第二十話 どこか別の場所にいる自分
夕方の警察体操の放送と国旗降納は、福島県警の教場当番が受け持つことになっていた。講堂から第一教場に戻り、ジャージに着替えていると、佐久本教場の仲間たちが励ましの言葉をかけてくれた。
「平沢さん、北海道出身だからな。地名とか、イメージしづらいよな」
大前にも励まされる。
「うん、ありがとう」
平沢は自信を失くして上の空だったが、それを悟られないよう気をつけて、機械的に返事をする。心配をかけないよう、笑みも浮かべておく。
ジョギングが終わると、教場当番は教場の清掃を行う。佐久本教場の場合は第一教場の掃除をする。
「平沢さん、夕食終わったら就寝時間までに日誌書かなきゃいけないから、一緒に紙取りに行こう」
今田から教場当番の仕事について説明してくれる。
「ありがとう。仕事してもらって悪いね」
言葉を交わしてはいるが、平沢は自分で話しているという感覚がなかった。話している自分を、どこか遠くから眺めているような、体の奥から覗いているような、そんな感じがしていた。
夕食以降もその感覚は続いた。笑って話していても、それを動かしているのは、どこか別の場所にいる自分のように思えた。
日誌には、一日の授業と担当教官の名前、授業内容、感想を記入する。伝承教養を行った外部講師の名前が思い出せず、平沢も今田も把握していなかったが、講堂まで講師を先導した教場当番に確認することができた。
感想欄は、校歌の訓練でそれ以前の授業の記憶がかすれてしまい、なかなか筆が進まなかったが、なんとか捻り出して行数を埋めていった。
日夕点呼に出ると、当直教官が判教官だとわかった。中鉢教官ではなかったことに、平沢はわずかに安堵する。
就寝時間までに日誌は完成した。当直教官の寝具の用意は岩手県警が担当することになっていたため、教場当番の仕事は、日誌を提出すれば終わりだ。
今田とともに教官室に向かう。日誌の内容について、教官からの指導もあった。
「平沢、伝承教養の感想で戦争の虚しさを感じたって書いてあるけど、どの話を聞いてそう感じたんだ」
「はい、それは特攻隊の——」
といったやり取りが続く。日誌の提出を終え、教官室を出ようとしたところで、判教官に呼び止められた。
「平沢だけ、ちょっと残って」
今田は先に退室する。
「平沢。お前、大丈夫か」
「はい、大丈夫です」
判教官は平沢の顔をじっと見つめた。
「⋯⋯なにか悩んでないか」
その言葉で、平沢の意識がわずかに引き戻される。
「……すいません、ありがとうございます。少し疲れているだけだと思います」
「⋯⋯そうか」
判教官は納得していないように見えた。だが、平沢自身、自分が何を考えているのかわからなかった。ただ、もう一度礼を述べて平沢は教官室を後にする。
何に対する礼なのか、なぜ礼を述べたのか。平沢は自分でも理解していなかった。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
ブックマークと評価をいただけると励みになります。続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひよろしくお願いします。
↓X(旧Twitter)
https://x.com/zaka_blog
↓個人ブログ
https://zaka-blog.com/




