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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
百年越しの一歩

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打ち上げ

「ユズリハちゃん!!♡」



 翌日の昼。試験が終わる頃を見計らってギルドに顔を出したら、声の方が先に飛んできた。

 ミルシェが受付の前でぴょんぴょん跳ねている。駆け寄ってきて、両手を握ってきた。

 視界の隅、ギルドの奥にセリアの姿。



「Bランク試験、合格したー!!♡」



 もう結果まで出たのか。ミルシェの勢いに、返事が一拍遅れた。



「……お、おめでと。昨日の『できるわけない〜♡』は?」


「一晩寝たら吹っ切れたの♡」


「……切り替え早いな」



 カウンターの受付スタッフが苦笑しながら、新しいプレートを差し出した。



「昨日の合同依頼での働きも、高く評価されています」


「やった〜♡ Bランクだ〜♡」



 ミルシェの手の中で、真新しい「B」が光っていた。私のポケットにも、同じ刻印がある。

 あっちは試験を受けて取ったやつで、こっちは面接で判子をもらったやつだ。



 フィルがこちらへ歩み寄ってきた。



「無事に通ったか。当然の結果だ」



 ミルシェが全力で頷いた。そして、また私を見る。



「ユズリハちゃんのおかげだよ♡」


「え? いやいや、ミルシェの実力でしょ」


「ううん、ユズリハちゃんの力♡ 手術してくれたからだよ♡」


「……私が外したのは、ミルシェの中で邪魔してたものだけ。昨日の動きは、ミルシェが積んだ力だよ」



 ミルシェが一度だけ瞬いた。いつもの笑顔が、少しだけ柔らかくなる。



「……それでも、ありがとう♡」


「どういたしまして。改めて、おめでとう」



 ミルシェが、にっこり笑った。次の瞬間、また飛び跳ねて受付スタッフに「お静かに」と諭されていた。



「……おめでとう」



 今度は、奥からセリアの声がした。

 ミルシェが振り返り、両手で口を覆った。足も止まっている。

 私もセリアを見た。自分から人を祝うところなんて、初めてだ。



「……ありがとうございます♡」



 さっきまでとは違う、小さな声だった。

 セリアが頷くと、ミルシェはプレートを胸に押し当てた。



 夜。

 ギルド二階の小部屋に、お祝いの料理が並んでいた。今夜はこの部屋を貸し切って打ち上げをするそうだ。

 木のテーブルに、肉料理、パン、スープ、デザート。ミルシェが腕まくりして「お祝い料理、作るから♡」と宣言した結果、半分くらいは自作。残りは酒場から頼んだらしい。

 ……祝われる側が厨房に立つな。

 テーブルを囲んだのは五人。私とセリア、フィルとリコ、それからミルシェ。

 全員のグラスに飲み物が注がれた。フィルがグラスを掲げる。



「ミルシェのBランク昇格を、心から祝す。お前の今日までの努力、セリアンディエル様との合同依頼で発揮した実力、そして本日の試験での成果——」


「フィル、長い」


「……」


「続きは私が伺いますので、先に乾杯を」



 リコが真顔で引き取った。



「……乾杯」


「やっと飲める〜♡」



 控えめな乾杯の音。ミルシェだけが満面の笑みでグラスをぶつけてくる。

 それから、ミルシェが小皿を私の前に置いた。



「はい、ユズリハちゃん♡ 頑張って作ったの♡」



 焼き目のついた肉から、スパイスの香りが立っていた。一口食べて、もう一度皿を見た。



「……うま」



 噛むと肉汁が出て、後から香りが鼻に抜ける。もう一切れ取ってから、ミルシェを見た。



「レシピ教えて、自分でも作りたい」



 そう言うと、ミルシェががっくりと肩を落とした。



「そこは『また作って』って言うとこ!!」


「え? 自分で作れた方が効率よくない?」


「効率の話してない!!」



 レシピの話は後らしい。せめて材料だけでも教えてほしいんだけど。



「じゃあ、また作って……」


「うん♡ いつがいい? 明日?♡」



 早い。

 ミルシェは私の皿にもう一切れ乗せてから、自分の分にも手をつけた。

 ふと気がつくと、セリアが黙って、二皿目の肉料理を取っていた。

 ……え。——セリア、野営の時は一口で「足りてる」って言うやつだぞ。それが、二皿目。胃袋バグったか?

 ミルシェが、目を見開いた。



「セリアンディエル様、二皿目!?♡」


「……」


「美味しい!?♡」


「……故郷で、よく食べた。光雉(ひかりきじ)の肉……」



 ぽつり、と落ちた呟きだった。

 故郷か。集落を焼かれたとは聞いた。でも、そこで何を食べ、どう暮らしていたのかは、何も知らない。

 ミルシェが肉の皿を見て、それからセリアへ笑いかけた。



「えー♡ うちの故郷でも、お祝いの日によく出てたよ〜♡」



 セリアが、ミルシェを見た。表情は変わらない。でも、視線がいつもより、長く留まっている。



「もう一皿、食べる?♡」


「……少し」



 ミルシェが嬉しそうに調理台へ向かい、セリアの空いた皿へ、さっきより多く盛って戻ってきた。

 リコがボウルに何かを混ぜている。



「リコちゃん、何作ってるの〜♡」


「デザート用のクリームです。ほぼ完成しました」


「味見してい〜?♡」



 ミルシェが指でひと舐めして、動きが、止まった。



「……リコちゃん。これ、砂糖じゃなくて塩じゃない?」


「……あ。では、肉料理の方に」


「失敗を私のお皿に引っ越さないで!?♡」



 ミルシェがボウルを引き取り、リコは持ってきた包みを開いた。小皿に並べていくのは、黒い塊だった。

 ……あ。

 アスタル村へ向かう道中、リコにもらった保存食に紛れていたやつだ。一口かじって、舌の処理能力が追いつかなかった。

 ——同じ系譜だ。



「ユズリハさん、味見してもらえますか。故郷のお菓子です」



 さっきから故郷、故郷。……私の番が回ってきたらどうするんだ。



「お菓子なの? これ」


「私の故郷では、魔除けとしても使われています」



 魔除け。……私、魔じゃないんだけど。

 食べるのか、これを。嫌な予感しかしない。



「あ……ごめん。さっきの肉でお腹いっぱいかも」



 リコからもらった皿を、すっとセリアの方へ押し出した。バディ、後はよろしく。

 セリアが、視線を上げた。フォークが止まっている。

 ——咄嗟に目を逸らした。

 セリアは皿を引き寄せて、ゆっくり食べ始めた。

 食べた……。

 一口。二口。三口。

 ——表情、変わらず。美味いのか、まずいのか、舌が麻痺したのか。エルフの無表情、本当に読めない。

 ミルシェが、息を呑んで私を見ている。



「……ユズリハちゃん、セリアンディエル様に何させてるの!?♡」



 言い方。……というか、その慌てよう。ミルシェも食べたことあるな、あれ。



「……なんかセリア、今日お腹空いてそうだったから」



 言い訳にしてはお粗末だ。我ながら。

 ——セリアが、私を見た。皿に残った最後のひとかけらをフォークで掬って、私の口元に運んできた。

 ……仕返しのつもりか。



「……」



 顔を引くと、フォークも同じだけ追ってきた。

 戦闘中より間合いの管理が厳しい。

 観念して口を開けると、それが舌に乗った。苦い。甘い。遅れて何かが鼻の奥に残って、何を食べているのか分からなくなる。



「ユズリハさん、いかがですか」



 リコは真顔で感想を待ち、セリアはフォークを持ったまま私の顔を覗き込んでいる。

 二人の間あたりに視線を置いて、笑顔を作った。



「……うん。忘れられない味になりそう」



 リコが満足そうに頷いた。セリアの視線は、まだこっちにある。

 ——今のは、使える。次にリコの料理が回ってきた時の、定型文にしよう。



 壁際の席で、フィルが自分のグラスへ目を落とした。

 このまま座っていると、今度は何を食べさせられるか分からない。

 席を立って、向かい側に腰を下ろした。



「そういえばフィル、初Aランク任務、どうだった?」



 フィルの手が、止まった。



「良い経験ができた。冒険者としての糧になった」



 ミルシェが食いつく。



「楽しかったって言えばいいのに♡」



 フィルがグラスを置いた。



「……リコ。そんな風に見えたか?」


「フィル様の向上心は、素敵だと思います」



 フィルの肩から、わずかに力が抜けた。



「……その向上心で左腕を吊って帰ってきたのは、お忘れのようですが」



 フィルが酒へ逃げようとすると、リコが黒い塊の乗った小皿を、その前に置いた。



「食事も召し上がってください。エルフだからと食事を抜いて、飲んでばかりでは、体に障ります」



 ミルシェが私を見て、声を出さずに笑った。フィルは何も言わず、死んだ目で皿に手を伸ばした。



 しばらくして、ミルシェがグラスを片手に私の腕へもたれかかってきた。何杯目なのか、頬がほんのり赤い。



「ユズリハちゃ〜ん♡」


「なに……?」


「おっぱい揉む?♡」



 ミルシェにはハラスメント研修を受けさせるべきかもしれない。それも、定期開催の方で。



「間に合ってます」


「セリアンディエル様ので間に合ってるの?♡」


「は、違うわ!」



 ……言ってから、反射的に奥を見た。

 セリアと、目が合った。

 アルコールの匂いが鼻先まで来る。ミルシェの髪が、私の肩にかかった。

 セリアが、立ち上がった。無言で私の反対側へ回り、椅子を引き寄せて座った。肩が触れる。



「ふふふ、セリアンディエル様、ユズリハちゃん独占したい派〜?♡」


「……違う」


「じゃあ何で〜?♡」


「……椅子が、空いてた」


「いやいや、椅子なんていっぱい空いてるのに、そこなんだ〜?♡」


「……」



 ミルシェは笑いながら、私の腕に回した手を離さなかった。

 セリアも椅子を戻さない。

 昨日の馬車と、同じ並びだ。両側を塞がれたまま、しばらく飲んだ。



 宴がだいぶ進んだ頃、ミルシェが「外で焚き火したい〜♡」と言い出した。目はもう半分閉じかけている。料理も酒も存分に楽しんで、限界が近いらしい。

 ギルドの裏庭に、小さな焚き火台がある。普段は誰も使わないが、今夜は特別に使用許可を取った。

 薪に火が入った。

 ミルシェは酒を持ったまま焚き火のそばに座り込んで、いつの間にか寝息を立て始めた。

 ——言い出しっぺが最初に落ちた。



「お疲れだな、これは」



 フィルが苦笑しながら、自分の上着を脱いでミルシェにかけた。

 リコが真顔で言った。



「……フィル様、優しい」


「いや、寒そうだったからだ」


「……やっぱり優しい」


「…………」



 フィルは黙ってグラスを傾けた。



 焚き火を挟んでミルシェたちの反対側、薪が積んである方に腰を下ろした。

 火の粉が、夜空に向かって細く立ち上る。薪が乾いた音を立てて弾け、火が一段大きくなった。木の樹脂と煤の匂いが、風に混ざる。

 ジョッキを傾ける。任務中の焚き火なら、酒には口をつけない。今夜は、飲んでいい。



 ……セリアが、無言で私の隣に座った。二人の間に、指二本分くらいの隙間がある。

 ——周りを見る。フィルとリコは少し離れた場所で、ちびちびと飲みながら何か話している。ミルシェはフィルの上着にくるまれて、寝息を立てている。

 薪がはぜる合間に、リコの小さな笑い声が聞こえた。



 昨日は合同依頼。今日はミルシェのお祝い。次の約束は、まだない。

 それなのに、また何か理由をつければ集まれる気がしている。

 ——迷宮で魔導書が見つかったら、私はもうここにいないのに。



 ジョッキを脇へ置いた。無意識にセリアの肩に自分の肩を預けていた。

 触れたところが、こわばるのが分かった。やば。

 離れようとすると、セリアの腕が背に回り、引き戻された。けれど、その腕はすぐに離れた。

 小さく息を吸う音がした。



「……寒いの?」



 声が、耳のすぐ横で聞こえた。セリアの肩は、動かないままだ。



「……ううん。ただ、なんか火、いいなって」



 二人の間に置いていた手に、長い指が触れた。指先が指の間を探るように入ってくる。手をわずかに開くと、そのまま深く絡められた。

 冷たい。顔を上げたが、セリアは焚き火を見ていた。



 セリアが、ぽつりと呟いた。



「……あったかい」



 冷たい手だと思っていた。向こうからは、温かい手に触られているらしい。



「……こんな日が来るとは、思っていなかった」



 横顔を見た。火が揺れるたび、睫毛の影が頬の上で動く。

 何か返そうとしているうちに、セリアの指に力がこもった。私も手を引かず、もう一度火へ目を向けた。



 やがて、焚き火の向こうで寝言が聞こえた。



「……ユズリハちゃん……♡」



 ……ミルシェの方に目を向ける。



「……ユズリハちゃんのえっち〜……♡」



 ……夢の中の私が何をしたかは知らないが、現実の私は無罪だ。

 焚き火の薪が一本崩れ、火が小さくなった。

 セリアが、私の後ろの薪の山へ目をやった。



「……薪、足す?」



 繋いだ手へ目を落とす。

 その指が、ほどけようとする。

 ——反射的に、握り込んだ。



「……もう少し、このままで」



 答えてから、顔を上げられなくなった。火を見たまま肩を預け直すと、セリアの髪が頬に触れた。

 隣で息を吐く音がした。



「……うん」



 指は絡んだまま、二人の膝の間に収まっていた。

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