第15話
今までは物語の中で創作と区別のつかない「異世界に渡った冒険者」の話を読んだだけだった。が、今は違う。何せオズが存在を知る精霊師という人物が、実際に世界を渡った可能性が出てきたのだ。
歴史にしてみればたった百年前の話なのに、その精霊師や精霊の話は不自然なほどに消えてしまっている。そしてその頃から創造された聖女という存在。果たして偶然か。
どうするかと迷う私の思考を断ち切るようにオズは言う。
「僕は、かの精霊師についてこれ以上は知らない。言った通り、本当に突然姿を消したんだ。いつもと変わらない日常の最中に。何も残さず」
「……そんな」
オズから話を聞けばまだ何か分かるかもしれないと思ったのに。落胆しかけたが、それも見通していたようにオズは続けて口を開く。
「だが、奴の辿った道を同じように歩めば、何か見えるかもしれない。かの精霊師は世界中を巡って旅をしていた。その過程で四柱の精霊王と契約し、精霊を操れるようになった。レイア、奴と同じようにお前にもその素質があるのなら、あるいは――」
「精霊を……私が?」
「そうだ。現実的に考えれば、今の世の魔法で世界を越えることは不可能だ。だが精霊の力は未知だ。それに人のものに比べて遥かに強大でもある。精霊への道が拓けるのであれば、可能性はゼロではなくなる」
まさに青天の霹靂。
突然精霊なんて存在を知ったと思ったら、私が彼らと契約するという話まで出てきたのだ。
だが、不思議と迷いはない。その道を辿った人がいる。もしかしたら、私と同じ場所から来たかもしれない、誰かが。
それに、それ以外に道も無さそうだった。アレクシア教は何かを隠している。その力は国中に及び、それによって精霊や精霊師の存在が消され、代わりに聖女という存在が作られた可能性もある。
それならば、意図的に隠されたそれを追いかけるのは正しい道である気もした。
決意を新たに固めた矢先、ジルが申し訳なさそうに眉を下げる。
「俺も一緒に――と言いたいところだけど、ゴメン。レイア。俺はアレクシア教を探るよ。教皇と聖王は共にこの国の頂点だ。もしかすると聖王すら絡んでいる可能性がある。国を揺るがす問題かもしれない。このまま、知らないわけにはいかない」
「ジル。……分かったわ、むしろ私を死の森に連れてきてくれてありがとう。おかげで道が拓けたわ。ここからは一人で――」
「僕が共に行く」
私の言葉に重なる、突然の声。
耳を疑い、聞き返すようにオズを見遣る。ジルも同じようにそうしていた。
しかしオズはいつも通り、変わらない表情で言ったのだ。百年あまりこの大木に引きこもっていた彼が、世界を巡る旅に共に立つと。
「俺は……反対だ」
数秒の間の後にジルが呟く。私の肩に片手を添え、真っ直ぐにオズを見下ろしていた。
「お前の話は、非常に有益なものだった。嘘でも無いんだろう。が、お前自身を信頼する理由にはならない。特に、百年以上の時が経った今、お前がそんな若い姿をしていることからしても怪しい。信用ならない奴と共に行くくらいなら、金で雇った傭兵を連れる方がずっと安全だ」
ジルとはたまたま利益が一致しただけだったはずだ。私は大賢者の元に行き着きたかったし、彼は情報を求めた。それだけの関係。それなのに私の身をこうして案じてくれることに、心が暖かくなる。
「そうか。それについても説明すると言ったな」
オズが思い出したように呟く。そして何ということは無いように言ってのける。
「不老の魔法。それによって肉体の時を止めている」
「――そんなことが、出来るはずあるか!」
涼しい顔のオズに対し、僅かに語尾を荒げるジル。
私は混乱していた。不老の魔法。そのワードで引き出される記憶は、大好きだったゲームの数々だ。その中には不老不死という力を欲しがっている悪役が多くいて、そして大抵その末路は目も当てられないものだった。
「不老不死の薬を飲んだ、みたいな感じ……?」
思わず呟く。それに対しオズは即座に否定を返す。
「不死などあるものか。ただ時を止めるだけだ。首を切られれば、当然死ぬ」
「いや、不老だって普通無いだろ」
「普通であればそうだ。だが僕は大賢者だ。お前の言う『普通』の域ではない」
「自分で言うし……」
ジルは苦く呟く。そんなものはありえないという常識と、しかしオズは嘘を言っていないという勘とがせめぎ合っている。そんな感じだ。
私も、この世界に来て何度驚いたかは分からないが、今もこうして驚いていた。ジルの反応を見るに、この世界においてもあまりに規格外なのだろう。
けれど、それこそ不老でも無ければ、オズの容姿はあまりに若すぎる。ジルと同じくらいか、それより若いのではないだろうかと思うほどだ。
そして、彼はそれを明かした。もちろんオズにとっては隠すようなことでは無かったのかもしれないが、それでも私には、情報を明かすことで信用を得ようとした行動に見えた。
「私は、オズと一緒でも構わないわ。……ううん、その方が心強い」
肩に乗るジルの手に指を添えて、彼を見上げて笑顔を見せる。ジルは何を言おうと口を開き、しかし止めはしなかった。
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