第十七話 少しずつルールを学んでいる
教官たちが少しずつ登庁してきた。教場当番全員が反応して挨拶する。教官の机の位置で所属県警が分かるようになっていて、それに応じて教場当番がコーヒーの用意を始める。
空いた時間で今田と宮城県警の教官の机に置かれた、透明なプラスチック製の卓上名札を確認していた。その結果、今田と平沢の知識を合わせて、教官の顔と名前は全員一致していたので心配は一つなくなっていた。
判教官が登庁してきた。雑巾の件もあるので、平沢がコーヒーを担当すると事前に今田に伝えていた。お盆を用意し、メモ用紙の絵から判教官のコーヒーカップを食器棚から探す。食器棚は折りたたみベッドを片付けた教官室のすぐそばにある。
好みは濃いめ、少量とあったため、目分量で調整する。コーヒーを持って判教官のもとへ移動する。
「失礼します。コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう、そこ置いといて。——平沢、雑巾はちゃんと縫ったか」
「はい、土曜日に当直教官へ提出しました」
「そうか。気をつけろよ」
「はい!」
無事に終わった。今朝の仕事の山場を越えたような気持ちだった。教場当番たちが直立不動で待機している食器棚へお盆を持って戻ると、掃除の音楽が流れ始めた。放送の操作は、他県警の二十二期生が担当している。同時に、教官室の清掃担当の学生が入室してきた。黒ジャージなので他県警の二十二期生だ。
「黙って後ろを通るな!」
待機を続けていると、突然大声が聞こえる。箒で清掃している学生が叱られている。後ろを通るときは一声かけなければならないらしい。
「今はその時間じゃない!仕事に集中しろ!」
今度は岩手県警の教場当番が怒られている。岩手県警の教官は数が少ないのでコーヒーを運ぶのは一人で足りる。手が空いたため、授業の確認に向かったようだ。教官室のホワイトボードには、すでに本日の授業予定が書かれている。
授業確認は朝食後に行うことになっていたため、暇を見てホワイトボードを確認し、授業内容と担当教官をメモしておく。
七時二十分頃、宮城県警の教官へコーヒーを給仕し終えた。朝食の準備はすでに始まっている。今田と連れ立って食堂へ向かう。
食堂の階段に着くと、階段の一番下、真ん中の踊り場、階段の一番上に、それぞれ二十一期生が一人ずつ立っていた。
「当直教官を呼びに行ってるから、急いで席について」
二十一期生にそう注意される。いつも食事の時、教官が到着する前に「黙想!」という声がかかるのは、こうして総務委員が教官の到着を確認していたおかげらしい。
平沢は急いで手を洗い、自分の席に着く。一〇一のメンバーが「お疲れ」と労いの声をかけてくれた。
「教場当番、けっこう大変だろ」
物静かな湯澤に声をかけられる。彼は二日目に教場当番を務めていた。
「うん。点呼の人数とか、聞き取りにくいな」
そう返したところで、
「黙想!」
食堂に号令が響き渡り、朝食が始まった。
食事を終えると清掃は任せ、平沢は食堂を出る。隣接する、まだ開店前の高橋売店の前で、他県警の教場当番と軽く打ち合わせを行う。高橋売店は警察学校内で唯一の店舗で、ノートやブックスタンドなどの文房具や、パン・菓子などの軽食を販売している。
この日の授業は、一時限目が点検教練、二時限目が伝承教養、三時限目が地域、四時限目が刑法、五時限目が入校式訓練。三・四時限目は各県警ごとの教場で行われ、それ以外は合同授業となっている。
合同授業の確認は、点検教練を岩手県警、伝承教養を秋田県警、入校式訓練を青森県警が担当する。内容の確認は、放送の様子を聞くことで済ませることになった。教官室で学生同士が話すのはトラブルの火種になりかねないからだ。
二十二期の教場当番全員で教官室へ向かう。鏡で身だしなみを確認し、教官室に入室する。平沢は地域、今田は刑法の授業確認に向かう。
地域の授業を担当するのは、宮城県警の藤江という女性教官だった。先週の入校式訓練で女子学生を厳しく叱責していた教官とは別の人物で、穏やかな顔立ちからは柔和な印象を受けた。
二十一期生の教場当番が藤江教官と話していたため、平沢は少し離れて待機する。授業確認では、授業場所、必要な持ち物、教官が使う教材の準備状況、そして服装についての確認を行う。内容を頭の中で繰り返しながら、出番を待った。
やがて話が終わり、平沢が前に出る。
「失礼します。藤江教官に用事があって参りました」
平沢が声をかける。
「どうぞ」
「はい。後ろ、失礼します」
椅子の後ろを通るとき、断りを入れて進む。怒られている学生を見ながら、少しずつルールを学んでいることを自覚する。藤江教官の脇に立つ。
「本日三時限目、第二十二期佐久本教場の地域の授業について確認に参りました」
平沢は何度も頭の中で繰り返したセリフを口に出す。
「そう。地域の教科書と六法。制服着用。場所は第一教場。教官室から持って行くものはないから、教場当番は第一教場で待機。以上」
聞き漏らしは教場全体に迷惑がかかるので、無駄のない指示を急いでメモする。
「ありがとうございました。失礼します」
あっけないほどスムーズに授業確認は終わった。全員の確認が終わるまでは壁際で直立不動の姿勢で待機する。今田はまだ確認中のようだった。
十分ほどで、二十二期の教場当番が全員揃った。すでに食堂の清掃も終わっている頃だ。岩手・秋田・青森の学生が順番に合同授業の放送を流し、その後に各県警ごとの放送を行う段取りになっている。
二十一期の教場当番が放送を終えたのを見届け、岩手県警の教場当番が操作盤の前に立つ。電源を入れ、誠心寮と恵仁寮のボタンを押し、放送チャイムのボタンを押す。
「第二十二期教場当番から、本日の合同授業について連絡します。合同授業は一時限目、二時限目、五時限目です。一時限目は点検教練。場所はプラザです。服装は制服。警察手帳、警笛、帯革を装備し、授業開始時に拳銃庫へ集合してください」
岩手県警と秋田県警の学生が交代する。
「二時限目は伝承教養です。筆記用具とノートを持ち、制服で講堂に集合してください」
秋田県警と青森県警が入れ替わる。
「五時限目は入校式訓練です。場所は講堂です。制服を着用のうえ、集合してください。本日の第二十二期生、合同授業の連絡は以上です」
その後、各県警ごとの放送が続いた。
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