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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
バディ

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個体差

 二日目の朝。

 前に二人で野営した時も、私の方が先に眠った。あの夜は、打ち明けたこと、打ち明けられたことが頭から離れなくて、そんなことを気にする余裕もなかった。

 昨晩は見張りの交代を申し出たけど、セリアに「寝なさい」の一言で切られた。

 Aランク冒険者に番を任せて寝るBランク。構図としてはおかしいけど、逆らう余地がなかった。あの声で「寝なさい」と言われたら、もう寝るしかない。命令じゃなくて、拒否権のない提案。

 エルフがショートスリーパーなのは知っている。それでも、自分だけ毛布にくるまって朝まで寝たのは、少し居心地が悪い。

 目が覚めた時、焚き火はきれいに消えていた。セリアは荷物をまとめ終えて、水筒の水を飲んでいた。

 朝日が差し込んで、白金の髪を横から照らしている。水を飲む喉が動いた。鎖骨(さこつ)の線に光が落ちて、そこから肩へ。——セリアは寝たのか? 目の下に隈一つない。



「おはよう」


「……おはよう」


「セリア、寝た?」


「……少し」


「少しって何時間」


「……数える必要がない」



 ——測定不能。省電力設計の仕様は非公開らしい。



 セリアが水筒を下ろした。

 ——あ。

 昨日は後ろで一つに結んでいた髪が、今朝は緩く編み込まれていた。サイドの髪を後ろに流して、うなじの辺りでまとめている。顔周りの印象が昨日と全然違う。

 少し前なら、見落としていたと思う。今は『見る』モードなので一目で違うと分かる。



「……今日は編んでるんだ」



 セリアの動きが止まった。

 背嚢(はいのう)の紐を締めていた手が、ゆっくりと離れる。

 振り返る。朝の逆光の中で、赤い目だけがはっきりと見えた。



「……何が」


「髪。昨日より時間かかりそうだけど、そっちの方が戦いやすい?」


「……戦いやすい……?」



 セリアは抑えた声で、そこだけ繰り返した。

 長い沈黙。

 鳥の声が三回聞こえた。焚き火の灰が風に飛んだ。セリアの右手が、ゆっくりと腰の剣の柄に触れた。

 ——え。



「…………もう一度、言って」


「え? いや、朝の準備として効率が——」


「——黙りなさい」



 ……何がまずかったんだ。

 昨夜は「気分転換」と言っていた。それを私は「戦いやすい」に言い換えた。

 ……回答を間違えたらしい。

 だとしても、剣に手をかけるほどか?



 セリアの手が、剣の柄から離れた。

 そのまま(きびす)を返して歩き出す。足音が、いつもより少しだけ強い。

 分からないまま、慌てて後を追った。



 気まずい。

 セリアは黙ったまま、いつもより少しだけ速く歩いている。編み込んだ髪が背中で揺れるたび、さっきのはやはり不正解だったと告げられている気がした。

 ——とりあえず、話題を変えよう。このまま黙って歩き続けたら凍死する。物理的にではなく、精神的に。



「セリア」


「……何」



 声が硬い。でも返事はした。——いける。

 昨日は耳が動いたと言ったところで睨まれて、聞きそびれたことがある。



「昨日、蜥蜴(とかげ)と戦った時の耳なんだけど」


「…………」


「ぴくって立った。私の方を一瞬向いて、すぐ蜥蜴に戻った。あれ、意識してやってるの?」



 セリアが足を止めた。振り返る。



「……そこまで覚えているの」


「目の端に入っただけ。でも、動き方が気になって」


「戦闘に参加しないで何をしてるの」



 人間にはない可動部が、本人の意思とは別に動いたように見えた。何に反応したのか、仕組みも条件も分からない。

 エルフの身体についての本は探せばこの世界にもあるだろう。私が読んだことがないだけだ。戻って探せば、耳の動きについても何か分かるかもしれない。

 ——でも、エルフ本人が今目の前にいるんだぞ? 直接聞いて確かめたっていいだろ。



「戦闘に集中してなかったのはごめん。でも、動き方だけもう少し確認したい」



 セリアの目が、すっと細くなった。



「私は実験体じゃない」


「いや、これは観察であって——」


「同じ」



 一語。刺さる。——でも引き下がりたくない。



「単刀直入に聞くけど、エルフの耳って感情で動くの?」


「ない」


「今、耳立ってるけど」


「…………」



 セリアの耳が——わずかに伏せた。

 「ない」と言った直後だ。見間違いじゃない。



「今——」


「……言わないで」



 口を閉じた。今のは、怒っているというより恥ずかしがっているように見えた。

 分かった、言わないよ……でも、記録はさせてもらう。否定すると立つ。動いたことを指摘すると伏せる。——傾向は見えた。



 セリアの足は速い。追いつくのがやっとだ。

 それでも、道が曲がる前には一度振り返る。

 ……置いていく気はないらしい。こういうところは好きだ。——バディとして。



 昼過ぎ。街道沿いの岩場で休憩を取った。

 セリアが岩に腰掛けて、水筒の水を飲んでいる。

 隣に座った。朝より少しだけ距離を取って。

 エルフは同じ言葉を話すし、見た目も人間に近い。だから今まで、身体の仕組みまで同じようなものだと思っていた。

 でも、耳は感情に反応しているように見える。睡眠も食事も、人間とは違う。一つ気づくと、他はどうなっているのかまで気になってくる。



「あとさ」


「……まだあるの」


「セリアの脈、ちょっと確認していい? 手首だけ」



 セリアの目が、こちらを向いた。水筒を持った手が止まっている。



「……なぜ」


「人間と同じか気になって。エルフって循環系が違うのかなって。……無理にとは言わないけど」



 セリアが、水筒を持ったまま動かなかった。

 返事のないまま、数秒。——水筒を岩の上に置いた。

 それから、右手をこちらへ差し出した。

 ——いいらしい。

 手首に指を添えた。触れた肌は、やっぱりひんやりしていた。

 脈が、指先に伝わってきた。——遅い。

 私の脈が二度打つ間に、一度しか返ってこない。心配になる間隔なのに、セリアの呼吸は穏やかだった。これが、この身体の正常値らしい。



「…………」



 遅い脈を数えながら、顔を上げた。

 赤い目とぶつかった。

 セリアは、動かなかった。払いのけない。声も出さない。石のように固まって、こちらを見ている。

 指先に、さっきより早く脈が返ってきた。

 ……あれ。測り方、間違えたか?

 もう一度……さらにもう一度。確かめるうちに、間隔は安静時の半分近くまで縮まっていた。



「……い、つまで」



 声が、震えていた。

 セリアの声が震えるのを初めて聞いた。——それで我に返った。脈に気を取られて、いつからこうしていた?

 常識が三秒遅れで追いついてきた。

 手を離した。慌てて。



「ごめん。長く触りすぎた」


「……先に時間を決めなさい」


「……すみません」



 声に棘がある。でも——目を伏せた横顔が、うっすら赤い。

 ……照れてる? いや、手首に触られたくらいで普通は照れないだろ。長く触られることには慣れてないのかもしれない。

 ——手首で測定可。安静時心拍は約四十。測定中に倍近くまで上昇。指がずれたか、測り方の問題(要確認)。メモ完了。



 巡回を再開した。しばらくは何事もなく過ぎた。セリアは一言も喋らなかった。——でも歩調は合わせてくれていた。

 これ……何か言った方がいいのか。でも、手首は許可を取ったし、長く触れたことも謝った。耳のことは聞いただけだ。

 ——なのに、何でこんな空気になってるんだ。

 不意に、セリアが口を開いた。前を向いたまま。



「……なぜ急に」


「……何が?」


「私のことを。……昨日から、ずっと」



 いつもの静かな声。でも、朝みたいな棘はなかった。

 ……正直に答えた。



「キリヤさんの依頼で魔物の観察を始めたら、なんかスイッチが入っちゃった。一度観察モードに入ると、目の前のもの全部気になるみたい。……セリアがたまたま一番近くにいたのもそうだけど、私エルフのこと全然知らないなって」


「……たまたま」


「うん」



 セリアが、少しだけ歩調を落とした。

 何か言いかけた気がした。——でも、言わなかった。



 午後。魔物は出ないまま、巡回だけが進んだ。

 夕方に差し掛かって、森の中の光が弱くなってきた頃。セリアが木の根元で立ち止まって周囲を警戒していた。暗がりの中で赤い瞳が光っている。——猫の目みたいだ。瞳孔の開き方か、それとも網膜の奥で光を返しているのか。

 ……気になる。

 見えてしまったものは仕方ない。



「セリア」



 セリアがこちらを見た。返事の代わりに、赤い目がわずかに細くなる。また何か始まると警戒している顔だ。



「暗いところで瞳孔ってどう変わる? ちょっと見せて」


「……あなた、懲りないの」



 それでも、セリアは顔をこちらへ向けた。暗がりで瞳孔を見るには、近づくしかない。

 一歩近づいた。セリアは半歩引きかけて、足を止めた。

 ……逃げないなら、いいのか。

 見上げる形になった。……高い。頭一つ分は違う。

 セリアは唇を固く結んでいた。赤い目が、落ち着かないように揺れる。



「……早く」



 ——よし。今度は先に条件を言う。手首の時の反省だ。



「少しかがんで。目の高さを合わせたい。三十秒だけ」


「……長い」



 長い? 数百年生きるエルフにとって、三十秒なんて誤差だろ。

 ——秒数じゃなくて、距離の問題か。



 セリアの赤い目が、一度だけ私から逸れた。

 一拍遅れて、ほんの少しだけ身を屈める。

 赤い目が、こちらの目線まで下りてきた。

 ——近い。

 肌も鮮明に見える。白い、というより、色が薄い。頬の奥にある血の色まで、肌越しに淡く透けて見える。

 人間の肌では、こんな透明感は出ない。



 目が合った。赤い瞳の中に、自分の顔が映っている。暗さに慣れて開いていた瞳孔が、目が合った瞬間、もう一段だけ大きくなった。

 赤いガラス玉みたいに、奥まで澄んでいる。もう少しよく見ようと、顔を寄せた。虹彩(こうさい)の中に金の粒が浮いていた。人間の虹彩よりも粒が大きく、光を細かな面で返している。——形は同じでも、まるで別物だ。

 粒を追って、さらに覗き込む。睫毛が長い。こんな近くで見ると——色まで、髪と同じ金だ。光を受けて、影が頬に落ちている。

 セリアの唇が、薄く開いていた。喉が小さく動いた。



「……瞳孔、やっぱり人間より反応速度が速い。開き方も大きいな。虹彩の金の粒、光の角度で——」



 ——首元が、熱くなった。

 脳の奥に、声が響く。



 『——魔法協会からのお知らせ。秋季研修会の参加受付を開始いたします。ご希望の方は最寄りの支部までお越しください。なお、定員に達し次第締め切りとさせていただきます——』



 魔導通信石(まどうつうしんせき)。全体通知。

 最悪のタイミングで。



「なんで今——!? いや待って、いいところだったのに——」



 集中が完全に切れた。身を引いた。

 ……三十秒。とっくに過ぎていた気がする。先に時間を決めたのに、数えるのを忘れた。意味がない。



「まだ途中だった。三十秒じゃ足りない。もう少し——」



 セリアが一歩引いた。まるで金縛りが解けたように、大きく息を吸い込んだ。肩が上下している。

 赤い瞳が揺れていた。



「……もういい」



 声が掠れていた。

 セリアが踵を返した。足音が速い。——怒らせた。いや、怒らせたのか? さっきまで逃げもしなかったのに。

 まぁ……人間嫌いのセリアに、あそこまで距離を詰めたら、そりゃ嫌にもなる、か。

 追いかけた。背中が遠い。



「……セリア、待って」


「…………」



 返事がない。歩幅が広い。——でも足音は静かだ。朝とは違う。耳は、伏せたままだった。

 この耳の角度が何を示すのか、まだデータが足りない。でも今追加の観察を申し出たら、本当に斬られる気がする。



 二十分ほど、会話がなかった。

 ……気まずい。何か別の話をしたい。

 メモを頭の中で整理する。体温、睡眠、食事、心拍、耳、瞳孔。——駄目だ。全部、身体の話だ。

 身体のことで変な空気になったんだ。性格の話なら、さすがに許されるだろうか。



「……あのさ」


「……何」


「エルフって、執念深いの?」



 セリアの足が、わずかに止まった。



「エルフは長寿な分、執念深いって聞いたから。実際どうなのかなって」


「……人間が、諦めるのが早いだけ」



 短い。いつもの声。

 ——執念深いことについて否定はしないんだ。そうかそうか。



 それきり、また会話が途切れた。

 さらに十分ほど歩いたところで、セリアが口を開いた。前を向いたまま。



「……明日は、もう少し距離を取りなさい」



 声に棘がなかった。

 「距離を取りなさい」。……うん、反省しよう。やっぱり至近距離は嫌だったんだな。次回はもう少し段階を踏もう。



 心の中で、今日のデータをまとめた。



 ——エルフ観察メモ、二日目。

 体温:ひんやりする。キリヤも同じだった。

 睡眠:少しで動ける。隈も出ない。

 食事:水だけで一日動ける。

 心拍:普段はゆっくり(40回/分くらい)。測っているうちに倍近くまで跳ね上がった(測り方の問題か? 要再測定)。

 耳:感情で動く? 本人は否定。否定すると立つ。動いたことを指摘すると伏せる。

 瞳孔:暗いところで大きく開く。虹彩に金色の粒。

 性格:執念深さは否定しなかった。

 課題:協力条件が不明。文句は多いが、成功率は高い。

 結論:明日は距離を守って観察する。



 項目は増えた。でも、これでセリアのことを知ったと言えるかというと、たぶん違う。

 次は身体の仕組みじゃなくて、セリアが何を考えているのかを、もう少し知りたい。

 ……本人に言ったら、また「私は実験体じゃない」と言われそうだけど。

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― 新着の感想 ―
セリアにとって大変な任務になりましたね、任務の内容自体とは関係ないですがww 見せるために(多分褒められたい)髪型変えたのに、全然気付かれないことでショック受けたのがすごく可愛い ユズリハは今後、観…
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