”記す者”
どうも、作者です。百九十九話です。
ヒビキさんの珍しいところ、どうぞ見ていってください。
『――開け、五の門』
鳥かごより現れるは、巨大な剛腕。アグルスさん曰く、ヨルムンガンドと並ぶ主力。しかし、呼び出す時にあまりに巨大すぎて全身を出せないらしく、普段は腕だけ出して戦うのだとか。
そして、ビッグワームに先制攻撃。爪をワームに突き立て、その皮膚に当てる。ワームは、その攻撃に反応したのか、天まで伸びていた体を地面に叩きつける。
「回避!」
その巨体を地面に叩き伏せ、右に回避した私とハイカさん。左に避けた三人で分断される。しかし、これは問題ない。むしろ、ヘイトが分断されるのは大きい。
何より、ビッグワーム戦は長期戦。敵の速度自体は早くないため、簡単に避けられる。代わりに一撃は大きいが、今回のパーティなら問題ないでしょう。正直、敵が一体な上、動きが単純な分、指揮も必要ない。
問題は、私たちの体力が保つかどうか。それだけが問題ですね。とにかく、ひたすらダメージを与えて、先に相手を倒れさせる。そういう戦いだ。
ビッグワームが左の三人を追う。私たちはそれを見て、ビッグワームに突撃する。私は、バフを掛けつつ、ハイカさんの動きをサポートする。あっちはアグルスさんがメインとなって攻撃するはずだ。
それでひたすら、敵の体力を削り続ける。それだけでいい。
「はぁ、もう考える体力も貴重ですね」
「そうですね」
私も、今回はできるだけ指揮はシンプルにする。出来る限り、やることは単純に、考えることも最小限に。そうすれば、思考はクリアになる。何も、難しいことは考えずに。
”私ね、一つだけ心残りがあるの”
あの日の、記憶が思い起こされる。それは、雑念を消した故なのか、それとも難しいことを考えない私は、あの日の思い出ばかりを思い起こしていたからなのか、分からない。
ただ、その記憶は戦場の私とは別に、もう一つの意識を形作る。彼女との、最後の記憶が。
――百年。彼女と旅をした時間。ある日、彼女の足がぴたりと動かなくなって、数日が経った時のこと。
それは、人間の”寿命”だった。彼女の見た目は三十代というところですが、これはレベルが百を超えたことによる老化の減衰によるものでした。だからといって、寿命を数十年も、数百年も伸ばしてくれるものではない。
だから、これは正しく、寿命による死が目前に立っていた証拠でした。私はその数日、ひたすら彼女と話をしました。旅の思い出を、彼女の感情を一つでも多く残すために。
「うーん、ヒビキ。多分私、明日までもたないや」
「……そう、ですか」
彼女は平気そうにそんなことを言う。死を目前にして、何でもないように。でも、やっぱり、いつもの元気さはどこか鳴りを潜めていて。
私は彼女の顔を直視できなくて、足の上に乗せていた、自分の本に目を向ける。そこには、たくさんの記録が、彼女との思い出が残っていた。
当時のギルドマスターと仲良くなって、おいしさ評価なんてものを作ったこと。絶対にまずいと言いながら、討伐した魔獣を調理した時のこと。小さな村によって、そこの十人全員と食事をしたときのこと。
たくさんの、たくさんの思い出があった。この世界に彼女が与えた影響は、きっと歴史には残らない。でも、たくさんの所で、文化として残るのだと、そう思う。
私は、どんな言葉を目の前の子に言えばいいか分からない。でも、彼女に何か送りたくて、いつもとは違う言葉を掛けたくて。
「私は、ツクリと共に旅をしたこの時間が、何よりも誇らしい。私が知らないことを、たくさん教えてくれて、ありがとう」
私は、心の底からそんな言葉が出る。あぁ、それがきっと彼女との旅の総括だった。たくさんのものを食べて、たくさん料理をして、そのレシピを残して、そんな旅だった。
私の言葉に、ツクリは意表を突かれたように目を見開いて、しばらく私の目を見続ける。変わりなく、強い意志を持った、優しい目で。
「……そうだね。私も、ヒビキと一緒でよかった。私も、たくさんあなたに教えてもらった。それで、きっとヒビキは、ううん、ヒビキとたくさんの新しいことを覚えたね」
ヒビキという名をもらった。食べる楽しさを教えてもらった。誰かと笑いあうことが、こんなにも幸福なことだと、やっと気づけた。
初めて、大切な人と別れるのが、こんなにも苦しいことなのだと、知ってしまった。だから、こんなにも記録帳は、彼女のことであふれている。
「……ねぇ。その記録帳、ちょっと見てもいいかな?」
「もちろんです」
ツクリの記録を、他の誰かに見せるつもりはない。これはあくまで、彼女のもので、私が大切に持ちたいと思ったから、ここに書いているだけで。
だからこそ、目の前の彼女にだけは、見せてもいいものでした。
彼女は、ぺらぺらとページをめくる。たくさんの記録があっただろう。時に悲しそうで、時に楽しそうにページをめくる彼女の顔を、私は目に焼き付けていた。
「うん、たくさんの思い出がある。たくさん、ヒビキと旅したんだなぁ……うん、悔いなんてないや……でもね、やっぱり一つだけ、心残りはあるの」
「それは、一体?」
「この記録に、あなた自身が入っていないこと」
私自身が……その通りだ。私は、記録者だ。誰かの記憶を、人々の歴史を、記すものであって、自分自身を書くことはなかった。
「それ自体は、悪いと思ってないよ。だってそれが、貴方の”記録者”としての矜持だから……すごく、かっこいいことだとは思うの」
彼女は本を置いて、私の手を取る。それが、本心から言っている言葉だと、私を説得するように。そんなことをしなくてもわかっているのに。私はその手をぎゅっと握る。
「でも、やっぱり、少し悲しいと思う。生きているんだもん、ヒビキだって。この大地のたくさんの足跡をつけているはずなんだ」
そうでしょう。そうだとしても、私はやっぱり、自分自身の足跡を振り返って記録などしないでしょう。
「だから、私はヒビキの生き方は変えた。でも、信念の形までは変えられなかったから……だから、”予言”するよ」
彼女はそう言った。”予言”と。
「貴方はきっと、どうしようもない”恋”をするよ!」
「は!? 恋!?」
「うん、きっと人生を変えるような、そんな出会いをするの! それが誰かは分からない。人ですらないかもしれない。でもきっと、するよ。だってヒビキも、生きているんだから」
……恋。それは一体、どんな予言だろう。荒唐無稽な話だった。だって、数千年、私の生き方は変えられていなくて、唯一変えられたのは、貴方で。
「……それが私じゃないのは悔しいけど……でもするの、ヒビキはね! きっと、自分の感情も、表情も、全部全部、”記し”たくなるような恋を、君はする」
彼女は、私の顔を見て、全力で笑う。あぁ、この顔をする時の彼女ほど、頼りになる人はいなかった。
「だから、その日まで、私を覚えていて、記録者でい続けて」
「……そんな日が来たって、ツクリのことは覚えていますよ」
そう言って笑いあって、また、たくさんの話をした。彼女の目が閉じ切ってしまうまで。そして、その時は来た。
「もう……眠いや……」
「おやすみなさい。私の大事な、相棒さん」
「うん……ありがとう……”予言”は……嘘じゃないから……その時まで……私、側にいるよ……君の顔が……見たいから……だって……きっと」
それが、彼女の、最後の言葉だった。だったら、私は、その”予言”なんか来なければいいと、思ってしまった。
それでも、彼女が私に、嘘をついたことなんて、なかったから。ええ、どうか、見守っていてください。
――そんな記憶は、冷たい吐息と共に流れる。一時間。もう、一時間たっている。ワームの動きは鈍っている。もう、相手”も”限界……早く、終わって。
魔獣の動きが、停止する。ようやく終わる。そんな小さな油断。私の足はもつれた。それと同時に、ビッグワーム
「! ヒビキさん!」
ハイカさんの叫びが、私の耳に響く。しかし、足は動かない。ビッグワームの大きな体が、私に向かってくる。ああ、大丈夫。負傷はするでしょうが、死にはしないでしょう。私は、竜人。体の強さには多少自信がありますから。
そう思うけど、私は目をつぶる。やっぱり恐いものは恐くて、痛いものは痛い。だからせめて、見ないように。ああ、”彼”に、無事に会いたかった。
痛みは来ない。かわりに、私の手が何か別の、とても大きくて暖かい手に包まれて、体が起き上がる感覚が伝わる。きっと、誰かに抱えられた。
そして、同時に、鉄に何かがぶつかったような、とても大きい音が私の耳を打つ。まるで、あのビッグワームの巨体が、誰かの”盾”にぶつかったような。
私は、目を開ける。会いたい人が、そこにいた。
「――大丈夫……そうだな。ああ、本当に良かった。久しぶり」
彼が、イズミさんが、そこにいた。いつも無表情で、でも私の話をとても真剣に聞いていくれる、彼が。
私の顔を覗き込んで、いつも通り、無表情にでも心配そうな声音でそんなことを言って、私が無事だと知ると……彼は、一つ息をついて、ついて、安心そうに、”笑顔”を作った。
”イズミさんってね! 人を守り切ったと思ったときにさ! すっごい笑顔になるの!”
それは、どこの少女の言葉だったでしょう? 初めて、誰かの顔を思い出せなくなる。
「ん? ヒビキさん、熱があるのか!?」
私は、私は、きっと
――ね? 言った通りでしょ? 私の”予言”は、当たるんだから
私は、どうしようもない、恋をした。
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