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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
ゼロからのリビルド

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66/81

 依頼の帰り道だった。日が傾いて、影が長く伸びている。

 すれ違った旅装の男女が、当たり前みたいに手を繋いでいた。仲が良いものだな。

 セリアが、その二人を目で追っていた。

 会話はない。セリアは無駄口を叩かない。

 前は、この沈黙が少し気まずかった。何を考えているのか分からなくて、隣にいるのに距離を感じた。——でも今は、不思議と嫌いじゃない。



 ……ただ、さっきからセリアが何か言いたげだった。

 しばらく歩いて、ようやく切り出した。前置きはなかった。



「……前に、あの子が言ってた」


「あの子?」


「……『お似合い』とか、『恋人』とか」



 ああ、ミルシェか。頼むから、あの子、とかじゃなくて名前を言ってくれ。……結構前だ。協会の任務に行くより、前。「私とユズリハちゃん、お似合いだと思わない?」って、勝手に盛り上がってたやつ。あの時セリアは「ありえない」とだけ言って、さっさと先に行ってしまった。

 ……あれ、地味に失礼だったよな。ありえないって、ばっさり。べつにどうとも思っちゃいないけど、あそこまできっぱり切り捨てられると、それはそれでムッとくる。

 で——その「ありえない」を言った本人が、なんで今さら蒸し返すんだ。



「ミルシェのからかいでしょ。誰にでもああいうこと言うし」


「……あの子は、本気かもしれない」



 思わず、セリアの顔を見た。いつもの無表情だ。



「あなたは、否定しなかった」


「『勝手に決めるな』みたいなこと言ったと思うけど」


「……あなたは、こう言った。『誰が誰と一緒にいようが、本人が幸せならそれでいい。いちいち口出しすることじゃない』」



 なんで一言一句覚えてるの……。エルフって記憶力いいのか?



「そっち? ……言ったかもしんないけど。——それが、何か? 気に障った?」


「……相手が、魔族でも?」



 魔族と人間が恋仲になることについて、私がどう思うか聞いてるのか……?

 今日のセリアは、いつになく食い下がる。



「殺意がある魔族と人間が共存できるかは分からないよ。でも、互いに悪意がなくて、一緒にいたいと思ってるなら、種族は関係ないんじゃない?」


「……同性でも?」



 声が、ほんの一瞬、詰まった。

 ん? もしかしてミルシェと私について聞いてる……?

 あの子の「好き」が何なのかは、まだ本人にも分かっていない。私が勝手に恋愛扱いする話じゃない。それに、自分が当事者になる想像はできない。



「はぁ……正直、どっちでもいい。本人たちが良ければ、それでいいと思う」



 ポケットの中でアルミ玉を転がしながら答えた。

 セリアがしばらく黙っていた。視線が、足元に落ちている。



「……なんで」


「なんで?」


「……そんなふうに、割り切れるの」



 腑に落ちていない声だった。



「うーん、そもそも恋愛に興味がないからかな。誰が誰と一緒になっても、特に引っかからないんだよ。それだけ」


「……興味」



 オウム返しに、セリアが小さく繰り返した。



「……そう」



 それきり、セリアは何も言わなかった。前を向いて、また歩き出す。半歩、私より先で。その背中は、もう何も聞いてこなかった。

 二人分の足音が、少しずれて鳴っている。

 「興味がない」と答えた途端、糸が切れたみたいに静かになった。

 ……結局、何が聞きたかったんだよ。

 半歩先の背中が、いつもより少しだけ遠く見えた。



 ギルドに着いた。

 依頼の報告書を片手に、正面の入り口をくぐる。冒険者がまばらに座っていて、カウンターには短い列ができていた。いつもの光景だ。

 入り口近くのテーブルから、ひそひそ声が漏れてきた。



「蟲使いがセリアンディエル様を蟲で操ってるって説あるらしいぞ」


「マジ?」



 ……そんなわけないだろう、誰だよそんな噂流した奴。

 私の隣にセリアがいた。前を歩くのは、やめたらしい。いつの間にか横に並ぶようになった。



 ロビーの椅子から、ミルシェが手を振った。ホットミルクの器を片手に、満面の笑みで駆け寄ってくる。

 私とセリアを見比べて、にやっと。



「お♡」



 目の前で、意味ありげに笑っている。



「お疲れ。……なに、その『お』って」


「なんでもない♡」



 にこにこしている。何がそんなに楽しいんだ。

 列に並ぶ。——ミルシェも、なぜか付いてくる。暇なのかな、この子。暇なんだろうな。

 順番が来た。報告書を渡す。依頼内容の確認。討伐数。回収物。特記事項。受付の職員がてきぱきと処理していく。ミルシェはカウンターの横に張り付いて、一部始終を見物していた。

 セリアが隣で補足した。



「——四体目は奥の広間で。……そこは——……ユズリハが処理した」



 一瞬、間があった。……なんかぎこちないな。

 あの焚火の夜からユズリハ呼びを使うようになったけど、まだ慣れてないらしい。

 ミルシェが私の耳元に顔を寄せた。小声で、でも楽しそうに。



「名前呼びしてるね♡」



 セリアの目が、横から刺さっている。——エルフの耳は伊達じゃない。

 ミルシェは気にしていない。気にしないどころか楽しんでいる様子だ。

 睨まれているのは、なぜか私だ。耳打ちしてきたのはミルシェなのに。セリアはこういうじゃれつきが、どうも苦手らしい。間に挟まれるこっちは、たまったものじゃない。——早く、この空気から抜けたい。

 そう思っていたら、ちょうど報告も終わった。振り返ると、受付の奥が騒がしい。

 冒険者が一人、メリルに詰め寄っている。大柄な男。胸元にBランクのプレートが光っていた。低い声が刺すように通る。



「あの時何て言った? 『Cランクさんには難しいかもしれませんね』だっけ? 思い出せよ」



 メリルの営業スマイルが引きつっている。昇格して戻ってきたらしい。見下されていた時の記憶を、持ったまま。

 周りのスタッフは目を逸らしている。この人の二枚舌は、みんな知ってて、見て見ぬふりだ。

 ……自業自得なんだけど、見てると胃が痛い。



 ミルシェが動いた。

 気づいた時にはもう、二人の間にすっと入っていた。笑顔。声に力みがない。



「Bランクになったんだね♡ おめでとう♡」



 男が、一瞬きょとんとした。



「……何だ、お前」


「悔しかったでしょ♡ でも、ちゃんと強くなって戻ってきた。……すごいね♡」



 敵意も、仲裁も、説教もない。ただ、本気で褒めている。

 男は何か言い返そうとして——口を閉じた。胸元のプレートに触れ、周囲の視線に気づいたように顔を上げる。



「……もういい」



 それだけ吐き捨てて、男は離れていった。

 怒鳴っていた時より、その背中は少しだけ大きく見えた。

 メリルの顔に安堵が走り、次の瞬間、固まった。自分が冷たく当たっていた相手に助けられた——その事実が、営業スマイルを剥がしている。声が、わずかに震えていた。



「……あなた、もしかして今の——助けたつもりですか?」


「え?♡ あの人、認めてほしそうだったから♡」



 ミルシェは笑っていた。あっけらかんと。

 メリルが何か言いかけて、口を閉じた。初めて見る顔だった。

 あの男が欲しかったのは、勝ちでも謝罪でもない。たぶん、認められることだった。ミルシェはそれを、駆け引き抜きで、見たまま手渡しただけだ。……大したものだと思う。



 ミルシェが戻ってきた。



「なんで助けたの? メリルさん、ミルシェにめちゃくちゃ冷たかったじゃん」


「うん♡ でも困ってた♡」


「……強いな、ミルシェは」



 ミルシェが私の腕に抱きついた。

 唐突に。何の前触れもなく。腕に当たる柔らかさと、甘い匂い。

 いつものことだから、振りほどく気にもならない。ミルシェのこれには、悪意も狙いもない。ただ、くっつきたいだけ。——だから、無下にできない。



「ユズリハちゃんは、ちゃんと見ててくれるね♡ だから好き♡」



 ——背後から、冷気。

 振り返ると、セリアが、無言でミルシェを見ていた。氷みたいな目で。



「セリアンディエル様も、ぎゅってする?♡」



 セリアは答えなかった。

 代わりに、指先でミルシェの器に触れた。ぱきっ、と小さな音。湯気を立てていたホットミルクが、一瞬で凍っていた。



「……冷たっ」



 ミルシェが反射的に手を引っ込めかけ、凍った器を取り落としそうになって、慌てて抱え直す。



「ちょっと……。子供じゃないんだから」


「あなたより何年も生きてる」



 その長い人生で、極めたのが、ホットミルクの瞬間冷凍か。

 横顔は無表情。怒ってるのか、何なのか、読めない。

 ミルシェが凍った器を眺めて、むしろ嬉しそうにしている。



「アイスミルクになっちゃった♡」



 無敵なのかな。何をされても、傷ひとつつかない。



「ミルシェってさ、裏がないよね」


「えー? セリアンディエル様もだよ♡」



 ……ミルシェがちらりとセリアを見る。セリアは無表情のまま、視線を合わせない。



「セリアも?」


「裏がある人はもっと上手に隠すよ♡ セリアンディエル様は不器用なの♡」



 ……なるほど? いや、なるほどか?



「ねえねえ、二人はバディ組まないの?♡ 専用依頼受けられるし、報酬も上がるのに♡ なっちゃえば?♡」



 ——声はいつも通りのからかいだ。なのに、目だけはこっちをじっと見ている。

 隣のセリアを見た。ちょうど向こうもこちらを見ていて、目が合う。

 セリアは何も言わなかった。私も、何を言えばいいのか分からず、先に目を逸らした。



「いや、なんでそうなるの」


「だってセリアンディエル様♡ ……ユズリハちゃんのこと好きでしょ♡」


「……は?」



 咄嗟に声が漏れる。セリアが、目を見開いている。

 ——ギルドが、静まった。

 まず周囲の会話が止まった。次にカウンター越しにこちらを見る視線が増えた。三つ、四つ、五つ——数えるのをやめた。空気が凍っている。セリアの魔法じゃなく。

 ぶしつけな視線が、私とセリアを行き来している。なんでそんなに食いつくんだ。……居心地が悪い。



「いやいや、ミルシェ。それはないよ」



 私はため息をついた。人間嫌いで通ってるエルフが、よりにもよって私を好きだなんて。



「え?♡ なんで?♡」



 セリアがミルシェを睨んだ。唇が引き結ばれている。



「……何を根拠に」



 声が、いつもより硬い。

 ミルシェは怯まない。にこにこしたまま答えた。



「勘♡」


「……くだらない」


「くだらなくないよ♡ だって今、耳赤い♡」


「…………っ」



 セリアが顔を背けた。——拳を、きつく握っていた。

 耳が、確かに赤い。……ありもしないことを、こんな大勢の前でからかわれてるんだ。頭にくるのも当然だろう。



 周囲がざわついていた。まあ、セリアは目立つし、な。こっちも気まずいから、さっさと撤回するなりなんなり——



「……帰る」


「は? え、なんで。依頼まだ決めてないけど」


「……明日にする」



 セリアが踵を返した。顔を背けたまま、足が速い。——前を見てないから、カウンターの方に突き進んでいる。



「セリア、出口そっちじゃない」



 足が止まった。一拍。無言で方向を変えた。振り返らない。

 ギルドの扉がばたんと閉まった。ギルド内に、ざわめきの残響が漂っている。

 ……そこまで慌てて帰るようなことか? いつもの調子で切り捨てて終わり、でいいだろうに。



 隣のミルシェは凍ったホットミルクを、まだ大事そうに抱えている。



「セリア怒らせちゃったんじゃ……」


「え? 怒ってないよ♡ 照れてるの♡」


「あれが、照れてる?」



 ミルシェが首を傾げた。不思議そうに——でも、どこか確信のある目で。



「照れるよ♡ 好きな人の前では」


「照れたようには見えなかったけど……ミルシェにはそう見えた?」


「よく分かんないけど♡ ……同じだから、たぶん分かるの♡」



 ——同じ、って何が。それ以上は、訊かなかった。



 帰り道。セリアが先に帰ってしまったので一人だった。依頼どうするんだよ。

 ミルシェはフィルたちと合流すると言って残った。「また明日ね♡」と手を振っていた。変わらない笑顔で。

 いつも通りの夕暮れのはずだった。でもギルドでの騒ぎが頭にこびりついて離れない。



 セリアが私を好き? ……ないない。

 確かに、あの夜から何かが変わった。名前で呼ばれるようになった。沈黙も、前ほど遠く感じない。

 けれど、組んでるのは、元はただの数合わせだ。背中を預けて、痛いところまで見せ合って、戦友くらいには認められたかもしれない。でも「好き」はさすがに、行きすぎだ。——あの人の集落を焼いて、帰る場所も、隣にいた誰かも奪った。その人間と、私は同じ顔をしている。その顔で、平然と隣を歩いているんだ。憎まれていないだけ、上出来だろう。



 ミルシェの勘は鋭い。それは知ってる。メリルの二枚舌も、さっきの男の本音も、ちゃんと見抜いていた。でも勘は勘だ。根拠がない。

 ——だから、ない。



 夕暮れの街を歩いた。人通りが少ない裏道。石畳を踏む自分の足音だけが響く。

 それでも——あの赤い耳だけは、頭から離れなかった。出口を間違えるくらいの動揺。あの人にしては、異常値だ。



 「バディ組まないの?」——ミルシェの言葉が、もう一つ、頭の隅に引っかかったまま取れなかった。

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