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第11話


 かつて大賢者と呼ばれ、知恵者と称えられ、百年の時を生きたというその青年。オズ。

 彼を前にして私は縮こまるように、木製の丸椅子に腰掛けていた。緊張で手汗が滲む手のひらを握り込んで、膝上に置く。

 オズは独り言を呟くように、静かに零す。


「死に戻り――か」


 古びた木製の机に頬杖をつき、その瞳はどこを捉えるでもなく虚空を漂う。

 唾を飲み込む音さえ響いてしまいそうな静寂を掻き消すように、側の壁に背を預けていた金髪の青年が口を開く。


「そんな魔法が本当に存在するってのか?」


 彼は私をここ――オズの隠れ家まで連れてきてくれた、自称情報屋の青年だ。寡黙なオズと正反対によく笑い、よく喋る、にぎやかな青年だった。そんな彼が怪訝を浮かべながら問うと、オズは小さく息を吐きながら瞼を伏せる。


「さあな。未知の魔法か、あるいは別の能力か。それとも気の触れた女の妄想か」


 どうなんだ、とでも言わんばかりに向けられる視線に、思わず噛みつくように反論する。


「う、嘘じゃないです……!」


 もちろん今ここで証明して見せろと言われたら、それは出来ない。が、何としても信じて貰うしかないのだ。私はもう退けないのだから。


「そりゃ疑いたいワケじゃないけどさ」


 ジルが呟く。オズはしばしの思案の後、もう一度私へと視線を向ける。

 それは私を信じているわけでも、かといって疑って掛かっているわけでもない。ただ正当に判断しようとしている。そんな眼差しだった。


 

 全てを語り終えた後、私の目尻には涙が滲んでいた。しかしそれを零すわけにはいかないと、唇を噛む。

 口にすればするほど、首が落とされる瞬間の恐怖が蘇った。誰を頼ったら良いのかも分からない心細さや、会えないままの家族への恋しさも募る。だが泣いたところで何も解決はしないのだ。

 何分にも感じる静寂の後、オズは静かに口を開いた。


「お前と同じく光を操り、人々を癒す魔法を扱う存在なら、百年前にも居た。奴も突然この世界に現れ、そして、突然消えた。お前の言うように他の世界……そんなものが存在するのなら、他の世界から訪れ、その世界に戻った。あるいはまた別の世界へ移った。そう仮説を立てる必要もある」


 耳を疑うほど、唐突な情報だった。勢いよく顔を上げる。相変わらずオズの表情には何の感情も見て取れない。

 その口から語られる情報が冗談の類ではないことを確かめようとするように、知らず知らず前のめりになる。 


「奴の魔力は特殊だった。お前と同じような存在なのかは分からない。それに関しては調べる必要がある」

 

「し、調べてください……!」


 ほぼ声を被せるようにして叫ぶ。もしその人物が、私と同じように別の世界からこの世界に来て、そして帰ったというのなら、方法はあると言うことだ。

 そのためになら何でも差し出せると思った。


 少しして、オズは部屋の棚から一つの木箱を持ってきた。ゲームによくある宝箱のような形をした、古ぼけた木製の物入れだ。

 その中から試験管のようなガラス瓶や、シャーレと呼ばれる培養皿に似た容器まで幾つかのものを取り出す。その横に、同じく棚に乗っていた薬品が幾つか並ぶ。


「まずは血液と髪だ。よこせ」

 

「はい!」


 差し出された細いナイフを受け取り、すぐに髪の一房を切り落とす。

 それを机の端に置くと、今度はオズが試験管を差し出す。そこに血液を入れろという話なのだろう。


(それに入れるなら、一滴二滴の血じゃ足りないんだろうな……)


 恐らく、私の世界で言う採血。あの量に近いくらいは必要なのだろう。となると、指先をちょっと切ったくらいでは足りない。

 私はナイフを手首に押し当てる、が。思わず躊躇してしまう。


(怖い……)


 私は聖女だ。傷を負ったって、跡を残さず治すことが出来る。だが、この刃を引いた時に感じるであろう痛みだけはどうしようもない。それでも、この検査はやってもらわなくてはならない。私のために。何でも差し出せると、誓ったばかりじゃないか。

 そう覚悟を決めて、刃を引きかけた時。


「待った待った」


 呆れたような声が響く。私の背後で成り行きを見守っていたジルだ。

 彼は私の手に指を添えて制止を掛ける。


「血が必要なのは分かった。けど痛み消しの薬くらい塗ってやってもいいだろ。無いのか?」

 

「……何故。この女の言い分が本当なら傷を治す力があるのだろう」

 

「そうじゃなくて、治すまでは痛いだろって言ってんの」


 いまいち噛み合わない会話。だがそれを何度か繰り返すとオズはまた席を立ち、一つの小瓶を持ってきた。

 軟膏のような黄色掛かった白いクリームが入っている。ジルはその小瓶を取り、鼻先で何度か揺らして嗅ぐ。


「シビレ草か……まあ無いよりマシだな。レイア、使い方は分かるか?」


 素直に首を横に振る。ジルは指先にその軟膏を取る。


「これを塗ったところはしばらく痛みを感じなくなる。その代わり痺れて上手く動かなくなるから利き手じゃない方が良いな。手を出して」

 

「ええ、ありがとう」


 言われて左手を差し出す。その手首の内側に軟膏が塗られていく。痛みが無いようにと何度も重ねて。その後少し時間を置いて薬を拭ってから、緊張の中で刃を押し当て、引く。

 すると、本当に痛みが無いまま肌に赤い線が引かれ、一本の筋となって肌を伝った。試験管のようなガラス瓶を押し当て、その中に垂らしていく。

 痛みが無いとはいえあまり見ていて気分の良い光景ではないが、覚悟した痛みが無い分ずっと楽だ。


「オズ。お前、デリカシーが無さすぎるって言われないか」

 

「言われない」

 

「嘘つけよ。言われても聞いてなかっただけだろ、そうやってぼけっとしてさ」


 そんな会話が頭上を行き交う。程無くしてガラス瓶の中に少量の血が溜まる。

 もう十分だと言うオズに瓶を返し、私は傷口に自らの手のひらを押し当てる。そしてそこに魔力を注いでいけば、淡い光が手のひらから溢れるように漏れ、そして消える。

 その頃には、肌に刻んであった傷はすっかり消え去ってしまっていた。血で汚れただけの痕跡だけを残して。


「ふーん……本物の治癒の魔法か」


 物珍しそうにジルは私の手元を覗き込む。

 オズは何も言わず、けれども食い入るように、傷のあった場所を見ていた。


 

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