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【全24話・毎日18時投稿】異世界よりもヤバいとこ〜バグってはいけない警察学校〜  作者: いふや坂えみし
第二章 平成三十二年十月二日〜五日

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第十二話 笑ってはいけない

 

 十二時四十分、学生たちは講堂に集まり、それぞれの席についた。教官が入室すると、日直が号令をかける。


「はい、休め。私は中鉢翼(ちゅうばちつばさ)といいます。普段は鑑識の授業を担当しています。これから皆さんには校歌を覚えてもらいます」


 中鉢教官は前日にも講堂で起立の入校式訓練を指導していた教官だった。講堂内に流れ出した校歌は伝統ある学校のそれらしく、どこか古めかしい感じがした。それに加えてどことなく右翼の街宣車で使われるBGMのような軍歌っぽさが感じられる曲調だった。


 講堂の壁には、歌詞が記されたプレートが掲げられている。北海道出身の平沢には耳慣れない地名も混じっていたが、音程は高くなく、声の低い彼でも歌えそうだった。


 今日も講堂の壁際に教官たちがずらりと並んでいる。校歌の訓練が始まると彼らは動き出す。


「声が小さい!」

「口を開けろ!」

「それで全力か!」


 次々に飛ぶ指導の声。だが、平沢は学生時代に演劇をやっていたため、肺活量と声の大きさには多少の自信がある。指摘されたのは、口の開け方だけで済んだ。


 訓練が進むにつれ、声の大きな学生から順に着席していくという方式に変わっていった。声が小さい者だけが立たされ、教官から集中的に指導される。その様子は見ていてつらいものがある。昨日の昼食の光景が思い起こされた。


 女子学生たちの多くが最後まで残され、ついには一人が泣き出した。


「泣いたら許してもらえるとか思ってんじゃないよ!辞めてもいいんだよ!」


 女性教官の声が鋭く飛ぶ。涙を流しながらも、その女子学生はじっと耐えていた。


 空気が重い。平沢は心の中でそっとエールを送る。折れるな、頑張れ。


 今回の訓練は彼にとってさほど辛いものではなかったが、自分でなくても叱られる場面を見るのは、やはり精神的に堪える。これほどの訓練が、いつまで続くのだろうか。



 十四時十分。点検教練の授業が始まる。制服の左胸ポケットに警察手帳、右胸ポケットに警笛を入れる。帯革には警棒・手錠・拳銃ホルスターを取り付け、ベルトの外側に装着し、帯革留めで固定する。


 授業終了から次の授業開始までのわずか十分間ですべての準備を整え、移動しなければならない。慌ただしさに追われ、名ばかりの休憩時間はあっという間に消えた。


 拳銃庫から拳銃を受け取り、ホルスターへ収めて集合場所へ向かう。


 向かったのは「プラザ」と呼ばれる広場。グラウンドとは反対側、正面玄関ロビーの裏側に広がるスペースで、校舎に囲まれた石畳の中庭のような場所だ。


 学生数の都合で、青森・岩手・秋田・山形の各県警の学生たちは一列横隊、宮城・福島の学生たちは二列横隊で整列していた。


 須崎教官の登場とともに、訓練が始まった。


「えー。それでは、せっかく整列してもらっているんですが、整列し直してもらいます。背の高いものが先頭、低いものが最後尾。一番最後に女子学生。その順で並び直してください」


 学生たちは背を比べあい、順番を整える。


「はい。三列横隊を作ってください。これから行うのは『通常点検』です。現場に出ても定期的に行われますので、よく覚えてください。この並び順も固定になりますので、前後左右の学生の顔、自分の立ち位置を覚えておくように」


 各点検項目について練習を行った後、通しで「通常点検」が始まった。


「点検官に——注目!」


 号令に応じ、一斉に学生たちの顔が教官に向けられる。


「番号!」


 リズミカルに先頭の学生のみが番号を数え、最後尾の学生が「一欠!」と声を張る。日朝点呼、朝夕の点呼と同じ要領だ。


「第一列八歩、第二列四歩前へ——進め!」


 学生たちは指示通りに前進し、止まると同時に右を向いて列を整える。須崎教官が横から列を眺め、確認する。


「右から四番目、少し下がれ。よし。九番目。あ、違う。十番目。前に出ろ。もう少し前。よし」


 確認が終わると須崎教官は前へ戻る。


「手帳!」


 一斉に左胸に手をやり、手帳を取り出して構える。


「開け!」


 手帳を開き、手のひらに立てかけて見せる。須崎教官が移動し、一人の学生の前で立ち止まる。


「番号!」

「七〇二七!」

「よし!——収め!」


 一斉に警察手帳をポケットに戻し、ボタンを留める。


「警棒!」


 左腰に一斉に両手を当て、警棒を引き抜いて前方斜め下へ機敏に向ける。


「伸ばせ!」


 警棒の(つば)をひねって展開し、警棒の先端を伸ばして再び先端を斜め下へ向ける。


「収め!」


 縮めてホルスターへ収める。


「手錠!」


 今度は腰の後ろから手錠を取り出し、構える。ところが、誰かがうっかり落としたらしく──。


「しっかり掴んどけ!粗末に扱うな!」


 さらに、


「遅い遅い遅い!バラバラだぞ!」


 怒声が飛ぶ。


 収める際も一苦労だ。正面を向いたまま腰の手錠入れに手錠を収めなければならない。手錠の向きを間違えたり、なかなか収まらなかったりして、もたつく学生が続出した。


「警笛!」


 ポケットから取り出して構える。


「第一列、吹け!」


 右端の学生から順番に警笛を吹いていく。


「第二列、吹け!」

「ピー!」

「ピー!」

「ピー!」

「ピー!」

「ピー!」

「ピー!」

「ピー!」

「ピー!」

「ぴひょ〜っ⋯⋯」

「⋯⋯ぴっ、ピィー!」


 気の抜けた笛の音に虚を突かれた学生はまともに笛を吹くことができない。


「しっかり吹けー!」


 須崎教官の指導は、平沢には華麗なツッコミに見えた。笑ってはいけない。笑ってはいけないのだが、これはきつい。笑うことが許されない状況なので、なおさら笑えてくる。腹筋と顔面に力を入れて必死に耐える。


「収め!」

「拳銃!」


 最後の点検は拳銃だ。両手を右腰に添え、ボタンを外して銃口を上へ向けて構える。銃口が斜めになっている学生には、須崎教官が直接手を伸ばして向きを修正する。


「収め!」


 全員が拳銃を戻す。


「第二列四歩、第三列八歩前へ——進め!」


 学生たちが第一列の学生の元へ集合する。


「回れ——右!」

「八歩前へ——進め!」


 学生全員が須崎教官から離れていく。


「回れー、右!」


 指示通りに動くと、訓練前の位置へ戻っていた。


「はい、というわけでね。⋯⋯とても人に見せられないですね。しっかり復習して、次の訓練のときはこのようなことが無いようにお願いします」


 須崎教官の言葉に、学生たちは悔しさを飲み込んだ。

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