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第16話


「ありがとうございます、オズ!」


 心からの感謝を伝える。

 私は今、リビングに現れたキッチンで鍋を前に立っていた。干し肉ばかりで、そろそろちゃんとしたご飯が食べたかったのだ。魔法でオズが増設してくれたキッチン。オズが用意してくれた新鮮な食材。

 それらを使って好物のシチューを作り終えたところだ。


 テーブルの上に三人分の食器を並べていく。

 ほかほかの湯気が立ち上がるシチューに、適度な厚さに切ったバゲット。デザートに皮を剥いたリンゴを添えて。死の森と呼ばれるこんな場所で、シチューを囲んで食事をしていると誰が想像出来るだろうか。

 

 初め、オズは食事を断っていた。不老の魔法の効果で睡眠や食事を必要としない体になっていると説明していた。だが、食事をしてはいけない体になったわけではない。ならばと、半ば強引に私が食事の席につかせたのだ。


「慈愛の女神アレクシアよ。我らに恵みを与えし御心へ、祈りと感謝を捧げます」


 目を伏せて、食事前のお祈りをする。死に戻る前の一年の間ですっかり癖になってしまっていた。大聖堂から逃げ出し、聖堂での祈りも出来なくなった身だが、女神はきっと見守っていてくれる。そんな気がしていた。


「聖女サマ直々のお祈りか。ご利益がありそうだ。……おっ、美味い!」

 

 挨拶が終わるとジルはすぐにバゲットを手に取って、シチューに浸して食べ始める。

 シチューは誰が作っても大抵美味しく出来上がる魔法の料理だが、それでも褒められると嬉しくなる。オズもスプーンを手に取り、ゆっくりとシチューを口に運び始める。

 が、眉一つ動かさずに淡々と食事を進めているだけだった。


(もしかして、シチューは嫌いだった……?)


 そう心配になるほどに。

 食事の合間にリンゴを齧ったジルが不意にオズの方へと視線を投げる。


「そういやオズ。この食料、どこに保管してあったんだ?俺がうろついた時は食材の保管庫なんか見当たらなかったぜ」

 

(確かに……)


 ジルは暇潰しにこの家のありとあらゆる扉を開けて回っていたが、食料に関する話は何も出てきていなかった。

 オズは音も無くシチューを啜りながら答える。


「転送魔法で街の市場から持ってきた」


 瞬間、ジルは頬張っていたリンゴを吹き出しかける。私も飲み込む寸前だったバゲットが喉に詰まり掛けて慌てていた。それを無理矢理に飲み込んで大急ぎで口を開く。


「ぬ、ぬ、盗んだってことですか……!?」

 

「待て待て、転送魔法だって!?」


 ジルと声が被る。内容は全然別の話だった。

 顔を青くする私とは裏腹に、ジルは興奮で頬が赤い。


 「転送魔法って言ったら古の魔法の一つだぞ……!?今の時代にはもう誰も使えないと言われている、失われた魔法の一つだ!」

 

「そうだ」

 

「そうだ、じゃないんだって!ちょ、もっかいやってくれよ、そうだな。チーズとか持ってきてくれ」

 

「ダメよ、ジル!お金を払っていないのよ!」


 さも当然のように答えるオズ。ジルは魔法のおかわりをねだっていたが、私はそれを慌てて引き止める。

 オズは「持ってきた」と言ったが、それはただ市場の店先から物を盗んでいるだけだ。その食材に関しては知らずにもう食べてしまったとはいえ、これ以上は認められない。

 そう焦る私をよそに、魔法に関するオズとジルの会話は続く。


「但し、古の魔法『そのもの』ではない。僕が作った、似て非なるものだ。古の魔法では人も運べたというが、この魔法陣では生物を移動させることは出来ない。一度分解し、再構築しているがゆえ、分解の過程で生物は死ぬ」

 

「待て、今メモ取るから……!」

 

「そんなことより、お代……どうしよう……!」


 そんなやり取りをしながら、結局。

 ジルが持っているお金を多めに転送魔法でお店に送る代わりに食材をいただく、ということになった。無断ではあるがこれなら盗みにはならない……はずだ。ギリギリ。

 先程食材を盗んできた――いや、持ってきた店にも、忘れず硬貨を送ってもらう。


 オズはそんな雑用を終えたばかりの魔法陣を消し、ジルはその横で必死に手帳にペンを走らせている。

 情報という形の無いものを商品にする彼にとって、もう消えたはずの魔法をその目で見られたことはすごい価値なのかもしれない。何せ存在しないと言われていたものが目の前にあったのだ。

 自宅の庭から埋蔵金が発掘されたようなものかもしれない。


 とにかくそうして食事を終えた頃には昼になっていた。

 私たちはこの後オズの隠れ家を発つつもりだ。本当は出発までもっと時間が掛かるかと思ったが、オズは準備に時間は掛からないと言う。

 私とジルは隠れ家を出たところで、オズを待っているところだ。


「本当にありがとう、ジル。貴方のおかげよ」

 

「いいや、俺こそ。君の魔法も、死に戻りの話も、教皇のことまで。貴重な話をたくさん聞かせてもらったよ。もちろんこの情報を売ったりはしないから、安心してくれ」

 

「ええ、信じているわ」


 一緒にいたのはほんの数日。だが、彼の笑顔には何度も救われた。離れがたいと言えば嘘になる。

 彼はきっと金のために私を売ることはないと、不思議と心の底から信じられた。

 ふと思い出したようにジルは言う。


 「昨日、オズは精霊師についてあれ以上は何も知らないと言っていただろう。が、あれは多分嘘だ。精霊師が消える直前までどうしていたのか、知っていた風だっただろう。きっと奴は精霊師と親しかった。恐らくもっと情報を持っている。それにオズさえ見逃しているヒントだってあるかもしれない」

 

 「確かに、そうかもしれない。……でも語らなかったということは、私達には言いたくないのかもしれないわ」

 

 「そうだとしても、君がこれから往こうとする道に関わるかもしれないだろ。情報はいつどこで役に立つか分からないものさ。知っておくに越したことはない」

 

 「……とは言っても、どうやって?」


 ジルの言うことも一理あるとは思った。けれども、不躾に全て話せと迫ったところでオズが素直に話してくれるとも限らない。

 むしろそんなことをしてしまっては、共に旅立ってくれるというその決定すら覆ってしまうかもしれない。

 未だに、あの無口なオズと二人で旅だなんて現実味がないが、それでも一人で旅をするよりよほど安全で、正しい道を見失わずにいられるであろうことは明白だった。

 それをわざわざ自分の無礼な振る舞いで無くしたくはなかった。

ジルはその顔にいつもの笑みをぱっと浮かべると、冗談なのか本気なのか分からない口振りで言った。


 「酒で酔い潰してみたら?――案外、ああいうのはコロッと潰れて寝ながらペラペラ喋ってくれるものさ」

 

お読みいただきありがとうございます。

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