”癒す者”
どうも、作者です。二十一話です。
どうか、クランの信念の意味を見てあげてください。
――あれはもう、二百年は前のこと。わしの家には、『庭園』と呼ばれる人間が住まう場所があった。
言ってしまえば、吸血鬼の食糧庫じゃ。人に傷をつけ、生気を得ることでしか生きられない、吸血鬼の食糧庫じゃ。
しかし、そこで住まう人間との仲は決して悪くなかった。人は、自給自足で生き、足りないものがあればわしら吸血鬼が助ける。互いに得がある関係じゃった。
わしはそんな『庭園』が好きじゃった。それでよく『庭園』に行っては、人間の子らと遊んだり、仕事を手伝わせてもらったり、本当にあそこの人々には世話になっておったよ。
そんなある日じゃ。その『庭園』に一人の人間が保護された。それ自体は珍しいことではなかった。魔大陸に渡って、魔獣に襲われる人というのは後を絶たなかったからの。それを父上が助けておったんじゃ。
しかし、大抵の場合は、怪我が完治してしまえば『庭園』からは離れる。しかし、その人は、その旅人は決して癒えぬ傷を足に抱えてしまった。もう、旅ができない体となってしまったんじゃ。
じゃが、当時のわしはそんなこと気にならなかった。優しく、物静かなその旅人は、たくさんの場所を旅しておった。たくさんのことを経験していた。
最初から、わしも懐いたわけではなかったが、きっかけはやはりそんな物語で……
「あなたが領主様のお嬢様ですね?」
「う、うむ、そなたは?」
「私は……いえ、名は捨てたので、旅人とお呼びください。それで十分です」
結局、最後まで名は教えてくれなかったのう。きっとその人には必要のない名前だったのだと思う。それでも、無理やりでも聞き出せばよかったと、今は思う。
「お嬢様は、退屈ではございませんか?」
「うん、暇」
当時は農閑期でのう。仕事が少なく、手伝えることもなかった。
「私と一緒ですね。なら、私のお話を聞いてくださいませんか」
その時聞いたお話は、あの頃のわしにとって、城と『庭園』しか知らぬわしにとって、どこまでも刺激的な内容じゃった。霊大陸の各地にある大樹、様々な種族が共存する街、そして、ダンジョン。
たくさん、たくさんのお話を聞かせてくれた。わしが本を読むようになったのもそれからじゃった。もっとたくさんの知識をあの人と共有したい、とな。
幾度となく言葉を交わした。幾度となく、わしは目を輝かせた。じゃが、無邪気でしかなかったわしは、その人の”傷”に気づくことなく、何度も農閑期を越した。きっとあの人にとっても、わしとの時間は、良い時間じゃったんじゃと思う。でなければ、きっとあんなには語ってくれなかった。
「旅人よ、また話を聞かせてくれ!」
「……すいません、お嬢様。もう、話せるお話は思いつきません。ですが、また新しい本を読んだのでしょう? お聞かせください」
「……そうか、そうじゃのう! 今月もまた『文化紀行記』を持ってきたぞ!」
じゃから、わしは忘れていたんじゃ。知識は有限じゃと、思い出は有限じゃと、そして、人の時間は決して終わらぬものではないと。
旅人は、すっかり老いていた。わしの姿は何一つとして、変わらぬというのに。
「――死んで、しまうのか?」
「はい、そのようです。申し訳ありません、あなたを置いていってしまって」
わしにとって、それはなんと耐えがたい時間であったか。今まで、別れそのものを惜しんだことはあまりなかったんじゃ。それが吸血鬼と人間の時間の違いだと、父上や母上から教わっておった。だから、そういうものだと割り切れていたはずじゃった。
そのはずなのに、あの提案をしてしまった。耐えられなくて、別れたくなくて。
「た、旅人よ。吸血鬼とならぬか。そうすれば、また、旅もできよう」
その提案に、旅人は優しい目でわしを見つめて、すぐに首を横に振った。
「……それを選ぶ、選択肢もあったかもしれません。ですが、それを、私はどうしてもできない」
「何故じゃ! わしならお主を救えるんじゃ! お主ともっと話が、したいんじゃ……」
涙が止まらぬわしを、あの人は、もう力など入るはずのない手で涙を拭ってくれる。
「申し訳、ございません。こればかりは、こればかりは私のエゴなどです。私は、人間として、旅をした。人間として、たくさんの人と関わった。何より、人間として、生まれたのです。だから、人間として、死にたい。それは、どうしようもなく曲げられない信念なのです。そして、何より」
そこで一度言葉は途切れた。それを、伝えてもいいかと、迷うように。
「私は、思うのです。人は――”死の瞬間”にこそ、己の人生の答えを知るのではないかと」
「人生の、答え」
「ええ、人は、生きている間にたくさんのことを知る、たくさんのことを学ぶ。そして、たくさんの疑問を置き去りにする。こんなに学べるのに、分からないことがたくさんある。きっと自分の人生の意味でさえ、そんな一つで。そして、たくさんの後悔の意味さえ」
それはきっと、語った通りじゃったと、思う。あの人の言葉の端々には、あの人の人生があらわれていた。それは、今まで語ってくれた、どんな思い出よりも、鮮明に。
「しかし、その中で唯一、人生の意味だけは、死の瞬間に分かると、貴方と語って理解できました」
「なら、わしがお主を殺して、しまうのじゃな……」
そういうことじゃろう? じゃって、わしと話していたから、この人は死の淵で、答えを見つけてしまった。その時のわしは、答えなんて見つけなくていいと叫んでしまいそうじゃった。
「そうでは、ありませんよ。むしろ、私の死に、貴方はもっとたくさんの意味をくれただけなのです。それに、貴方に出会っていなかったとしても、己の人生の意味を解釈していた」
あの人はやっぱり優しいほほえみでそう言う。
「それでも、それでも」
もう、どんな言葉を告げればいいかもわからなかった。涙をだしてばかりで、言いたくもない言葉を抑えるので必死で。
「お嬢様、私はたくさんの幸福をこの人生で得ました。でも、その一番はあなたに出会えたことだ。あなたに、たくさんのお話を聞かせてあげられたことだ。お嬢様、それでも、私は、貴方を裏切ってしまうことをお許しください。それでも、あなたを愛してなお、人間であることをやめられない、愚か者を」
結局、あの人も、大粒の涙を一つ、こぼしていた。
「何を言うか! わしこそ、わしこそ、もっと話を聞けばよかった、もっとお主を知ればよかった。わしが許さぬことなど、何も……ないんじゃ」
あの人は、そんなわしを見て微笑む。悲しそうで、うれしそうで、苦しそうな目で。
「ああ、やっぱり、私は幸せ者です。あなたに会えた、私は」
それは、わしにとってどんなにうれしいことじゃったか。じゃが、わしは最後の最後で自ら”傷”を作った。作ってしまった。
「”後悔”は、ないか?」
聞かなければよかった。でも、聞いてよかった、とも思うよ。
「……ありません、そう答えられたら、どんなに良かったか。あります、あるのです。足の傷がなければ、もっと、旅ができたのに、もっと、たくさんのことを聞かせてあげられたのに」
その人の”後悔”だった。わしが気づいてあげられる”後悔”じゃった。あの人の涙を見たのは、それが初めてで。そして、わしにとって”後悔”じゃった。わしがもっと早く気づいておれば、わしが”癒す”方法を見つけていれば。
「......お嬢様、どうかお貫きください。あなた自身を、あなた自身の”信念”を」
それは、きっと最後のあの人のささやかすぎる”願望”じゃ。
「そんなものは……」
「今はなくともいい。きっとあなたは見つける。そんな大それた意味を持つものでなくともいいんです。あなたが一度”そうしたい”と思ったのなら、それを貫けばいい。それがあなたの”信念”になる」
わしは思い返す。何がしたいと、それで思い出す。この人を”癒したい”と。
「そうじゃ、そうじゃ今見つけたよ。お主のおかげで。お主がくれたんじゃ。じゃから、じゃから、泣いて逝かなくてよい」
「ああ、それは、良かった。私もまだ、貴方に託せるものが、あった。すみません、お嬢様、少し眠気が……」
「約束じゃ……これだけは、貫き通すよ」
あの人は、穏やかな顔で、悠久の眠りについた。
「――それが、わしの”信念”じゃ。死にゆく誰かに、一つでも傷を無くして、一つでも多くの意味を持って、少しでも長い時間を生きてほしい、と。じゃからわしは、それが誰であろうと、人が傷を残すことは、許さぬ。傷つくのはいい。進むのはいい。じゃが、それだけは許さぬ。それが、わしが今、ヒーラーをやってる意味じゃ」
それは、ひどく悲しい話だった。彼女は、吸血鬼だ。不老たる彼女は、不死に近い彼女は、きっとたくさんの人と出会って、たくさん癒す。だが、その先できっと彼女は、孤独となるかもしれないのに。
「イズミ、じゃからわしは”癒す者”になりたいと思った理由じゃ。なんて事のない、昔話じゃよ」
俺は何と答えればいいだろう。
「イズミ、逆に聞こう。お主に”信念”はあるか? もし、未だ、お主がこの旅の意味を知らぬなら、どうか、見つけてくれ。わしがお主を守ってくれるように、わしもお主を癒すのじゃから」
俺は答えられない。でも、答えたいと思った。でも、一つだけ、言えることはある。俺はやっぱり、こいつを”守り”たいと。
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