第12話
検査の結果が出るまでには時間が掛かるという。
引き続き部屋に籠るというオズを置いて、私とジルはその部屋を出てきたところだ。
外に続くその部屋。大きなテーブルが置いてあるところからしてもリビングのような扱いなのであろう、その部屋に戻り椅子に腰掛ける。
ジルの言っていたように、薬を塗った方の手は感覚が鈍ってしまったように上手く動かない。治癒の魔法は傷こそ治すが解毒は出来ないし、病を取り除くことも出来ない。苦痛全てを取り除く奇跡の技ではないと、以前エスティラが言っていたのを思い出す。
とはいえ、この世界において傷を治すには薬草や薬を塗り、必要ならば縫って、ただひたすらに耐えるほかない。傷を治す、ただそれだけの魔法でも重宝されるものなのだと、そう語っていた声を。
「もうこんな時間か」
懐中時計を取り出してジルが漏らす。横から覗き込ませてもらうと、針はもう夜だという事実を知らせていた。
顔を上げて、窓へ視線を向ける。窓の外は朝も夜も薄暗く、灰色の霧が包むばかりで、時間の感覚が全く無い。
この建物――というべきか、この大木には魔法が掛かっていた。内からはこうして窓越しに外の森が見えるのに、外からは全く認知出来ないのだ。事実、私たちが霧の中で迷っているときだって、扉どころかこの窓の存在にさえ気付かず、すぐ近くを彷徨っていただけだった。
オズの魔法はそれだけに留まらない。風呂はともかくトイレは無いと困る。そう恥を忍んで訴えると魔法ですぐにその空間を作ってくれた。
木をくり抜いて作ったような浴槽は、蛇口を捻るとお湯が出るというなんとも贅沢な作りだ。ちょっとお湯が熱すぎるけれど、水を混ぜれば問題なく使える。
こんな森の中でありがたくお風呂も借りて、昨夜と同じように干し肉を齧り、そろそろ眠る時間だ。
椅子に腰掛け、テーブルに乗せた腕を枕代わりにしてうとうとと微睡む。あちらの世界では、よく授業の合間の休憩時間にこうしていたものだ。
(結構体が痛くなるんだけど、仕方ないよね)
雨に降られたりしない分、野宿よりもマシと言える。疲れもあったのか、私は知らないうちに眠ってしまっていた。
どのくらいそうしていただろうか、凝り固まった体の痛みで目を覚ます。ぐっと体を伸ばすとあちこちに痛みが走るが、代わりに体は幾分か動かしやすくなる。
ジルは、テーブルを挟んだ先で二つの椅子を器用にベッド代わりにして眠っていた。彼の懐中時計がテーブルの上に置かれたままになっていたので、そっと覗く。
(朝方か……)
どうやら夜が明け、朝が来ようとしている、そんな時間のようだ。
ふと、オズがいるはずの部屋の扉を振り返る。検査の結果は出ただろうか。早く新しい情報を知りたいと、どうしても願ってしまう。
ジルを起こさないように静かに立ち上がって、私はその部屋へと向かった。
そっと部屋の扉を開けると、オズは変わらず机に向かっていた。
机の上には様々な瓶が並び、瓶の中に入れられた液体は淡く光を放っていたり泡立っていたりと様々だ。机に頬杖をついたオズは、ぼんやりとそれを眺めているように見えた。
私が部屋に入ると珍しくオズはこちらを見上げる。丁度用があったとでも言いたげだ。
(いちいち顔が良いな…いや良すぎる。この世界の人達は……)
思わずそんな感想が心の内に漏れる。卓上を照らす小さな明かりが照らし出すその顔立ちは、一晩明けて改めて見てもやはり整っている。
宝石に魅入るように、美しいからこそ見ていたいのに、気恥ずかしくて目を逸らしたくなる、妙な緊張。そうして数秒が経った頃、オズの唇が突然に開かれる。
「……お前が何を考えているのかは知らないが」
(えっ……あっちの世界ではハーレム生活だって夢じゃない顔立ちをしているな、なんてやましいことを考えていたことが、バレた……!?)
思わず背筋を正し、誤魔化すように机から少しだけ離れた位置にある丸い椅子へ座る。昨晩そうしていたように。大賢者を前にうっかり不埒な妄想をしてしまったことが勘付かれたのかと焦り、目を合わせられない。だって彼の瞳は常に私を疑い、観察し、見抜くようだから。
――とはいえそんなはずもなく。
「僕が嘘を吐いているわけではない。僕が知っているのは僕が実際に触れて、見て、聞いた知識だけだ。その中に聖女なんて言葉は無い。聞いたことも、見たことも」
私の視線が彼を怪しんでいるようにでも思えたのか。オズはそう語る。
私は慌てて首を横に振った。
「そんな!隠しているだなんて思っていません。こうやって一晩中調べてくれていたんですよね?」
彼の目の前にある実験器具のような瓶の中には、私の髪らしきものも浮いていた。きっと血液も、どこかの液体に混ぜ込まれているのだろう。
もちろん彼は彼の知りたいことがあるはずで、その全てが私のためとは思っていなかったけれど、私では知り得ない知識で何かを調べてくれているのだ。それが私の知りたい情報に繋がるのであれば、ありがたいことに変わりはない。
「ありがとうございます。お手伝い出来ることがあれば何でも言ってください」
「そうか。では早速だが……」
片付けでも掃除でも。何でもするという心構えに返ってきたのは、昨日血を入れたのと同じような形の細長いガラスの瓶だ。
「髪と血液は使った。次は唾液だ」
「えっ」
瓶を受け取りながら思わず声が出る。突然次の実験材料を要求される。しかも唾液だ、と。
(ここにペッてしろってこと……!?)
いつもは呼びかけてもこちらを向きもしないオズが、今回ばかりは無駄に真っ直ぐ、体ごとこちらを向いている。せめてそっぽを向いておいてくれればいいのに、凝視といって差し支えない視線を向けられたまま唾液を吐き出すのは、さすがに気恥ずかしすぎる。
……少しだけ、交渉を試みてみる。
「あ、あの」
「何だ?まさか拒否はしないだろう」
「拒否はしませんけど……ちょっと、恥ずかしくて」
「何故?」
「……」
『オズ。お前、デリカシーが無さすぎるって言われないか』そう言ったジルの声が蘇る。
(若干、いやだいぶ。デリカシーには欠けるタイプだ)
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