第18話
(……一体、何だっていうんだ)
僕はレイアを抱えて、借りている部屋へと戻っていた。
腕の中にはべそべそと涙で顔を濡らし、たまに何か寝言を漏らしながら眠ってしまっているレイアがいる。
酒場で突然「一緒に飲みましょう」だの言い出したと思ったら、料理が届くよりも早く机に突っ伏して潰れてしまっていた。酒の一杯すら飲み干せない体でなぜそんな無謀な行動を起こしたのか。
(ジル・バレッド。大方奴が吹き込んだのだろう。この女を使って僕に探りでも入れるつもりか。残念だが早々に失敗したな。……あるいはお前が探りたいことでもあるのか、レイア)
――まあ、あるだろうな。そう結論付けるのに時間は要らない。
放り投げるようにレイアをベッドに降ろし、何気なく窓の外へと視線を向ける。
街の明かりに負けて星は見えないが、月だけは暗い空に浮かんでいる。何年ぶりだろうか、人の街をこの目に映すのは。いつの世も気安く見下してくる月を、こうして見上げるのは。
予想通り、何の感慨もない。
「……ジル、ぅ……」
眠るレイアが呟く。
そういえば酒場で眠る前にも、ジルがいないだのと酒の入った木杯を握り締めて泣きじゃくっていた。
(どんな関係かは知らないが、ジルは常にレイアを気に掛け、時に彼女のために激昂していた。レイアもジルが居なくなった途端にこうだ。だが――)
「この世界から消えようとしている、お前がか」
嘲るように言葉を落とす。返答はない。それはそうだ、酔い潰れ眠る人間に話しかけることほど馬鹿馬鹿しいこともない。
部屋に戻りいくらか過ぎた頃、酒場の店員が料理を部屋まで持ってきた。早々に潰れたレイアを見て「後で持っていきますよ」と笑っていた、彼女なりの気遣いだろう。
まだ湯気を立たせる料理を試すように一口分だけ口に含み、それを飲み込むために木杯の中の酒を煽る。しかし、やはり。
「――味は、しないな」
(あ、ありえない……!!)
翌朝。
私は鏡が備え付けられたバスルームであんぐりと口を開けていた。
泣き腫らした目はパンパンで、顔は涙と鼻水まみれ、更にそれが乾いてカピカピになった状態で起きたのだ。
(どういうこと!?一体何が!?)
昨日は確かオズにお酒を飲ませようと思って。
この世界では未成年も飲酒していいのかとオズに質問してみたら、そんな法は無いというので、私も飲んでみて……その後は?
オズと会話をしたっけ?していない?
(ヤバい、何も覚えていない……!私何か変なことしてないよね?こんな顔を見られただけでもう十分だよ……!)
朝起きるとオズは部屋にいた。部屋に備え付けの本を静かに読んでいるだけだった。
私を一瞥するだけで何も言わなかったけれど、今思えば私のこの汚すぎる顔にドン引きしていた可能性はある。
しかも彼を酒で潰して情報収集しようだなんて、今思うと完全に気の迷いだった企みがあったせいで、なんとなく後ろ暗い。向けられる視線すら、責められている気さえしてしまう。
(気付いてるかな。その上、部屋まで運ばせたってことだよね。うぅ、消えたい……)
冷水で濡らしたタオルを目に当てる。少しでも腫れが引くように。何度目かのため息を吐く。その理由はほぼ自己嫌悪だ。それにしても――。
「なんで、泣いたんだろう」
朝から何度めかのオズへの謝罪を終えて、今は部屋で旅支度をしていた。
私の荷物は先程街で買ったウエストポーチのような腰掛けバッグ一つ。なんとオズがそのバッグにたくさんの荷物が入るよう、魔法で改造をしてくれたのだ。なんと寝袋まで入ってしまう代物だ。
(そういえば私の世界にもいたな……そういう不思議なポケットを持ったキャラクターが)
荷物は少ない方がもちろん良い。
旅に強い革ブーツを履き、砂埃から身を守るマントのようなローブを羽織り、新しいバッグも腰に掛けて私の旅支度は終了だ。ブーツとローブは初めてジルに会った時に買ってもらったものだが、本当に動きやすくて重宝している。
一方のオズはゲームやマンガの中でよく魔術師が入っているような全身を覆う暗い色のローブに、銀の装飾がたくさんついている。
中には魔石を嵌め込んだものまで。そのどれもに繊細な彫刻が刻まれていた。
黒い革のグローブを嵌めて旅支度を完了させるオズに私は問いかける。
「オズ、その装飾は何か意味があるんですか?」
今はもう無い彼の自室を見る限り、高確率で、彼はそんなに几帳面な方ではない。そんな彼が細かい装飾品を重ねて身に着ける理由が気になった。
横目で私を見たオズは、自身の纏う銀色に目を移しながら口を開く。
「ある。銀は魔力を増幅させる性質がある。この魔石もそうだ。……そして金は女神の加護を宿すと言われている。お前が大聖堂に居た頃に着た服もそうだったはずだ」
「確かに……そうでした」
(結構重要アイテムだ!確かに聖服は白い生地に金の糸を縫い込んであったし、そこに金のアクセサリーを重ねて着けていたな)
ただ豪華で神聖に見えるからではなかったのかと納得しながら頷く。
先程気が付いたのだが、たまに私から知識を求めた時は大抵オズは答えてくれて、彼の心情や感想を求めた時は返答が無いときが多い。
無関心な事柄に関して口を開くのは面倒なのかもしれないが、情報のやり取りは実にスムーズだった。
今もテーブルの上に世界地図を開きながら指を差していくオズは、どちらかといえば饒舌だ。
「大精霊の住むという魔力の濃い土地は丁度聖都アレクシアを中心に、東西南北に散っている。南に地の大精霊、東に水、西に火。北に風の大精霊が居るという。だが北の地は魔族の沸く瘴気も濃い。後回しにした方が良いだろう。この街から最も近いのは、東か」
その一言で、行き先は東の国に決まった。丁度この街からすぐの港から船に乗れば、東に海を渡った先にある国の港へと辿り着ける。
そこからぐるりと南、西へと移動し最終的に北を目指す。
かつて同じように各国を巡ったという、精霊師の足跡を追って。
―第2章 完―
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