”守る者”
どうも、作者です。二十五話です。
彼の過去をどうか、覗いていってください。
――泉、君は未知が好きかい。
それは、誰の声だったか、いや思い出すまでもないな、こんなことを当たり前に言う奴は、俺の人生で一人だけだ。
「あねき」
「そろそろ、近場では面白いものがなくなってきたな。よし、京都に行くとかどうだろう!」
「きょうと?」
そんなことを言って無邪気に喋りだす姉が一人、雫ねぇだ。こんな喋り方だが、この頃はまだ、小学生だったはずだ。俺が小学二年のころだから、姉貴は五年生だ。
姉貴は、異常に頭がいい。小学校に入る前から、高校数学は、大方マスターしていたし、小難しそうな小説も読んでいたと、父は自慢するように言っていた。だからと言って、頭が良さそうかと言われると、言動にこそ知的な部分が垣間見えるが、正直普段は全くそんなところは見えなかった。
何せ、俺は姉貴の無茶ぶりに散々付き合わされていた。今日はこんな実験しようとか、今日は森の奥まで行ってみようとか、とにかく、小学生だけでやるにはあまりに無謀なことをやらされていた。しかも恐ろしいことに、姉が一人暮らしを始めるまで、ずっと付き合わされていたのだから恐ろしい話だ。
そのおかげか、異常に身体能力は鍛えられた気がする。不思議なことに、姉の方は一切と言っていいほど体力がつかなかったが。そのせいで、姉をおぶって帰った日も少なくなかった。
そうだ、その日も、そんな無茶ぶりの一日だった気がする。もうすぐ弟が生まれるからと、父が母に付きっきりで、俺たちも家でおとなしくしているよう言われていた。
だが、姉がそんな命令を聞くはずなかった。俺は断固として付き合わないというと。
「はっはっは! 泉なしで私が一人で行った場合どうなると思う? 私は死ぬとも!」
と、一切小学生らしくない、その上で、年上の姉が言うにはあまりに情けない言葉に押されて結局俺もついていくことになった。実際姉の身体能力は絶望的だったため、当時の俺ですら、一人で行かせてはいけないと思ったぐらいだ。
ただ、その日は、いつもと少し違った。姉が俺を連れて、二時間も歩いた(途中から体力が切れた姉を俺が背負っていた)かと思うと、どこかにぎやかな声が聞こえてくる。
香ばしいにおい、太鼓の音、山にしては明るすぎる赤い提灯。姉が俺を導いた先は、京都ではなく祭りの会場だった。
「ふふ、たまには普通に遊ぼうではないか」
今なら、あの時点で自分の異常行動を自覚していたのかと突っ込むところだが、あの頃の俺には、そんな言葉気にならなかった。小学二年生にとって、祭りの雰囲気ほどワクワクするものはなかったのだ。
「遊んでいいの!」
「うむ、相変わらず無表情だが、楽しそうで何よりだ! さぁ行こうとも!」
声だけ弾ませて、表情になかなか出てくれない俺の動きに姉は、そんな言葉と共に、さっきまでおぶられていたくせに、手を引いて、祭りの中へと入っていく。
多分、中々構ってくれない父に、少し拗ねていた俺のことに気づいて、こんなことをしてくれたのだろうと俺は思う。
一通り遊び終えた後、一番上の神社で、二人休んでいた。
「はぁ……はぁ……楽しかった……かい……泉ィ」
「そんなむりしなくてもいいよ、あねき」
やはり、姉はここでもばてていた。とりあえず、道中で買っておいた水を差し出して、お賽銭を入れてから階段に座る。
「......ありがと、あねき」
「ふふっ、どういたしまして。楽しかったかい?」
多分その時、やっと寂しかったんだと、自覚できた。恐らくそれに気づかなかったのは、姉貴のせいで――おかげだったけど。
「うん、たのしかった」
「それなら、良かった。母上たちも今は弟にかかりっきりだからねぇ。仕方ないとも」
あの時の、姉の顔はどんなだっただろう。
「そうだね」
「でもね、私は少しできの悪い姉だから、君をこんなに寂しくしてしまったが、君なら、もう一人の弟をきっと寂しさからも”守れる”と思うんだ」
どうして、こんな大事な会話を忘れていたんだろうか。
「”まもる”?」
「うん、君は、姉である私の世話を見切れるくらいには強い。だから、弟のことも守れると思うんだ」
そうだ、きっと、俺の原点はこの日だった。
「そうかな?」
「ああ、君の姉である私が言うんだから間違いない。家族の絆というものさ。だから約束してくれるかい? 君と私が生きている限り、君の弟や家族、いや、そうじゃなくとも君と交流する誰かを、守ってくれるって」
ああ、そうだ。その約束が、俺の始まりだったんだ。
「うん、ぜったい守る。でも、なんでそんなやくそくなの?」
「うん? それは君が、私や誰かを守っている姿が好きだからさ」
そう言う姉貴の姿は、いつも通りの優しい笑顔だった。いっつも人を振り回す癖に。
その日、家に帰ると、父が待っていた。
「お前らぁ! どこ行ってたんだ!?」
「ふっふっふ、父上。こればっかりは私の責任だとも、だから泉に関しては許してやってくれ」
「いや、大体雫が振り回してるでしょうが」
「正論だね。反論のしようもない!」
このやり取りも、結局いつも通りだったな。
「でも、おまつり、たのしかったよ」
そう言うと、父は驚いた顔をして、少し考えた後、小さな俺に目線を合わせる。
「本当に、楽しかったか?」
「うんたのしかったよ! あねきとのやくそく守ってもいいとおもうくらい!」
「逆に普段私との約束事は聞く気がないと。悲しいなぁ!」
そんな返答に先に反応したのは姉で、父はそんな姿に大笑いして、
「はっはっは! なら、雫、今回のことは許す。いや、ありがとう、俺の代わりになってくれて」
「いいとも、それに、そろそろ生まれるから帰ってきたんだろう?」
「ほんとお前なぁ」
そんな姉貴に父は呆れ、俺たちは、すぐに車に乗せられる。母と、生まれた弟がいる病院へ。
「――ほら、流。お兄ちゃんと、お姉ちゃんよ」
姉は、お先にどうぞ、と俺に視線を送り、恐る恐る生まれたばかりの弟を抱える。
あの日、俺は誓ったんだ。”守る”と。”守る者”になりたいと、そう思った。姉が誇ってくれる、いや家族が自慢してくれるくらいかっこいい、”守る者”になりたいと。
ここは、夢のはざま、みたいなものだろうか。それにしても、こんな記憶あったんだっけな。
「そうか、そういえば、そうだったな」
「やっぱり君は、どこに行っても変わらないねぇ」
「その声、姉貴!?」
「いや? 私は、君が出力したイマジナリーお姉ちゃんだ! まぁ、君とは誰よりも長く過ごしてきた自信があるからね! 君にとっては造作もないとも!」
すごい、イマジナリーなのに、姉貴っぽい。流石俺だな、姉に関することなら想像可能だ。
「だけど、俺、もう姉貴に会えないかもしれないんだよな」
異世界転移、今のところ、帰り方は分からない。帰り方なんてないかもしれない。もう、永遠に
「――別に帰る必要はないんじゃないかい? もう会えなくてもいいとも。ほら、あの日、言っただろう?」
あの日、そうか、姉貴が家を出た日だ。引っ越し準備を手伝って、姉貴と二人で縁側で休憩していた。
「泉、君ともお別れだね、寂しいかい?」
「振り回されることが無くなって清々してる。それに、別に会えなくなるわけじゃないだろ」
「ひどいねぇ。でも、本当に会えなくなってしまったらどうする?」
「......姉貴ならありえそうだ」
なんて言っていいか迷って、結局あの時はごまかした。
「答えになってないねぇ。否定はしないけども。でも、私だったら、問題ないと笑い飛ばすさ」
「えぇ……」
それはあり得ないだろと、言外にため息をついた。
「だって、そうだろ。多分君も私も、何だったら流も、多分死んでも自分らしく生きるだけだよ、だから、会えなくなったぐらいでは、私たちの縁は、消えないとも」
「それは、そうかもな」
姉の言っていることは、あまり理屈は分からないけど、何となく肯定できてしまった。
「それに」
「それに?」
「”家の鍵”さえあれば、いつでも帰れるだろ?」
あの時、声は出なかった、でも、今ならわかる。
「――そうだな、姉貴」
「結局、先に出会えなくなったのは君の方だけど、でも大丈夫さ」
「ああ、”家の鍵”だけは無くさないようにするよ」
「うん、いってらっしゃい、泉……そうだ、君は変わってないかい?」
行ってらっしゃい、か。今更だし、もしかしたら、もう死んでしまうかもしれないけど。それでも、
「変わってないよ。俺は俺だ。今まで通り、誰かを”守る”さ」
――それは、なんとなくだけど、”守る”と決めた過去の話。俺の、唯一変わらない”信念”の話だ。
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