第十四話 女子は優秀なんだよ
警察学校に入校してから三日目を迎えた。今日は土曜日だ。
日朝点呼後、当直教官から連絡があった。二十二期生の今日の予定は、午前中に消防署職員が来校し、消防訓練を行うのみとのことだった。教官たちは登庁しないため、日直も不要。スマートフォンは訓練終了後に返却されると告げられた。
当直教官が立ち去ると、学生たちはすぐに「早く返せ」と口々に不満を漏らした。
また、土日は食堂の職員が登庁しないため、昼食と夕食は買い出しが必要になる。朝食だけは、土日分があらかじめ用意されていた。今朝の内容は、紙パックの牛乳、惣菜パンが二つ、カップに入ったゼリーだった。
朝食後の清掃中、古謝と榎木が女子学生に声をかけ、昼食を食堂で一緒に食べようと誘っていた。
消防訓練では二十二期生全員が消化栓を使って消火を体験した。本館と体育館をつなぐロビーの壁に、「消火栓」と書かれた扉がついている。もちろん、今までの人生で開けたことはない。
扉を開けると、中には折りたたまれたホースが入っていた。ホースを引き出し、ロビーの外に出て、火元に見立てた杭をめがけて放水する。思いのほか、水の勢いは強い。全員が放水を体験して実技訓練を終えた後は、消防署の担当者から講話があり、それで今日の予定はすべて終了となった。日曜日が終わるまでは何の予定も入っていない。
昼食は、佐久本教場全員で食堂を借りて食べることになった。教場の学生たちは教官室でスマホを返却してもらい、外出許可を受ける。その間、平沢は昨晩仕上げた雑巾を提出した。
警察学校の向かいには、大きなホームセンターとスーパーの複合施設がある。敷地面積は、警察学校と同等か、それ以上に見える。
誠心寮の洗面所には電子レンジと小さな冷蔵庫があるため、平沢は夕食もまとめて購入することにした。警察学校の外に出られたという事実が、なんだか嘘のように感じる。
「戻りたくねぇ〜」
西島がぼやく。その気持ちは、痛いほどわかる。
警察学校に戻り、食堂へ移動する。古謝と榎木が食堂の使用許可を取ったらしい。佐久本教場の全員が食堂へ集まり、賑やかな昼食の時間を過ごした。
「みんな、グループチャット作るから俺と友だちになってよ」
榎木はコミュニケーション能力が高い。日本で一番使われているチャットアプリをスマホで起動し、全員と友だちになっていく。
「よし、十六人。全員入ったよ」
卒業後も連絡を取り合う機会はあるだろう。榎木は本当によく気が回る。
「え!?マジで!?東大の法学部?」
古謝の大声が食堂に響く。女子学生の野本さんと話していたので、彼女のことらしい。野本さんは恐縮している。
「そうだよ。しかもね、イギリスにワーキングホリデーにも行ってたんだよ」
女子学生の池村さんが言い添える。
「ワーキングホリデー!?すげー!って、それなに?」
「わかんねぇのによく驚けたな、お前」
驚く古謝に綿貫がつっこんだ。
「え、お前知ってんの?」
「知らんけど」
言い合いを続ける二人に池村さんが説明する。
「アルバイトしながら語学学校に通ったりできる制度だよ」
「へー。じゃあ、野本さん英語ぺらぺらなんだ」
「仁奈、ちょっと喋ってみなよ」
池村さんが促す。野本さんの名前は仁奈だ。
"Don't just say that out of the blue, I'm not really one for standing out."
野本さんが何か喋った。
"Don't worry about it. It's actually better to promote yourself and be proactive."
池村さんもそれに答える。
「ちょっと、池村さんもぺらぺらじゃん」
「へへー」
驚く綿貫に、得意げに笑う池村さん。
「女子のほうが倍率高いからな。やっぱ優秀な人が残るんだね」
平沢は素直な感想を述べる。
「そうだよ。女子は優秀なんだよ。私は英語喋れないけど」
三人目の女子学生、国枝さんが加わる。
「椎菜は噂とか警察学校のルールとか、どっかから仕入れてくるよね」
国枝さんの名前は椎菜だ。池村さんの評価に一〇二号室の今田が反応する。
「榎木と同じだな。あいつも二十一期生の部屋とか突撃して、いろいろ聞いてくるんだよ」
佐久本教場の学生たちは互いに打ち解け、二時間ほど話してから解散した。
平沢が食堂の外へ向かうと、今田が話しかけてきた。
「平沢さん、ちょっといい?」
「ああ、どうしたの?」
「次の火曜、俺と平沢さんで教場当番だから、ちょっと打ち合わせしよう」
「え?あ、そうなの?」
佐久本教場には学生が十六人いて、一日二人日直に指定されるので、早いペースで日直は回る。日直は正式には教場当番と呼ばれる。
「はいこれ」
今田からびっしりとメモが書き込まれたノートのコピーを渡される。
「……すげーやることあるね。っていうか、三日でこんな情報集めたの?」
教官室の見取り図、教官ごとの机の位置、名前。さらに各教官のコーヒーカップのイラストに、濃さや量の好みまで――一日の動きも細かく書かれている。
「最初の教場当番が二十一期からメモもらったらしいよ」
「あー、なるほど」
「コーヒーを入れて配るのは、他県警の教場当番と手分けしてやるからそんなに大変じゃないみたい。宮城の教官が一番多いからやること多いけど」
「あ、同じ県の教官を担当する感じ?……ありがとう、もういろいろ調べてくれたんだね」
「いや、次の月曜、一〇二の榎木と山形が教場当番の予定だから、昨日準備してる横で一緒に聞いてた。平沢さん、雑巾縫ってたんだろ」
「それは、俺のミスだよ」
「じゃあ、今度なんかあったら助けてよ」
「ああ、ありがとう。他県警の教場当番と打ち合わせることって、なんかあるかな」
「一応、月曜の夜に聞いてみるか」
「うん」
そう約束して食堂を後にした。
寮室へ戻ると、西島がまたぼやいていた。
「あ〜、ログインボーナスが途切れたぁ」
ゲームアプリの話だろう。そういえば、スマホを回収されたのでゲームもできていない。けれど、この環境では仕方ない。久しぶりに、少しだけゲームでもしてみようか——。
二日間の緊張がほぐれ、眠気が襲ってくる。日夕点呼までやることもなく、久しぶりに休息をとれる。土日の予定は点呼だけだ。教場当番は土日も配置されるが、平日と違って他県警と合わせて二人だけいればよいため、宮城県警は今週の当番から外れている。
そうして土日をだらだらと過ごし、日曜の午後六時。スマホ回収の時間となったので教官室へ提出に向かった。この時間は帰省していた学生の門限とも重なっていたようで、二十一期生が次々と教官室へ帰還報告に訪れていた。
休日はあっという間に終わってしまう。
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