。光を放つこと、傷を治癒すること。どちらも聖女にしか使えないと教えられた、大聖堂での訓練の時間を思い出す。

 と、記憶を巡らせる最中、視界の端に銀色が映ったと思った頃には、オズが取り出した小さなナイフが彼の手のひらを裂いていた。容赦なくそこから赤い血が溢れ出す。


「オズ……っ!」

 

「やってみろ」


 短い命令。私に魔法を使わせるための自傷だとは分かりつつ、彼の服を汚していく赤色に急かされるように傷口に手を当てる。

 自分の指先へ、そして彼の傷口へと魔力を順に注いでいけば血は止まり、拭われた血の向こうにあるはずの傷は消えていた。

 反動で視界が揺れるような目眩が襲う。


「……っ」


 気怠くなる体を庇うように肩をソファに預け、もたれかかる。しかし。


「もう一度だ」


 言うが早いか、オズは再び自分の皮膚を裂く。

 なぜ、と問いたかったが魔法を使いながら喋るほどの余裕はまだない。

 

 慌てて先程のように手を伸ばし、魔力を指先に集め、傷口へと送る。自分の生命力とでも言うのか、自分を生かす力が比例して削られていくような感覚。

 二度目の治癒を終えた頃には呼吸も乱れ、あまりの目眩と疲労感に体を支えることも出来ず掴んだままのオズの腕に向けて倒れてしまう。が、その腕が上体を支えてくれる。

 全力で走った後のような息苦しさに、肩で息をする。その頭上からは温度の無い声が降る。


「――この程度か」

 

「……!」


 明確な落胆だった。思わず心臓がぎゅっと縮む感覚に襲われる。

 大聖堂で訓練していた頃も、常に自分で思っていた。この程度しか出来ないのかと。なぜもっと上手に出来ないのかと。

 もしかすると私に魔法を教えてくれていた人達だって思っていたかもしれないそれを、初めて他人の言葉として聞き、まるでその声が心臓に刺さったようだった。


 ぐっと腕に力を込め、自分の体を起こす。

 お湯を浴びたばかりの首筋にもう汗が伝う。しかしこの心臓の痛みは、絶望じゃない。そう感じていた。

 だって私の目の前にいるのは、ただの家庭教師じゃない。かの大賢者、オズだ。


「これから定期的にお前の魔法の訓練をする。いいな」

 

「……そう、言ってくれると、思っていました」


 まだ調子の整わない息を無理矢理に整えながら口角を上げて笑う。

 魔法を使いこなせるようになるのは、この世界に来てからというもの私の一番の目標だった。今は精霊の力を求め旅を始めたが、それにだって魔法の力が必要になるはずだ。

 精霊に出会えたとして、認めてもらえなければ意味はないのだ。


 そして、その後。


「違う。魔力とは、こうしてもっと繊細に扱うものだ。お前のは、こうだ」

 

「痛い痛い痛い!!」


 私の悲鳴が部屋に響いていた。

 繋いだ手から送られる、オズの魔力。

 最初は絹で撫でられているかのように優しく、今度はヤスリで神経を削られるように。指先から肘まで痺れるような痛みが襲い、思わずソファの上で足をバタつかせながら痛みに耐える。


「そんな魔力で、もし今にも死にそうな深手を負った者に触れてみろ。救うどころかトドメの一撃だ」

 

「うぅ……」


 曰く、薄い傷なら今は治せるが今後深い傷を治そうとした場合は、より深い神経に魔力で触れることになる。その時に今の私が扱うような乱暴な魔力を注いでは逆効果になってしまうのだという。

 それに、私が治癒魔法を使うとすぐ疲れてしまう理由もそこにあるだろうと言っていた。


(ダムから一気に、ムダに水を抜いているような感じなんだ。だからすぐにバテちゃう。もっと静かに、少しずつ抜いていかないと……)


 とはいえ息を止めてそれこそ針に糸を通すような慎重さで挑んでも「まだ荒い」と言われるばかりだった。私の汗でびしょびしょになった互いの手を離し、代わりにオズは彼の持つ小さなポーチ――これも魔法で中を拡張してあるものだ――から一つの玉を取り出す。

 それは一見透明な水晶のようで、受け取った指にひんやりとした温度が伝わる。


「それは受けた魔力をそのまま弾き返す物だ。その玉に魔力を注いで指が痛むようなら、それは雑すぎる。少なくとも痛みが無くなるまでは、それで一人訓練をしろ。……それと」


 オズは先程の自傷で汚れた服に手を翳す。するとそこに染み付いていた赤色はほどけるように消えていく。そんな作業をしながらオズはきっぱりと口にする。


「その訓練が終わるまで聖女の魔法は使うな。消耗に対して効果が見合っていなさすぎる。あんな傷を治す程度で一々倒れていては話にならない」

 

「…………はい」


 オズの言う通りだった。

 前向きになろうと努め、それでも落ち込んでしまう気分を何とか戻そうと。ついでにまた汗だくになってしまった体を流そうとバスルームに戻る。

 うっかり先ほどの水晶を持ってきてしまったことに気付き、浴槽に浸かってから試すように両手の指先で挟むように水晶を持つ。そしてそこへ魔力を流し込み――


「痛っ!!」


 また指から肘までの神経をヤスリで削られるような痛みが走り、思わず水晶を落としてしまう。

 湯の中に落ちた水晶には明らかに気落ちしている私の顔が映っていた。



お読みいただきありがとうございます。

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