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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
百年越しの一歩

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合流

 朝、五時。

 王都の東側、城壁沿いの空き地は、まだ薄い霧に包まれていた。地面は夜露に湿り、膝下には白い霧が漂っている。早朝に出てきているのは、私だけだ。

 息を吐くと、白く残って、霧に混ざって消えた。

 ……前職なら、この時間はまだ夢の中だった。始業五分前に飛び起きていた人間が、今は誰にも言われずに起きて、霧の中に立っている。意識が高い。高すぎて自分で引く。

 今朝も、同じ練習だ。蟲の群を二つに分けて、別々の的に当てる。それだけ。

 アルミ玉を握る。右の指先に一群、左にもう一群。

 右の群れを十メートル先の杭へ。左の群れを、反対側の立木へ。

 右が杭に取りついた。そのまま左の群れを枝へ飛ばした瞬間——杭にいた群れがほどけ、左手側へ吸い寄せられた。二群が一つに戻る。

 ——またくっついた。

 右と左に分かれてほしいだけなのに、隙あらば合流する。そんなに仲良しじゃなくていいんだが。

 私より協調性がある。そこは見習いたくない。



 この技を思いついたのは、ミルシェたちと薬草を摘みに行った日だ。蟲は群ごと、ひとつの的にしか向かわない。二体目が横から来たら、それで終わる。十匹で試して、だめだった。あれから何度か練習したが、進歩はなかった。

 でも、今までは、できなくても困らなかった。手こずったのは、ミルシェと二人でCランクの狼三匹を相手にした時くらいだ。

 バディを組んでからは前に出るのが全部セリアで、私は一群を一箇所に置けば足りた。……甘えていたな。

 ソロンの話では、あの迷宮は内部の形が変わる。空間が安定していない。通路も壁も、当てにならない。魔物がどこから現れてもおかしくない。誰と行こうと、一人で全方向は抱えきれない。

 ……守ってもらわなくていい、と言ったのは私だ。

 セリアから、同行の返事はまだない。断られることも、ある。

 その時は、金を積んで護衛を雇うか、別のAランクに頭を下げるかだ。

 いずれにしても、足りないのは、私の方だ。

 私は私で、できることをやるしかない。……その結果が、朝五時から両手で蟲を振り分けてる社会人だ。どう見ても不審者だな。



 ——ふいに、昨日の光景が割り込んできた。

 セリアの、硬い背中。その正面で、穏やかに笑っていたキリヤ。

 気づけば自分の手が止まっていた。

 頭を振って、アルミ玉を握り直した。

 ……集中しろ。右と左、同時展開——また、一方が引っ張られた。



 今日も、うまくいかない。

 自分の呼吸のほかに、音がない。……そろそろ時間だ。

 ——魔導書が、今もあるとは限らない。先生は最初から、そう言っていた。

 行って、なければ、ない。……その時は絶望するんだろうか。それとも……。いやいや。振り払う。

 アルミ玉をポケットに戻して、歩き出した。



 ギルドに着くと、朝の食堂はもう人で賑わっていた。

 カウンター奥の壁に、セリアがもたれて腕を組んでいた。

 ——昨日、あの裏手で何を言われたのか。

 ……聞けない。聞いた時点で、見ていたことがバレる。

 ——あの小石の音に気づかれていた場合は、その限りじゃないけど。

 一角に、フィルとリコ、ミルシェもいた。フィルは報告書、リコは地図、ミルシェは朝食の串焼き。バラバラのことをしているのに、三人が同じテーブルにいる。変わってない。

 ——肩から、力が少し抜けた。

 ミルシェが私に気づいて、ぶんぶんと手を振った。



「ねえねえユズリハちゃん♡ ちょっと来て来て♡」



 近づくと、ミルシェが椅子を引いて隣を空けた。座った瞬間、ぴったり腕を絡めてくる。



「ユズリハちゃん♡ 会いたかったよ〜♡」


「昨日会ったばっかでしょ」


「昨日は逃げられたもん♡」



 ——相変わらず、距離が近い。ミルシェの視線が、壁際を一度だけ掠めて、すぐに戻った。



「ねぇねぇ、みんなで依頼受けよ♡ ユズリハちゃんも一緒に♡」


「……みんなで?」



 見回すと、リコが頷いた。フィルが報告書から顔を上げる。



「ちょうど話してたところだ。——ミルシェをBランクの昇格候補に上げたいって話が来ててな」


「え、そうなの?」



 ミルシェの方を見る。



「昨日、ユズリハちゃんが帰った後にね。受付の人に声かけられて♡ そろそろ昇格候補に、って♡ ……でも、正式に試験を受けるには、実績があと一つ足りないんだって♡」



 語尾が、いつもより下がっていた。

 フィルが続けた。



「——格の高い依頼なら、なお確実だ」



 フィルが、一拍おいて、少し目を逸らした。壁際とは、逆の方へ。



「……ユズリハ。お前、その……セリアンディエル様とAランクの任務、回してるんだろう。俺たちも今回は混ぜてくれないか。これはミルシェのためでもあるんだ」


「……ミルシェのため、ね」


「…………」



 リコが、地図から顔を上げた。



「Aランクの任務、フィル様ご自身もやってみたかったんですね」


「……ミルシェのためだ」


「フィル様は、前から依頼票のAランクの欄ばかり見ていました」


「リコ」


「掲示板の前で立ち止まるのも、これが初めてではありません」


「リコ」



 リコは地図に視線を戻した。

 ——ミルシェから聞いてる。「フィルはもっと刺激が欲しい」って。

 フィルが、視線を戻さないまま続けた。



「……悪いか。俺たちも、少しは成長してるんだ。特に、ミルシェは」



 ミルシェが、絡めた腕の中で、少しだけ胸を張った。

 フィルが、リコの広げていた地図の上に依頼書を置いた。



「候補はこれだ。王都北の森から、王都の外縁まで下りてきている魔物の群れ。それを複数、討伐する。推奨人数は五人」



 五人。依頼書には、群れの数も個体数も不明とある。単体の大物より、広い範囲で何度も戦うことになりそうだ。



「俺たち三人だけでは手が足りない。だが、二人が加われば、戦い方は組める。——具体的な動きは、セリアンディエル様にも伺ってからだ」


「とは言いつつ……頭の中では、もうできてそうだよね」


「誘う前に何も考えていない方が失礼だろう」



 正論だった。

 私はいい。むしろ、やってみたい。

 ただ、私が頷いたところで話は動かない。Aランクの依頼には、Aランクが一人要る。

 ミルシェはまだ私の腕に絡みついたまま、依頼書を覗き込んでいる。



「ユズリハちゃんと一緒なら、私頑張れるよ♡」


「私がいなくても頑張って欲しいところだけど……昇格かかってるんでしょ?」


「一緒なら、もっと頑張れるの♡」



 都合のいい加算方式だな。

 壁際のセリアを振り向いた。目が合う。——こっち、来てもらっていい? 目で合図した。

 セリアは無言で壁から背中を離し、ゆっくりテーブルに歩いてきた。ミルシェが反対側の椅子を引いたが、セリアは座らず、椅子の背に片手をかけて立ったままだった。

 フィルが、背筋を伸ばした。



「あの……セリアンディエル様」



 フィルが、一呼吸おいてから切り出した。



「Aランクの任務を、受けたいんです。——我々と合同で。ご同行いただけないでしょうか」



 セリアは黙って、テーブルを囲む四人を順に見た。いつもの無表情だ。一人ずつ、間があった。

 フィルが、セリアの沈黙に耐えかねたのか、付け足した。



「……もちろん、報酬の配分は、等分でとは申しません」



 何秒か、沈黙。

 ——フィル、それは効かない。

 取り分を増やす提案なら、私が前にやっている。「いらない」の四文字で終わった。

 セリアの視線が、フィルから私へ移った。



「……あなたは」


「私は行きたい。ミルシェの昇格、手伝いたいし。それに久しぶりに皆で依頼受けてみたいなって」



 セリアは私を見たまま、わずかに目を細めた。それから、まだ私の腕に絡んでいるミルシェへ視線を落とす。

 ミルシェが、なぜか腕に込める力を強くした。

 ……ミルシェ。それ、今はやめてくれ。セリアの視線が痛い。



「……別に、いいけど」



 セリアが、テーブルの上の依頼書に目を落とした。指が、椅子の背を一度だけ叩く。



「……全員、私の見える位置に。ユズリハは、私の隣。離れないで」



 フィルが、一拍遅れて「……承知しました」と返した。



 ユズリハ、か。

 アオイ、とは呼ばれなかった。……いや、さすがに人前では呼ばないか。

 ——離れないで。

 ……そういえば、酔ったセリアは言っていた。「私がいたとしても、全員守り切れる保証なんてない」。だからAランクは受けないんだと。

 私の意見を聞いた上で、全員を守れる形にしようとしてるのか。

 なら、私がやれるのは、隣で足を引っ張らないことだけだ。



「では、依頼の詳細をご説明します」



 フィルが地図をこちらへ向け直した。



「対象は群れです。ミルシェが前で引きつけ、俺が氷で動きを制限します。リコは全体の補助。セリアンディエル様とユズリハの動きについては、お二人の連携を把握していないため、ご判断を仰ぎたい」


「……ユズリハは、私の隣と言ったはず」


「それは承知しています。戦闘上の役割を伺っているのですが」


「……ユズリハが離れなければ、それでいい。バディが離れるなんて、ありえない」


「…………」



 フィルがリコを見た。

 リコがミルシェを見た。



 ミルシェは私の腕に絡んだまま、首を傾げた。



「じゃあ私も、ユズリハちゃんの隣がいいな♡」



 セリアが、間を置かずに言った。



「……あなたは前でしょ」


「ユズリハちゃんも前に来れば、一緒にいられるよ♡」


「いや、私、そもそも前衛じゃないんだけど」



 セリアがミルシェを見た。



「……危ないから、駄目」


「じゃあ私が後ろに行く♡」


「ミルシェ、お前が前に出なくてどうする」



 フィルがすかさず止めた。



「そっかぁ。配置って難しいね♡」



 難しくしてるのはお前だ。



 ミルシェは笑っている。

 セリアは笑っていない。



 フィルとリコが、今度は揃って私を見た。

 やめてくれ。私を挟んで目だけで会話しないでほしい。



「えっと。これ、魔物を倒しに行く話だよね?」


「……そのはずだ」



 フィルの返事に、妙な疲れが混じっていた。

 リコが、ほんの少し笑った。視線の先には、地図に指を戻しかけているフィルがいる。



 ミルシェの目が、すっとリコへ動いた。



「リコちゃんも、フィルの隣がいいって言えばいいのに♡」


「……何の話ですか」



 リコがすぐに地図へ目を落とした。



「配置の話♡」


「……なぜ俺が出てくる」


「フィルには関係ないよ♡」


「俺の名前を出しただろう」



 結局、私とセリアの具体的な役割だけは決まらないまま、話はまとまった。



「セリアンディエル様、ありがとうございます〜♡」



 ミルシェがやっと腕を離して、両手を上げた。

 フィルが依頼書を持って立ち上がる。リコが、広げていた地図をたたんだ。



「受注してくる。出発日は追って知らせる」


「あ、私も♡ 試験のこと、受付に聞いてくる♡」



 ミルシェがフィルの後を追い、リコも、たたんだ地図を抱えて続いた。

 テーブルには、私とセリアだけが残った。

 ポケットの中で、アルミ玉を握っていた。

 迷宮の返事も、昨日の裏手のことも、喉の手前で止まっている。

 目が合った。



「……何」


「……何でもない」



 セリアは、最後まで椅子に座らなかった。

 カウンターの方で、ミルシェの声が跳ねた。フィルが短く返している。

 推奨人数、五人。……今回は、ちょうどだ。

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― 新着の感想 ―
ミルシェはアオイにガチ恋しているように見えるのに、セリアとのバディ結成を勧めたのは何故だろう そして、アオイがそんなに元の世界に帰りたがる理由は何でしょうね。両親か、ゲームの仲間か、それとも仕事か …
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