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第19話


「海だー!」


 思わず叫ぶ。

 船の甲板は潮の香りに満ちていた。まだ幼い日に家族と共に海へやってきて遊んだ日の記憶が蘇る。

 風で暴れる髪を押さえつつ、どこまでも続く海面に目を輝かせていると、やがてのんびりとした足取りでオズがやってくる。

 客室に籠ってしまいそうなオズを、私が半ば強引に甲板へと誘ったのだった。


「オズさん、海ですよ!」

 

「見えている」

 

「すごいなぁ、久々に見ました!私ずっと海無し県に住んでいたので、子供の頃見て以来なんですよ!」

 

「……ウミナシケン……?」


 海無し県っていうのは、と説明しかけて、ふと風の音の向こうでポロンと響いた弦の音に、思わず振り返る。

 そこには陽光を浴びて白く輝く長い髪を優雅に風に靡かせ、小さな竪琴を爪弾く旅人の姿があった。その表情は大きなつばのある帽子に隠れて分からない。その青年は風の中でもよく通る澄んだ声で詠う。


『潮風よ、蒼き世界の果てを渡れ

砕けた星の欠片を、その波間に隠して

風は語る、名も失くした誰かの願いを

波は歌う、還る場所を探し続けた者達の物語を』


(ぎ、吟遊詩人だ!本当にいるんだ!)


 今まで魔法だって散々見てきたというのに、この不思議な世界への高鳴りには未だ慣れない。

 絵に描いたような吟遊詩人が目の前に現れて思わず躍る胸を抑える。

 風に吹かれる度にボサボサになる私の髪とは違い、その白い絹のような美しい髪は川の上を滑るように風に舞っていた。詠い終えた吟遊詩人が顔を上げるととんがり帽子の向こうから端正な顔立ちが現れる。


 今までこの世界で誰かに出会うたび美しいと思ってきたものだが、そんな私の目を持ってしても芸術的な彫刻が動き出したのかと混乱するほど、美しい顔をした青年だった。

 一点の曇りも無い真っ白な肌と長い睫毛。竪琴を奏でた細長い指。私が纏うような、どこにでもある旅人の服を纏っているのに、それすらも神聖な衣に見えてくるようだった。

 ――と見惚れていると、その青年がこちらを見る。そしてぱぁっと、その美しい容姿よりも幾分幼く見える笑みを咲かせて歩み寄ってくる。


(うわ、うわ!こっち来た…!街中で芸能人に会ったみたいな気分だ!)


 例えがちょっとおかしいかもしれないけれど、まさにこんな気分だった。太陽を背負ったように輝かしい。ちらりとオズを見上げてみれば彼もまた劣らない整った顔立ちで、その吟遊詩人を見ていた。

 ――但し、いつもの興味無さそうな表情ではなく、珍しいものを見たような驚きをほんの少しばかり滲ませて。


(……オズさん?)


 私からしてみれば、あまりに珍しい表情だった。普段は全く感情を顕にしない彼の、些細な変化。

 オズの視線を追ってもう一度吟遊詩人へと目を移すと、彼はオズに向けてパチリとウインクをしていた。神秘的な容姿を持つ彼は、たいぶファンサが厚いようだ。

 彼は次に私へと視線を落とし恭しく一礼する。今度はまるで舞台に立った俳優のような優雅さだ。


「聴いてくれて、どうもありがとう。旅人の二人が困難に見舞われず、目指す地へ辿り着けますよう」

 

「えっ!あ、ありがとうございます!」


 吟遊詩人なりの挨拶なのだろうか、どう答えていいのか分からずつられたように頭を下げる。オズは何も言わなかった。彼も吟遊詩人の容姿に見惚れてしまったのかと最初は思ったが、今はもう興味を無くしたように海の向こうを見ていた。


「では、また会う日まで」


 そう言って、長い髪を靡かせながら吟遊詩人は背を向けて歩き出し、船室に繋がる階段を下っていく。

 また、の言葉に首を傾げはしたもののきっとそれも挨拶の一部なのだろうと勝手に納得し、オズと同じ方向を向くように体を反転させる。


「綺麗な人でしたね」

 

「そうだろうな」

 

(……そう、だろうな……?)


 相変わらず質問と彼の返答とが噛み合わない時がある。肯定でも否定でもなく、どこか他人事な返事だ。

 それ以降の話題はあまり見付からず幾つかの小さいやり取りだけをして過ごした後、一晩を船室で過ごし、ようやく辿り着いた。

 聖都アレクシアから海を超えた先。

 そこは東の都。蒼き水脈の国「ネフラディア」。


 「わぁぁぁあ……!」


 思わず歓声を上げる。それは船から一緒に降りた他の乗客の数人も同様だった。

 白い石造りの壁に青い屋根。見回す建物のどれもがそうだった。

 足元を見れば白く塗られた石の床に青いガラスが色んな形に砕かれて埋め込まれている。白い壁や地面が太陽の光を反射して思わず目が眩みそうになる。

 

 異世界の中でもまた違う世界に迷い込んでしまったようだ。

 この一帯は港町ということもあり観光事業に力を入れているのだろう。観光に来た客の心を掴むには十分だった。土産屋も多く、その街は人で賑わっていた。


「素敵な街ですね!」

 

「………………」


 見上げればオズはいつもよりも輪をかけて表情が無かった。少しげんなりしてさえ見える。

私はすぐにその理由に思い当たる。

 彼は百年間も薄暗い、陽の差さない森に隠れ住んでいたのだ。


(日差しに参っちゃってる……!)


 慌てて宿を取る。安い部屋は既に満室のようで、値段が張る部屋に通される。

 ジルから貰ったお金をあまり減らしたくはないがここは仕方ない。まだまだ強く太陽が照らす時間だ。こんな中をうろうろと、安い部屋を探して彷徨うのは酷だろう。


 案内された先は受付のある建物から少しばかり外を歩いた先の、他の客室からは独立したコテージ風の部屋だった。来る途中に他にもいくつか同じような離れの客室が見えた。

 

 内装にもこだわっているのが見て取れる部屋はやはり白い壁に白い板張りの床だった。

 壁には青を基調にしたタペストリーが掛けられている。ダブルベッドが二つに、広めのテーブル。三人が腰掛けられそうなソファに、浴槽付きのバスルーム。さすがにお値段だけあって豪華だ。

 が、それに感動するよりも先に、美しい街並みを主張するように開かれた窓にカーテンを引く。部屋は太陽の光が届かなくなって、照明だけが照らす少しばかり落ち着いた明るさになった。


「これでよし!」

 

「お前は僕をヴァンパイアか何かだと思っているのか」


 呆れたような呟きが背後から聞こえる。振り返ればオズがソファに腰掛けていた。顔色は先程と変わらないが言葉が出てくるだけ具合はマシなのだろう。


「ヴァンパイアってアレですか?人の血を吸う夜行性の吸血鬼で、心臓を貫かれるか太陽に当たると死んじゃうっていう」

 

「吸血行動により魔力を増加させていく性質のある、魔族の一種だ。正しくは太陽の光では死にはしない。が、極端に衰弱する」

 

「そして、ニンニクが苦手?」

 

「……お前の世界の常識はたいぶ狂っているようだ」

 

(あっ、この設定はこっちの世界のオリジナルなんだ)


 確かに、吸血鬼がニンニクを嫌うとされている理由はよく分からない。何かの映画でそんな設定でもあったのだろうか?

 ともかく吸血鬼とはいかずとも彼が太陽光に不慣れなのは一目瞭然だった。


(日傘とかは……嫌がるだろうなぁ)


 

お読みいただきありがとうございます。

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