第14話
「そ、それでオズ。何か分かりましたか?」
「ああ、この検査結果次第で――聖女とやらの正体がはっきりするだろう」
言いながら、唾液を入れた瓶に透明な液体を注いでいく。すると瓶はきらきらと、細かな光を放ち出す。それは私が扱う光魔法の輝きとよく似た色だった。
「………………」
オズはそれを眺め、黙り込む。椅子に座り直した私も、昨日のように壁に背中を預けたジルも、何も言わない。オズの言葉の続きを待つ空気だ。
やがてオズは静かに語り出す。
「精霊師。――そう呼ばれた存在がいた。先も言ったように、その者は突然現れた」
突然聞き慣れない単語が飛び込む。オズの口振りからして今から百年かそれより少し前の話だろう。
ジルはその単語に対し眉根を寄せた。私よりも少しその単語に対して知識があるようだった。
「精霊?それこそお伽噺だろう?」
「いいや、精霊は居る。精霊とは、自然の魔力が集まり、自我を持った存在。自然の魔力が満ちる場所には精霊王と多数の精霊、それが群れとなって暮らしている。――人の目には見えぬだけだ」
オズはいつも通り、当然の顔で言う。
私はといえば全てが初耳だった。大聖堂では精霊なんて単語は一度も聞かなかったからだ。ジルの言葉からすると、幼子に聞かせる子供騙しの物語に出てくるような存在なのかもしれない。
(悪い子はオバケに連れていかれちゃうぞー!みたいなアレかな……?確かにそんなものを聖女の授業に混ぜたりはしないよね)
しかしそれと聖女と、何が関係があるのか。そう視線で問いかけるとオズは意図を察したように再度口を開く。
「かの精霊師には『それ』が視えていた。精霊と会話をし、笑い、歌い、そして精霊の魔力を操る。そんな能力を持った人間だった。精霊とは高濃度の魔力が意思を持った存在。それが扱う魔力は強大だ。その精霊師は地水火風…どの魔力も持ってはいなかったが、精霊を通してそれらの魔法を使った。加えて――」
オズは真っ直ぐに私を見る。話の中心に置かれた気がして思わず背筋が伸びる。ジルは今の話すら信じられないといったように、しかし疑ってもいないような雰囲気で、腕を組み話の続きを待っていた。
「闇を照らす光の魔法と、傷を治す治癒の魔法を操った。どちらも、他に使える者のいない、あまりに希少な能力だった。魔法ではなく奇跡の力だと呼ぶ者もいた。――人々は精霊師こそが女神の御使いだとさえ言った。その精霊師と、聖女と呼ばれたお前、魔力の揺らぎも色も。全てが酷似している」
ぎこちなく頷いた。今語られた精霊師と同じように、私も地水火風の魔力のどれも持っていないことは大聖堂での検査で発覚していた。恐らくオズも検査によってそれを突き止めたのだろう。
これが偶然の一致とは言い切れなかった。確信に近いものを得ていたその最中に「だが」とオズは続ける。
「その精霊師は姿を消した。ある日、突然に。当時の聖王は捜索を命じたが、世界中のどこを探しても、大賢者が占星術で星を読んでも、見付かりはしなかった。その姿を、その後見た者は誰もいない」
「……!」
それはつまり。先程話題に上がったように、精霊師と呼ばれたその人物が他の世界へ渡ったのではないかと。そういう話だ。
当然、確証は無い。けれども私は不思議と、その仮説が正しいような気がしていた。
少しの空白の後、オズがぽつりと言う。まるで少しだけ、百年前を懐かしむ声色で。
「奴は……たまに未来の予知でもしているのではと思うことがあった。――馬車の行く先を不自然に変更させたことがあった。直後、本来通る予定だった道を雪崩が襲った。前触れなく起こった天災が襲う地から、住人を予め逃がしていたこともあった。大雨によって洪水を起こす川を予知していたことも。それが全て奴が一度体験し、『死に戻り』で得た記憶によって避けていたのだとしたら……」
辻褄は、合う。
私以外に死に戻りの力を持っていた人がいた。同じように他の世界から来たかもしれない、その人。同じ道を辿れば、私もそこに行き着けるのではないだろうか。
希望が見えてきた。思わず指先に力が籠った、その時、ジルが思い出したように口を開く。
「死に戻りの能力と言えばさ。レイアの言う記憶がもし本当なら――いや、疑うわけじゃない。でもそれを真実とするのなら、教皇エスティラ。彼女がこの国の頂点に君臨しているのはマズいんじゃないのか。レイアが見たという、地下に拘束された……魔族…なのか?その存在を伏せていることも」
「聖女を召喚したのが廃教会だという話も気に掛かる。普通、そういう事は盛大に人を集め、神聖な場で行うものだ。その方が信者の信仰心を煽れる。それを、隠れるように行った。聖女ではない、他の何かを召喚しようとして失敗したと見るのが妥当か」
「何か……?」
知るはずもない、とオズが首を横に振る。当然、私もそれ以上の情報は持ち合わせていなかった。しかし、思えばその通りだった。あの夜、私を召喚した人は皆隠れるようにフードでしっかり顔を隠していた。教皇エスティラでさえも。
聖女をはじめ、神聖な何かを召喚するのならそれはおかしい。まるで悪事を働く姿を見られまいとした、そんな姿だった。そしてそんな隠し事を秘めた人物が聖王と共に国を治めているのが、今の聖都アレクシアなのだ。
不穏な、予感がする。各々が思考を巡らせ、沈黙が落ちる。
口を開いたのはジルだった。
「それで、レイア。君はどうするんだ」
「え?」
「君の願いは元の世界に、家族の元に帰ることだろう。そのためにはもう一度世界を越える必要がある。……にわかには信じられない話だけどね。オズの言う精霊師を調べるのか」
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